7flowerS
2024-06-19 22:23:52
2082文字
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むかしの話④ 心が壊れた後で

織田姉弟の生前の話(連載の夫婦ごっこより抜粋)。一度目の謀反をした後の信勝はやっと死ねると死を心待ちにしていた。しかし信長は信勝を許すと告げた。どうして死なせてくれないのですか、姉上?

 やっと死ねる。

「信勝様、どうかこの部屋でお待ちを」
「ああ、権六、そうするさ……今まで世話になったな」

 障子の閉まる音を聞いて信勝は静かに笑って姉を待った。稲生の戦いは信長の勝利に終わった。予想通り、馬鹿どもは多く死んだ。母のことを考えて白旗を上げ、姉の沙汰を待った。

(母上は助けてもらえるだろう。一人なら無害だし、親を殺すと世間体もわるい。権六はどうかな……実力があるから惜しまれればあるいは、でも力があるからこそ殺すかもしれない)

 なんにしろ。
 謀反の張本人である信勝は死を免れない。

(ここまで一年、いやもっと前からだったかな。最初は姉上に泣きつきたいのを耐えるので精一杯だったっけ)

 あとは無能な自分が死ぬだけだ。馬鹿で間抜けな自分もやっと役に立つことができる。

 何もない部屋に両腕を後ろに手を縛られた信勝だけがいた。

「信勝」
「姉上」

 姉は無防備にも一人でやってきた。腰には短刀と刀を差しており、信勝は縛られているので安全かもしれないが襖の向こうでは部下たちは気をもんでいるだろう。

 姉は無表情で立っていた。白い着物に袴姿の姉は戦の後らしく髪を簡素にくくっている。それが幼い日に遊んでくれた彼女に似ていた。

 これが人生の最後にみる彼女の姿だろう。だから五秒だけその姿を目に焼き付けると頭を下げた。

「兄上、いえ姉上。此度はお力感服しました……覚悟はできています」

 なんとか額を畳につけた。姉の姿は見えなくなった。

(やっと終わる)

 死を言い渡されるのだろう。
 信勝は恐怖より安堵が強かった。やっとこの一人きりの戦いが終わる。

 姉は自分を憎むか、軽蔑するだろう。それでいい、彼女が自分の全てであることは自分だけが知っていればいい。心をそうしなければできなかったことだ。

(あなたに好かれずともよいのです、僕だけがあなたを好きならいい)

 しかし、いつまでも姉の死の宣告は訪れなかった。

「顔を上げよ……此度の謀反、お前を許す」
……は?」

 自分の耳が信じられなかった。

「今なんと仰ったのですか?」
「お前を許す、二度はないと思え」
「いつものお戯れ……ですよね?」
「こんな場で戯れるか」

 嘘だ。ここが自分の終わりのはず。

「なぜですか? 僕はあなたを殺そうとしたのに……!」
「どうせわしの反対派の家臣どもに言いくるめられたのだろう。母上にも権六にも、お前だけは助けてくれとああも泣きつかれてはな」

 信勝は顔をあげることができなかった。今、自分はどんな顔をしているだろう。

「信勝、わしはこれでもお前の姉じゃ。お前の戦嫌いを知らぬと思ったか……家臣どもに乗せられねばしなくていい争いをするとは思えぬ。今度の謀反は周囲にそそのかされただけ。一度きりだろう」
「それは子供の頃の話です。僕は……姉上が妬ましくて自分で全部やりました」
「理由なんぞどうでもいい、とにかく今回の件はこれで終わりだ」

 床から頭を上げた。信勝の目端には涙が浮かんでいた。それをこぼさないだけで精一杯だった。

「なぜです! 僕はそんなに弱いですか、無能ですか!? 一度刃を向けて放置されるほどに!?」
「信勝、もう決めたことだ」

 どうして終わらせてくれない。世界は、姉はおかしくなってしまった。信勝はありったけの挑発の言葉を探した。

「情けをかけられるなんて……武士にとってとんだ恥だ。こんな侮辱を受けるくらいならここで殺された方がずっとマシです。僕を哀れと思うならここで殺してください」
……信勝」
「きっと僕はまた謀反を起こします! ここで死なせて下さい! 戦って死なせて下さい!」
「もう決めた」
「なんでもできる姉上が妬ましい! あなたがいる限り僕は無能なんです! この戦が僕の最初で最後の意地だったんです!」
「これ以上話す気はない」
「なぜ僕をお許しになるのですか、どうして僕を死なせてくれないんですか!!」

 ばしんと姉は弟の頬を平手で打った。信勝は子供の頃、川に無理に入って姉に叩かれた時のことを思い出した。

「勝ったのはわしじゃ、お前を生かすも殺すもこちらの勝手」

 何度信勝が死を願っても、信長はうんと言わなかった。





 謀反が許されて信勝は空っぽになった。母と権六がなにか言っていた気がするが記憶にない。役目を果たしたのにどうして生きているのか分からなかった。

……

 自室に布団を敷いて、ただ空を見て一日を過ごした。

 そんな時を数ヶ月も過ごしていると一通の手紙が来た。秘密裏に届いた斉藤義龍の手紙だった。彼は斉藤道三の件から信長とは敵対関係になる。

 そこには信長への罵詈雑言と信勝への再度の謀反の誘いが記されていた。滅茶苦茶な信長に振り回されて気の毒な弟殿。あの忌まわしい女を抹殺する際には必ず力になるまする……

(ほら、姉上。やっぱり僕は死ぬべきなんです)

 こうして生きてるだけで邪魔になるじゃないか。