すずかけあおい
2024-06-20 00:28:39
7907文字
Public あの日の約束
 

あの日の約束 全年齢版

『あの日の約束』のR-18部分を削ってラストを変えたものです。もともとR-18だったものを全年齢にしようと思い変更しましたが、結局R-18で投稿しました。

 和音 かずねは小学校一年生のときに引っ越しをした。せっかくできた友達と離ればなれになってしまい、次の学校で友達ができるか不安だった。両親と一緒に隣の家に挨拶に行ったときが優幸 まさゆきとの出会いだ。

「はじめまして、和音くん」

 小学生の和音からしたら高校生というだけで大人に見えるのに、優幸はとても綺麗な顔立ちをしていて一目で惹かれた。

……かっこいい……
「え」
「お兄さん、かっこいい!」

 思ったままを口にすると彼はきょとんとしてから「ありがとう」と微笑んでくれた。
 十歳も年下の子どもの相手などつまらないだろうに、優幸はいつも和音の相手をしてくれた。鬼ごっこをしようと言えば本気で捕まるし、かくれんぼも手加減なし。ずるい、と言いながら、そういうところも恰好よく見えた。
 あるとき、クラスの担任が結婚し、和音も優幸と結婚したいと思った。その日、学校から帰ってきた優幸に「優幸さんのお婿さんになりたい」と言うと、彼は驚いた顔をしてから破顔した。

「お嫁さんにならしてあげる」

 優幸と結婚できる、と嬉しくて、「じゃあ優幸さんのお嫁さんになる」と約束した和音を、優幸は優しく見つめていた。





「優幸さん、また部屋散らかして」
「あー、ごめん」
「いいけど」
「いいなら言うなよ」

 ソファにのった服を片づけながら換気のために窓を開ける。
 社会人の優幸は大手企業で働いている。大学二年になった和音は優幸の部屋に通い片づけをする。これは和音が高校生の頃からの手伝いだ。昔から片づけが苦手な優幸を放っておけなかったから。
 和音が高校生になったとき、ひとり暮らしをしている優幸の部屋に遊びに行ったらとても散らかっていて、「よかったら片づけを手伝ってくれ」と言われた。仕方ないなあと思いながらも嬉しくて、それ以来和音は時間のあるときには優幸の部屋を訪れる。本当にお嫁さんみたい、とどきどきしながら片づけをするのだ。
 優幸はもうあんな約束は覚えていないだろうが、和音には大切な言葉。あれはつまり、彼も和音が好きだという意味だったのだと思うだけでぽうっとなった。約束から十三年経った今ではどうかわからないけれど。

「食事作るから優幸さんは座ってて」
「悪いな」
「悪いなんて全然思ってないくせに」
「ばれたか」

 和音を追いかけてキッチンに来た優幸に髪を撫でられる。見あげれば昔と変わらない優しい微笑みにどきりとする。

「いつもありがとな」
……好きでやってることだから」
「それでも、だ」

 きっと優幸は和音が片づけや料理が好きだからやっていると思っているのだろうが、そんなわけがない。たとえ好きでも自分以外の部屋を片づけたり人のために料理をしたりするために毎週通ったりしない。たしかにどちらも嫌いではないけれど、優幸は特別だ。優幸が好きだから手伝っている。だがそれを正直に言っていいのかわからない。大人な優幸には和音はいつまでも子どもに見えているだろうし、こんなに地味な和音を意識などしてくれるはずがない。
 そういえば来月は優幸の誕生日だから、念のためバイトを休みにしてある。そう考えて、念のためってなんだ、と苦笑する。
 きっと優幸は大事な人とすごして、その相手は和音ではない。いつか結婚して家庭を持つのだな、と思うとなんとも言えない気持ちになる。もしそのときが来たら喜ばなければいけないとわかっているのに、そんなことができるほど和音は大人ではない。ずっと優幸のそばにいたい。

 優幸の部屋から帰る途中で誕生日プレゼントを探そうと思い、なにがいいだろうと乗り換え駅の駅ビルを見てまわる。
 夕食を終えると、優幸がいるときは駅まで送ってくれる。泊まるのはだめだといつも言われている。今は和音だってひとり暮らしをしているのだから泊まっても問題ないと言ったのに、優幸は「俺に問題がある」と言う。その意味がわからないが、彼がだめというならおとなしく帰ることにしている。恋人ではないのだから仕方がないか、とため息をひとつ零す。
 彼の恋人になる人はどんな人だろう。考える和音の頭にふわふわと女性の影が膨らむ。とても綺麗でスタイルがいい女性――頭の中でできあがった女性にもやもやする。和音のほうが優幸のことをよく知っているのに、と存在しない女性に嫉妬して苦笑いした。
 そんなことよりプレゼントはなにがいいだろうと見ていたら入浴剤のショップを見つけた。色とりどりのバスボムが並んでいて、お風呂でリラックスしてもらえるかも、とそれを手にとる。粉末の入浴剤よりも楽しそうなのでバスボムに決めた。三つ入りのボックスを購入し、ラッピングしてもらった。喜んでくれるといいな、と緩みそうになる口もとを押さえて電車に乗った。





 優幸の誕生日のちょうど一か月前、優幸が徐に口を開いた。なにかを考え込むような、長い沈黙をしてからだった。

「俺の誕生日には絶対うちに来い」
「え?」
「絶対だ」

 どうして、と聞いてみたけれど答えてくれない。だがこれは「一緒にすごそう」という誘いだろうかと胸が高鳴る。優幸が少し頬を赤らめていることもあり、誕生日は来月なのにもうそわそわしてしまうのだった。





 それから優幸の様子はずっとおかしかった。目が合うと逸らされるし、なにかを言いにくそうにして、なんでもないと背を向ける。どうしたのだろうと話を聞こうとしても優幸が口を噤むので聞けない。
 そんな日が続いてあっという間に優幸の誕生日になった。優幸はあいかわらず様子がおかしい。こんな状態で楽しい時間がすごせるのだろうかと悩みながらも和音は張りきった。今日の片づけはいいと言われていたけれど、やはり気になるので簡単に片づけをして食事を作る。優幸の好きな具沢山のスープと、食べたいと言っていたあさりのパエリアを作り、来る途中で買ってきたシチューポットパイとキッシュを温める。
 時計を見るとそろそろ優幸が帰ってくる時間で、同時にメッセージも届いた。『もうすぐ帰る』という文字を何度も読み返しては口もとを緩ませる。用意したプレゼントをバッグから出してそわそわしていたら、玄関のドアが開く音がした。
 急いで出迎えに行くと、優幸と女性が入ってきた。すっと背が高くて控えめなメイクを施した綺麗な女性は和音を見て微笑む。長身の優幸と並ぶとまさに美男美女だ。
 どういうこと、と優幸に聞こうと思うけれど、和音の頭の中にはもう答えが出ている。この人は間違いなく恋人だ。誕生日の夜に自宅に招くなんて、それ以外考えられない。それならばどうして和音に絶対に来いと言ったのだろうかと考え、思いつく。たぶん恋人を紹介したかったのだ。優幸は緊張したような表情で和音を見ている。

「えっと……俺、帰るね」

 結局口から出たのは逃げだった。急いで荷物をとりに行こうとすると後ろから肩を掴まれる。

「なんで帰るんだ?」
「だってこの人とすごすんでしょう? 紹介したかったのはわかったから」
「はあ?」

 優幸と和音のやりとりを聞いていた女性がくすくすと笑い出す。声も綺麗だ。

「本当に可愛いのね」

 恥ずかしくて縮こまると、優幸が和音の肩を抱く。

「おまえがいないとメインイベントが始まらない」
「メインイベント?」

 まさか三人で誕生日パーティーをするのだろうか。仲良くすごす美男美女――優幸と女性と一緒だなんて残酷すぎる。

「やだ。帰る」

 和音がバッグを持つと、その手をとられた。テーブルの上を見た優幸は柔らかく目を細める。

「いいからこっちこい。食事の前に大事な話だ」

 ソファに連れて行かれ、そうまでして和音に彼女を紹介したいのかともやもやする。優幸と女性が並んで座るだろうから、と向かい側に座ろうとしたら優幸の隣に座らされた。向かいに女性が座る。

「なにか勘違いされてるみたいだけど?」

 女性が優幸をちらと見てから名刺を差し出すので受け取ると、そこにはジュエリーデザイナーと書かれている。

「俺と矢田のなにを誤解するんだ」
「信用されてないのよ」

 女性――矢田がまだ笑って優幸を見ると、おもしろくなさそうな優幸はむすっとした顔をする。疑問符を浮かべる和音の前に矢田がバインダーファイルを広げた。そこにはいろいろなデザインの指輪の写真やデザイン画があり、本当にどういうことかわからなくなったので隣を見る。

「ほんとになんなの?」
「まさか和音は俺の嫁になるって約束忘れたのか」
「俺は覚えてるよ。優幸さんこそ忘れていたんでしょう?」

 和音の大切な思い出を突然持ち出されてどきりと脈が速くなった。

「やっぱり信用されてないみたい」

 矢田はまだ笑っている。子どもっぽい言い方だっただろうかと恥ずかしくなったが、それより現状がわからない。

「これから信用してもらうんだ。そのために矢田に来てもらったんだからな」

 意味がまったくわからずにいると、優幸が和音の額を指で押す。

「鈍いな。俺と和音の結婚指輪を作るんだよ」
「はあっ!?」

 素っ頓狂な声が出て、慌てて口を手で押さえた。

「つき合ってもいないのにいきなり結婚?」

 平静を保つには突拍子もない話すぎて混乱する。

「は?」
「そもそも優幸さんは俺が好きなの?」
「おい」

 次々問うと優幸の表情が歪んだ。心外だ、と言いたそうな顔だ。

「じゃあおまえを他の誰かにやれって言うのか? 勘弁してくれ」
「えっ」
「こんなに和音が好きなのに気づかれてなかったのも虚しいな」
「ええっ」

 すべてが「どういうこと?」で頭がついていかない。そんな和音を見て優幸が表情を真剣なものにする。

「いいか。俺は和音が好きだ。おまえは俺が嫌いか?」
「す、……好きだけど」
「『だけど』、なんだ?」

 形のいい眉が片方ぴくりとあがったから、言葉を慎重に選ぶ。

「結婚って……
「異議ありか」

 詰め寄られてうっとなる。整った顔は見慣れているけれど、こんなに真剣な表情はあまり向けられないから緊張してくる。

「い、異議なんてないんだけど、いきなりすぎて」
「だからお相手に相談してからにしたらって言ったのに」

 優幸と和音の会話を聞いていた矢田が呆れ顔をした。優幸はむっとした顔をして、「でも」とか「それは」とか言っている。
 優幸はこんな人だっただろうか。もっと大人でいつでも余裕があって、どんなことも簡単にこなす恰好いい人だったはず。だが、今隣に座る男は気まずそうに目を泳がせながら頬をわずかに染め、和音の様子をちらちらと窺っている。思わず「可愛い」と口に出た。

「可愛いとか言うな」
「だって」
……和音が嫌ならまた仕きり直しにするか」

 ものすごく残念そうな優幸に笑いが込みあげる。笑わずにいられない。

「そんなのやだよ」

 バインダーファイルを閉じようとした矢田が口もとを緩める。和音が言いたいことがばれているようだ。

「せっかく矢田さんに来ていただいたんだし、それに俺は優幸さんが好きだから指輪作りたい」

 語尾が消えそうになったけれどなんとか伝えられた。優幸がはにかんで和音の頭を軽く小突いた。

「もし矢田さんがよければ、食事を多めに作ったからご一緒にいかがですか? その後にゆっくりお話しできれば」

 和音が矢田に聞くと、矢田は向かいの優幸の顔を見る。和音も隣を見る。

……和音がそう言うなら」

 少しおもしろくなさそうだけれど、主役のオーケーが出たので三人で、だけど和音が想像したものと違う食事を始める。
 矢田はスープもパエリアも褒めてくれた。キッシュが気に入ったようで、買った店の話で盛りあがっていると優幸がむすっとしていた。

「あの、優幸さんと矢田さんってどういう関係なんですか?」

 ずっと気になっていたことを聞くと、優幸が「ああ」と頷き、それから「なんだ、嫉妬してたのか?」と続いた言葉がそのとおりで胸に刺さった。

「大学のときの友達だ。前に飲み会で集まったときに再会したんだよ。新卒で入った会社をやめて、ずっと好きだったジュエリーのデザインの勉強をしてデザイナーになったって聞いて、和音との結婚指輪を作りたいって思い立ったんだ」
「つき合ってもいないのに発想がすごいね」
「それは……

 和音は少し呆れるけれど、優幸も反省しているようなのでこれ以上は追及しないことにする。だが可愛い優幸が見られるならもう少しだけ意地悪をしてみたいという気持ちもあったりする。
 食後に指輪のデザインの話し合いをした。

「和音の指に合うものならなんでもいい」
「優幸さんもつけるんだから」

 一緒に見て、と服の袖をつまむと、優幸は眦をさげてバインダーファイルを覗き込んだ。

「そうだな――

 デザイン決めはとても楽しい時間だった。
 ひととおり確認をしてから矢田が帰ると、和音も帰り支度をする。

「帰るのか?」
「いつも帰れって言うじゃない」

 そんなに寂しそうに言われても、優幸は泊まることを今まで許さなかった。和音だって寂しいが、無理に泊まるということもできない。強張った頬をつついてやると、その手をとられた。

「本気で和音だけが好きだ」

 真剣な表情での告白に頬が熱くなる。この言葉は何度聞いても慣れない。

「一生離したくない。ずっと一緒にいるのは和音じゃないとだめだ」
「うん。俺も優幸さんが好き」

 でも、とつけ加える。

「びっくりしすぎて心臓が止まると困るから、これからはまず相談してね」

 優幸が眉を寄せ、「ごめん」と呟きしゅんとする。あまりいじめるのも可哀想だ。

「嬉しかった」

 笑ってみせると笑みを返してくれる。両手で頬を包まれて、きゅっと潰された。こういうシーンでする行為ではない。

「俺、帰らないと」
「帰さない」

 頬を包んでいた手でそのまま抱きしめられる。

「帰りたかったら俺の腕を振りほどいていけ」
……そんなことできるはずないでしょう」
「知ってる」

 額を合わせてどちらからともなく唇を重ねる。ずっと願った優幸との口づけ。まさか現実で唇を合わせることができるなんて思わなかった。

「帰るか?」
…………帰らない」

 もう一度キスをして、和音も優幸の背に腕を回した。





 まさか和音がプレゼントしたバスボムを使うのが自分自身だとは。
 プレゼントを渡すと、優幸は喜んで浴室に行ってお湯を張った。「先にどうぞ」と言われ、まさかの展開にどきどきと脈が速まる。

「お湯熱くないか?」
「だ、大丈夫……

 ドアの外から声をかけられ、肩が上下する。もし覗かれたらどうしようと自意識過剰なことを考える自分が心の中にいて和音は苦笑する。和音の貧相な身体など見たって楽しくないだろうことは、自分が一番よくわかっている。

「いい香り」

 レモングラスとジンジャーの香りが浴室に満ち、ほっと息をつく。
 それにしても急展開だ。昨日まで片想いの相手だった優幸が恋人になった。そのことだけでもじたばたするくらい嬉しいのに、ペアリングまで作るなんて想像もしなかった。というより想像などできるはずがない。

「優幸さんと恋人……

 まったく実感が湧かないけれど真実だ。明日の朝起きたらすべてが夢だったなんてことにならないだろうか。

「ならないよ」
「えっ」

 ドアの向こうから声が聞こえて飛び上がりそうになる。なぜ優幸は和音の心が読めたのだろう。

「なんかぶつぶつ聞こえるから様子見に来たんだよ」
「あ……

 口に出ていたのだと気がつき、頬が熱くなる。のぼせないうちに出ないといけないのに、曇りガラスの向こう側に優幸の影が見える。

「優幸さん、向こう行ってて」
「なんで?」
「そろそろ出たいから……
「出れば?」

 そう言われても、裸を見られるなんて恥ずかしすぎる。

「いい香りがする。俺も入る」
「えっ」

 優幸が服を脱いでいる様子が見え、耳に心臓の音が響く。見まわしてみても逃げ場はない。どうしよう、と焦っていたら浴室のドアが開いた。

「ほら」
「え?」

 バスタオルを広げた優幸は自分の目の位置までタオルをあげる。

「見ないから、さっさと出ろ。のぼせるぞ」
……絶対だよ?」

 お湯からそっと出ると優幸がタオルでくるんでくれる。和音の濡れた肩にキスをした優幸に背を押され脱衣室に出た。

「心臓に悪い……



 風呂は無事クリアした。次に来たのは同じベッドという、先ほど以上のミッションだ。ソファで寝ると言う和音に優幸は「許可すると思うか?」と笑顔を見せた。ふたりでベッドに入ったけれど、どきどきしすぎて眠れない。

「まだ寝ないのか」

 寝返りばかり打っていると優幸の腕に包まれた。まだ寝ていなかったのかと、安堵と緊張が同時にやってくる。

「だって……
「泊まると言ったのは和音だろ」
「そうだけど」

 別々に寝るものだと思った、と言うと優幸が苦笑する。

「ソファになんか寝かせられない。なんなら俺がソファで寝るが」
「そんなのだめ」
「じゃあさっさと寝ろ」
……

 そうは言っても寝られるはずがない。優幸はなんとも思わないのだろうかと顔を見あげる。

……つき合いはじめていきなりってのもまずいからな」

 和音の視線をよけて、優幸が呟く。いきなり、というのはつまりそういうことだろう。心臓が壊れそうなほどに暴れている。

「そ、そうだね」

 つき合った日にそういうことをするのはまずい、と優幸は思っているらしい。和音にとってはあまり問題ないのだけれど。だって、ずっと好きだった優幸とそういう関係になれるならむしろ喜ぶべきことだ。

「言っておくが俺は和音が高校生のときから我慢してたんだからな」
「えっ」
「いつまで経っても嫁にくるって言わないから強硬手段をとることにしたんだ」
「えっ」

 両手で頬を包まれ、優幸と目が合う。和音の速い鼓動など知らない優幸が目を細める。

「逃げられると思うなよ」

 強引な言葉と優しい笑顔に頬が火照った。

「馬鹿だなあ……

 逃げるはずがないのに、と和音も優幸の頬を両手で包む。

「優幸さん、好き……むぐ」

 顔を近づけようとしたら頬を潰されておかしな声が出た。

「なにするの」
「キスはだめ」
「なんで?」

 先ほどは優幸からキスをしてくれたのに。寂しくて目を伏せると「そうじゃない」とまた頬を潰された。

「そのまま押し倒されてもいいならキスしろ」
「え……
「俺は大歓迎だ」

 顔から火が出そうなほど熱くなって俯くと、額に柔らかいものが触れた。王子様のキスは心をほぐし、眠気がやってきた。

「眠くなってきちゃった」
「寝るか」

 どこかほっとしたように優幸がもう一度額にキスをくれた。瞼をおろすと、とろとろと意識がまどろみはじめる。優幸に抱きついて優しいにおいをすうっと嗅いだら、そのまま眠りの世界に吸い込まれた。

「拷問かよ」

 夢の門をくぐるときに遠くで小さく聞こえたけれど、どういう意味かわからなかった。



(終)