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あさかわ
2024-06-19 22:55:19
2114文字
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居酒屋夜話
飲み屋で酔っ払いの口を惚気でふさぐ水木。成立している鬼水からしか取れない栄養素があるって聞いて書いた小話です。
一杯おごってやろうと水木に誘われ、ねずみ男はホイホイついて行った。のれんをくぐった居酒屋は、都会を生き抜く妖怪御用達の店だ。
店主が二日かけて仕込むおでんが絶品なのだが、具の方は人間社会じゃ珍しいものがそろっている。妙な形のきのこ、深海魚のかまぼこ、とつくにの大根もどき。人間の客はみんないい感じに酔っていて、珍しくてうまいおでんだったとしみじみ帰っていくものだ。
「ほら、いっぱい食べなさい。おごりだから」
「へへへ、二日ばっかし食べてないもんで助かったぜ。この牛すじもどきの肉汁が五臓六腑に染みわたる。兄さんの奢りとなりゃ益々うまいや」
水木がねずみ男に食わしてくれる時は、必ず裏がある。得体の知れない善意より、何か目的があると分かっている方が安心して物が食える。
「あ、あんた
……
たしか、」
横のテーブルに座っている屛風覗きがじっとこちらを見ている。とんとん、とこめかみを叩いて唸るのを聞きながらねずみ男は肉を口に入れた。屛風覗きの向かいに座っている大座頭があっと声を上げた。
「鬼太郎のところの婿殿だ! この前子泣きじじいが酒巻き上げられたっていう」
「水木です。僕は公平な将棋勝負の景品として穏便に譲り受けただけですよ」
水木の言葉に屛風覗きがへらへらと笑う。どうにも酔っているらしい。
「そうだ、水木サンだ! しかし、人間の言う穏便はアテになんねえな」
「それより鬼太郎とはどうなんだよ。あの澄まし顔のガキの連れ合いとは、苦労も多いだろう」
水木は平然と大根もどきを四つに割っている。ねずみ男が隣の席を見ると空の燗が四つ転がっていた。屏風覗きも大座頭もすっかり出来上がって呂律が怪しいし、時折体が左右に揺れる。
「僕にはもったいないくらい、いい男ですよ」
「へぇ、言うねえ」
大座頭が両手を組んでへらへらしている内に水木の皿からおでんが消えていく。鬼太郎の前では多少治ったらしいが、相変わらずの早食いだ。
「そりゃ、幽霊族様だもの。そもそも血統がいい」
屏風覗きの言葉に水木がすっと目を細める。酔っ払いが水木の地雷を踏んだのだ。この人は鬼太郎の人柄も知らずに血筋だ、妖力だと褒めたり貶したりする奴らが嫌いなのだ。
こりゃ、早々におでんを食わないといけない。ねずみ男は卵と餅巾着を二つずつ追加した。腹持ちの良い食材で三日は持たせたい。
「いくら血筋が良くても、あのナリじゃ物足りない時もあるだろ。もしよければ、妖怪御用達の岡場がある。水木サンなら特別に招待してやっても」
「いえ、結構」
大座頭が懐から何か取り出そうとしたのを水木がぴしゃりと跳ねのける。噂では深川あたりで手広くやっているらしいが、こうやって客を増やしていたようだ。
「なんだ、連れ合いの悋気が怖いのかい。そこはうまいこと誤魔化して、何とかすればいいじゃないか。ちっとのよそ見は浮気の内に入らねえよ」
大座頭のからかいに応えず、水木が懐から煙草を取り出して火を付ける。いよいよ雲行きがあやしくなってきたとねずみ男は緑色の餅巾着にかぶりついた。
「そうだぞぉ。俺は昔から屏風の向こうの色事も修羅場も散々覗いてきたが、人間の欲の深さには感心したもんだ」
ねずみ男は地獄鳥の卵をせっせと口に運びながら、成り行きを見守った。水木は旨そうに煙草を吸って、ふっと煙を吐いた。ゆうらりたなびく煙の根本を指で挟んで弄びながら、ゆっくり顔を傾ける。
「ご存知の通り、人間は欲深い。あの手この手の工夫は慣れたものですから、苦労はありません。それにあいつは勉強熱心だ」
両手を組んで、その上に頬を乗せて目をすがめ、低い声で囁くように言う。
「とっぷり、よくしてくれますよ」
剃刀を首筋に当てられたような、それでいて耳裏を指で掻いて遊ばれたような異様な雰囲気の飲まれ、妖怪二匹が黙り込んだ。水木は煙草を灰皿に押し付けると財布から一番高価な札を一枚取り出す。
「センセイ、後は好きにやってくれ。釣りはいらないから」
「ハイハイ、毎度どうも」
ねずみ男が受け取ると、水木は足早に店を出て行った。
しばらくしてから正気に返った屛風覗きと大座頭がひざを突き合わせてコソコソ言い合う。
「なあ、あの家ってよ。どっちがどっちを抱いてんだ?」
「そりゃ幽霊族の末裔様に決まってんだろ。人間一人どうにかするなんて訳ないだろ」
膝を打って大座頭が畳みかけるが屛風覗きは首を縦には振らない。
「イヤイヤ、分かんねえよ。幽霊族ってのは慈悲深いんだろ。あの色気の乗った顔で、どうしても頼むと乞われたら抱かれちまうかも分からん」
「何だお前。人間なんかに当てられたのか」
「バカを言うな。んな訳ないだろう。でも
……
ちっとだけクラッときたけどな。どっちにしろ鬼太郎はイイ思いしてんだ。おい、ねずみ男。お前なんか知ってるんなら一杯奢ってやってもいいぞ」
「俺はなぁんにも知らねえよ。どっちにしろアリャ手遅れだし、タダより高い物はないっていうからな」
余計なことを言うと後が怖い。ねずみ男は熱燗を頼もうか悩んでやめておいた。今日は酩酊できる気がしないのだ。
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