ラザハンを訪れたのならば、寄るべき場所はいくつもある。
事前に観光地情報を調べ上げ、それを記した手帳を片手に、街中をフラフラと歩く。冒険者として様々な場所を訪れたが、新しい街に立ち寄った際には、まずは観光からとそう決めていた。
料理ならばメリードズメイハネ、歴史的建造物ならアルザダール廟、産業に触れるならアルキミヤ製薬堂にルヴェーダ製糸局。更に街の外に出れば寺院跡や踊り子の聖地もあり、見どころが満載の国である。また、「太守が竜である」「その太守に人間の女性が嫁いだことがある」など、お伽話とも思えるような逸話の残る国でもあった。
まずはどこから見ようかと、うきうきと手帳へと視線を落とし、再び前を向いた時だった。桑畑の一角の小さな建物が目に飛び込んできた。太守が住まうメーガドゥータ宮が近いこともあってか閑散としている。そんな中、更に静謐な雰囲気を纏い、その建物はあった。
壁や柱、扉の様子からかなり年代が経っていることがわかる。
(なんだ
……これは
……?こんな建物、観光名所であったか
……?)
特に看板などは見当たらず、民家かとも思ったが、まさかこんなところに住居があるとは思えない。桑畑の片隅であるし、年代物の倉庫かなにかか、そう思い扉に手をかけた。
ギィっ
……と軋む音。
(開いた?!)
まさか開くとは思わず驚きつつも、冒険者としての好奇心がむずむずと湧き上がり、中をこっそりと覗き込む。
真っ暗だと思ったが、ランプが灯っている。明るくはないが、オレンジの温かな色がゆらめいていた。
(ここは
……なんだ?)
埃もなく綺麗に掃除がされている短い廊下。かすかに薫る鼻に心地よい香の匂い。廊下の先、目を凝らして奥をみやると、扉の代わりにラザハン織の幾何学模様の布がかけられており、その先にさらなる空間
……部屋があるようだった。
まるでなにかに導かれるように、建物の中へと足を踏み入れ廊下を進む。ラザハン織の僅かな隙間に手を差し入れ、恐る恐るその部屋を覗き込んだ。
廊下とはうってかわった明るい部屋。こじんまりとしていて、それでいて色々なものが詰め込まれていて、まるでおもちゃ箱のようだと思った。
ベッドにサイドテーブル、丸い小さなテーブルと椅子、タンス、置き棚、窓もあり鮮やかなカーテンが引かれている。
置き棚には雑貨なのかガラクタなのかよくわからないものが並べられ、ベッドの上やタンスの横には洋服があり、形から見て女性のもののようだ。サイドテーブルには何か書きかけの紙とペン、そして不思議な形のオレンジ色のクリスタルが乗っている。丸テーブルの上にはシンプルな茶器と皿が並べられていたが、どれも空っぽだった。
生活感があるのに、人の気配はしない。それなのに綺麗にその形が保たれている。
「客とは、珍しい」
と、背後から声をかけられ、びくりと体を震わせる。恐る恐る振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。緑の髪に褐色の肌、小さな角と顔にある鱗からアウラ族の少年だとわかる。感情があるのかないのか、よくわからない表情はまるで人形のようだと思った。赤く煌々と光る双眸がとても印象的だった。
「あ、ごめん。ここ、君の家?」
慌てて謝ると、少年は表情を和らげる。少年の表情に感情が宿ったことで、それまでの緊張が緩むのがわかった。
「今は
……そのようなものだ」
「今は?」
「ここは
……私の部屋でもあり、博物館のような場所だったのだ」
しゃべり方に年相応のものが無く訝しむ。どこかのお偉いさんの息子か?そう思いつつも、正体がわからないのであれば、こちらも普段通りに接するしかない。
「博物館
……そんな情報どこにも載ってなかったなぁ」
そして手帳を改めてめくる。
「もう
……ずっとずっと昔のことだ
……」
そう告げた少年の顔が悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「ここの存在を知る者は
……わずかしかいない」
少年はゆっくりと歩き出すと脇を通り過ぎ、部屋の真ん中で止まった。
「君は
……冒険者か?」
「え、ええ
……」
頷いて見せると、少年は嬉しそうに微笑んだ。
「ここは
……『英雄』と呼ばれた冒険者の、思い出の品が収められた博物館なのだ」
英雄と呼ばれた冒険者、という単語に首を捻る。ラザハンにそんな人物がいたのだろうか。
「よければ
……冒険の話を聞かせてもらえないだろうか」
そう請われ一瞬迷ったが、冒険譚を語るのはやぶさかではない。少年に促されるままに、丸テーブル横の椅子に腰掛け、語り始める。
少年はとても聞き上手で、穏やかに相鎚を打ち、話の邪魔にならないタイミングで質問をしてくる。その話術からも只者ではないものを感じたが、不思議と不快なものや不信感などは感じなかった。
「君は色々なところを旅してきたのだな」
「ええ、まぁ」
ひとしきり語り終わると、感心した様に少年は言う。照れながらも返事をしたタイミングで、ぐうっと腹が鳴った。
「あ、失礼」
あまりの恥ずかしさに視線を逸らして謝罪を述べると、少年が笑った気配がした。
「すまない、長々と足止めをしてしまったな」
そして椅子から立ち上がった。
「
……だが
……きっとあの人も
……私の妻も
……君の冒険譚を喜んで聞いていただろう」
少年の口から思いもよらぬ単語が飛び出し、思わず目を見開き彼を見た。しかし少年のどこか切なさを帯びた表情に、何も聞くことができなかった。
そうして彼が見つめる先に視線を向ける。そこにはサイドテーブルの上、僅かに発光しているオレンジ色のクリスタルがあった。
(あのクリスタル
……部屋に入ってきた時には光っていただろうか?)
疑問に思いながら再び少年を見やると、何か愛おしい者を見る目つきとなっており、その年齢にそぐわない雰囲気に思わずドキッとする。
「また機会があれば寄って欲しい」
そう言って見送ってくれた少年の表情は、出会った時のどこか無機質なものへと戻っていた。
彼との出会いはそれっきりだった。
まるで夢の中の様な出来事だった。あの少年との邂逅は現実ではなかったのではないかと。時間が止まった様な感覚もあった
……。
あの後、やはり気になってしまい次の日も同じ場所を訪れてみたが、扉には鍵がかかり開くことは無かったし、扉の前で少年を待ってみても、彼が訪れることは無かった。街中の人々にあの建物のことを聞いて回ったが、皆口を揃えて「知らない」と答えた。
ラザハンの滞在予定は僅かであったため、それ以降あの場所に行くこともなかった。
『かつて英雄と呼ばれた冒険者』
少年に聞かされたのはお伽話だったのだろうか。実際そのような人物がいたとしても、一体どんな存在だったのだろうか。
次の冒険の目的は「これ」か。
飛空艇に揺られながら手帳にいくつかの走り書きをし、ぱたりとそのページを閉じた。
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