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望月 鏡翠
2024-06-20 01:41:48
2758文字
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世界観共有
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20、ボールバック
ブツメツフツマ/平 均
それから先の日々を、二人は何事もないかのように振る舞った。何事もないわけはない。目の前のことは何一つ解決していない。
学校の外の人間は消えたままだし、時間は止まっている。夜が明けることはない学校で、なんとか生活を送っている。
相棒罠関係をどうするのかということのも、そういう解決していない問題の一つとして居座っていたが、平も日月もそのことについて口にはしなかった。
返事は急がないと言ったその言葉の通りに、着替えを持ってきたりお見舞いにきたりするだけで、これからのことには触れない。その優しさに甘えて、平も結論を先に伸ばしていた。
だが、それも永遠には続かない。当たり前のことだ。
時間が経過しないから、時間感覚は狂いがちだ。正確に、どのくらいの時間が経過したのかは、人に聞かなければわからない。
ただ、学園の中がまた騒がしくなったような気がした。答えを出す前にまた戦場に投げ込まれてしまうんじゃないかという恐怖が、一瞬頭を掠めた。
迷っている間に平を置き去りにしていく周りを見て、そういえば逢禍学園はそういう場所だったなと今更ながらに思い出した。何かが起こったらしい。
その何かは少なくとも今回に関しては七億不思議に関連することではなかったらしく、まだ保健室にいた平はひとまず安堵した。自室に戻るタイミングを掴めずにいたのだ。
抜糸をしたあたりで、戻れば良かったのかもしれない良かったのかもしれない。
だが心の準備がまだだったのだ。
逸面という臨時クラスが起こした騒動だというのは、その時の平はまだ知らなかった。
大抵、ブライの人間はことが起こってから情報を集めて、ようやく概要を知ることができるのだが、今回に関して言えば、珍しく起こった瞬間を見ていた。
同じ病室に入院していた生徒がいたのだ。病床から起き上がることができるようになり、退院間近だった。
制服には、青い特待生を示すクラスリボンが付いていた。彼の元に、どこの所属だかわからない生徒たちがやってきた。制服を身につけていなかったし、クラスリボンもつけていなかった。
少なくとも声をかけられている方はエリー党の生徒で、自らを律した行動をとる彼らにしては珍しい交友関係だなと思った。
人の会話に耳をそばだてるのは盗み聞きのようで、申し訳ない。入院している間に周りを気にしないことが身についていた。だからどんな会話がなされたのか、詳細は知らない。
ただ彼らが抱えていた苦しみは、平のそれに近かったように思う。正確には、日月が会いにきてくれる前の平に。
話終わったあと、ベッドから起き上がった生徒はクラスリボンを引きちぎり、投げ捨てて出て行った。
そして平の元にも、彼らの勧誘はやってきた。今までの四クラスと全く違う新派閥。エリー党の人間が多いらしい。
義務の放棄。戦いからの逃避。青春に立ち帰り、たとえ刹那的であっても今を楽しむ。
どうして戦わなければならないのか。自分を守ることを優先すべきなんじゃないのか。そう思っていたのは平だけではなかった。
学園への不審や未来への不安は、みんなの中にも当たり前にある。
そう肯定してもらったはずなのに、平は思った以上に彼らに共感できなかった。
逃げたい。なら逃げてもいい。迷っているようでいて、平の中の答えは、それでは駄目だと最初から決まっていたみたいだ。
逸面の勧誘を断った気まずさから逃げるように、平は寮に戻ることにした。
荷物をまとめ、部屋に戻る。
着替えは日月が洗濯に持って帰っているから、身につけているもの以外の荷物はほとんどなかった。
怪訝そうな顔をされたのは、よほど向いていないように見えたのだろう。一般人だし、ブライだ。義務とか規律とは、最初から無縁と思われがちだ。
断る理由が、わからなかったのだろう。
平も、よくわかっていない。
ただ、平には見舞いに来てくれる人がいた。それだけでも十分なのだ。クラスリボンをちぎり捨てていったあの人は、一人だった。一人で戦って、一人で保健室で傷を癒やし、一人で決断していった。
前線に立つ実力のない凡庸な人間が、頑張ったところでできることなんてたかが知れている。その考えは、今でも変わらない。平は弱い。
それでも、置き去りにされずに知っている側に立って、選ぶことができているのは、日月がいたからだ。
本来ならいけないはずの場所に立っている。一緒に歩いてきた。理不尽に押し潰されずにいられた。
片腕を動かせないだけでも、日常生活は不自由になる。動かないというだけではなく、重たい荷物を一つぶら下げているようなものなのだ。
着替えでさえ手間取り、袖を通していない方の襟を掴んで引き寄せていた。
日月が走ってきてくれた一瞬を、平は歩いて戻る。
ゆっくりとしか進めない。それが、今の身の丈だ。
自分の部屋に戻るだけだというのに、扉をノックするのは、妙に他人行儀だ。
「日月」
腕が不自由でドアを開けられないと思ったのか、日月はドアを開けてくれた。実際は緊張していただけだ。
顔を突き合わせると、このまま受け入れてくれるならそれでいいじゃないかと思いたくなる。
だが、それでは駄目だ。きっとまた、同じ間違いをしてしまう。
「ただいま」
「おかえり」
あんなに時間があったのに、いざ口を開くとなると言葉が全く言葉が纏まっていない。たくさんある感情の一つを捕まえて口にするのは絡まった糸の結び目を探すようだった。
「これからどうするのか、考えてきた」
まず最初にごめんというべきかありがとうというべきか、ずっと迷っていた。
「ありがとう。日月が、一緒に戦いたいって言ってくれたとき、正直めちゃくちゃ嬉しかった」
日月の目元がわずかに緩む。
だが静かに、平の言葉を待った。
「だからそれじゃ駄目だと思ったんだ。俺、自信がないんだ。自信ていうか、たぶん実際俺は弱い。それでもいい。できるって言って欲しかったんだ。でも、それじゃ何かあったとき、きっと俺は日月のせいにする。日月が連れてきたからだって。そんなの、卑怯だ。だから、決めた」
息を吸い込む。
「俺は、逃げない。弱くても、戦うよ。それは日月の隣がいい」
「ヘーキンは、それでいい?」
「日月こそ、いいの。俺はたぶん、前より動けないし、怖いよ」
「できることから、やっていこう」
まだ動かない手を、ぎこちなく差し出す。
日月は笑って、それを握り返した。恐る恐る触れ、指先を掴む。
「うん。だから、ボールの握り方から、また教えてくれる?」
痛がっていないか、確かめながらしっかりと掴み直す。そうして、平は部屋に帰ってきた。
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