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水鳥ちゃんになぐさめてもらう話

霧野夢のはずが気付いたら水鳥ちゃんに愚痴る話になってた

なまえなまえ 十数年想いを寄せてきた男は、どうやら大学卒業後の進路を県外へと定めたらしい。
 何の気なしに彼が発した「俺、春から大阪行こうと思ってさ」の一言にくらりと気が遠くなるのを感じながらも、務めて冷静に相槌を返した自分は我ながらよくやったと思う。
 頭が真っ白になりながらも慌ててその場を離れた私が、大学のトイレへ友達を呼び出しそのまま居酒屋へ連れ込んだのが三時間前。

「いつかはそうなると、思ってたけどさぁ……!」
「わかったから、ほら一回水飲めよ」

 何杯目かも分からないグラスは中身を空にしかけたところで、水鳥の手により引き離された。代わりにお冷のグラスを握らせた彼女の顔が、ぐずぐずと泣き伏せる私を面倒くさそうに見下ろしている。
 十数年の片思いの相手、もとい霧野蘭丸とは保育園からの付き合いだ。家は近所で、小中高だけに留まらず結局大学までずっと同じ。家族ぐるみで仲が良かった。
 そんなテンプレートのような幼馴染をいつから特別に想っていたかなんて、正直もう覚えていない。小六の時、蘭丸には好きな人がいるなんて噂が流れた事があるが、それはもうかなりのショックを受けた事を覚えている。だから少なくともそれより前からこの気持ちは私の中にあったのだろう。
 
「さっさと言っちまえばいいのに」
「っ、……

 押し黙る私に「それが出来たら拗れてないか」なんていう水鳥のため息混じりの声がグサリと突き刺さった。
 ――そう、告白さえ出来ていれば今頃片思い歴の更新は止まっている。蘭丸との関係が彼女にランクアップしているのか、はたまた見事玉砕し幼馴染の座すら危うくなっているのか。
 長い片思い人生だ。今日こそ!と意を決した日が無かった訳では無い。だけど結局、この関係を壊してしまうかもという恐怖で一歩が踏み出せない。
 意中の相手という以前に、彼は私にとって家族のような兄弟のような、親友のような存在だった。「好きです」のたった一言で全てが無くなってしまうくらいなら、せめて幼馴染として隣に居たい。そう思って、とうに手遅れな恋心へ無理やり蓋を被せ心の奥底へとし舞い込んだ事もある。
 だけど、恋心なんてものは本人の預かり知らない所で勝手に大きくなってしまうのが定石だ。蘭丸と過ごす日常を肥に、私のそれも蓋の奥でメキメキと成長した。
 被せた蓋なんてすぐに意味をなさなくなり、だけど気持ちを伝える勇気なんてものも無い。せめて近くに居られるうちは……とズルズル引き摺り続けた結果、とうとう進路が別れる時も来てしまった。

「大阪の有名なクラブに行くんだって」
「そっか。……ずっとサッカー続けてるもんな」
 
 蘭丸のサッカーの実力がかなりのものなのもよく知っている。昔からそうだから、なんていう理由にすらならない口実を持ち出しては試合の応援にも欠かさず着いて行った。
 ボールを追いかけている彼の姿は贔屓目無しにもかっこいいと思う。ひとつの事を夢中で続けていける所も尊敬している。世話焼きで落ち着いて見えるが、たまに子供の頃と同じようにくしゃりと笑う蘭丸の笑顔が好きだった。

「言う勇気なんか出ないくせに、ずっと近くにいれると思ってたの。けど今日でもう終わりにする」
「終わりにするって、諦められんの?」
……
「彼女できた時だって諦めきれなかったくせに」

 傷口を抉るような水鳥の言葉に、もう少し優しくしてくれと顔を上げる。だが、そんな私の情けない顔を見た彼女から出たのは、慰めの言葉ではなく「無理だろ」なんていう遠慮のない一言だった。

「そりゃあ、すぐには無理だけど……
「あのさなまえ

 枝豆をひとつ摘んで水鳥は続ける。その口振りは、先程のズケズケと痛いところを突いてくるようなものではなく、穏やかに聞かせるように彼女はゆっくりと口を開いた。
 
「無理も何も、別に諦めなくてもいいじゃん?」
「水鳥……
なまえの一途なとこ好きだけどね」

 水鳥の言葉は、グズグズとしている私の背中をいつも押してくれる。オブラートに包まない物言いは強引に聞こえるが、だからこそたまに口にする肯定の言葉が身に染みた。
 どんなに私が落ち込んでいても、彼女は諦めなよなんて絶対に言わなかった。俯く頭を何度も上げてれたのは水鳥が隣で話を聞き続けてくれたおかげだ。
 今回だってそうだ。別に無理に忘れる事なんてないと言ってくれるらしい。水鳥が優しいから、私諦められないじゃない。そう他人のせいみたいに言えば、それでもいいじゃんなんて水鳥が笑う。
 
「私が男だったら絶対落ちてた……
「こんなにべそべそしてる男、こっちから願い下げだけどな」

 だからアンタはそのままでいいよ。
 そう言った水鳥に、小さくありがとうと呟いた。