2024-06-18 20:57:46
1815文字
Public
 



「なにも欲しがらない?」

彼がかい?と先生が、茶請けのようかんを切っていた黒文字を皿に置きつつ尋ねてくれる。
そいつが、と頷く代わりに目を伏せる。
そうだよ、なにも。あのひとふりは。
おれに対して何ひとつとして欲しがらないし求めない。

……強いて言うなら「生きていろ」ぐらいだ。

戦場に出たとたん、手合せ以外じゃおきらく ぜんとしている平生 へいぜいとはまるで別刃のように剥き出しの牙を見せておれのことを焚き付けた。
「死ぬんじゃない」と声掛けをする奴だとは知っていたが。曰く いわく命のやり取りで、こんな殺気を見せる刀だったのかと。
おれの古傷にわざわざ触れてくる刀は今までひとふりも居なかった……いや、誰にも。審神者にもさわらせねーうちに。
引きこもってもいいと言われたから言われるがまま、できるだけなにも考えねえまま、ずっと。
それを。穿たれて、抉られて、斬り捌かれて御天道様の下にさらされ暴かれ風通しを抜群にされて挙げ句……
ひとこと 義理。

それからなにもない ・・・・・・・・・

よく考えてみれば見合い話が出るまで顔を合わせることすらねえまま暮らしてた。
やつのほうなんざ、おれの存在を居ないものかと思い込んでいた時期すらあったらしい
そう話して聞かせてくれたのも、あの出陣の前……
嫁さんが横にいるというのに腑抜けた殺気で命のやりとりに出た、あの出陣の、前。………………
…………………………………
……………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

「幻、滅した?」

いくら。どんな    でもいい、と言ってくれていたとは。いっても、その    が。
ケツしばいて発破 ハッパかけねえと物足りねえような殺気しか出してなかったような、なまくらだったら?

………………………………………
「うーんきみの悩みに役立つ話かどうかわからないんだが」
「聞かせてくれる話なら聞きてえ」
「帰還してからこうして会わなくなる前に「俺のことはいいからね」と言ってくれた。
 気遣わしげだったが僕には何の気づかいなのか、いまひとつわからなかったよ。心当たりはあるかね?」
「『俺のことはいい』?あのやろうが先生にそう言ったのか」
「そうなるな」

ざわ、と。やつから抉られた時と同じか、なんならそれ以上ぐらい、めらつく衝動が全身をく。
『いい』?

………なにが。」

まわりには誰が居るか、その刀連中がどういうリアクションをとって、今どうしているか。
手合せ用の稽古場、短刀は不在。
一文字則宗を筆頭に一文字一派。沖田刀。堀川派の三振りと、山伏国広の横には同田貫正国。
一文字は先代が『かかわらない』意図をあからさまに含んだ「小腹がすいたな!」の言葉で全員連れて稽古場を離れた。
加州と大和守はおれが壁際まで追い詰めてる仲間とおれの心配までしているツラと雰囲気でこっち見てる。
堀川派と同田貫は広い稽古場の反対側にいて距離が遠いからなのか、静観を。

ラクな毎日だったかもしれねえ。顔馴染みふたふり、おれが気を揉むような最前線には出なかった。
おれが最前線に出されても余裕を持って立ち回れるようになった頃には、ふたふりともおれと同じぐらい強くなった。
先生だって隊長も立派につとめられる。研究だけをしている刀だと聞いたら今では違和感しかない。
ラクな毎日だったかもしれねえ。顔馴染みふたふり、同じ部隊の刀連中、短刀も慣れてねえ やつらも
誰にも怪我させねえしおれ自身も滅多なことでもねえかぎり手入れ部屋の世話にならねえ。
刃こぼれひとつしなくなって。
ただ何の意味があるのかわからねーまま、言われるがまま斬れと言われるからそんなに斬ったかと思い返しつつ斬って。

「あんたのことはいいって『なにが』だ」


きみは彼にどんなお礼をするか考えているんだよね。

とてもあたりまえのことを言うみたいに先生が言ってくれたから、おかげですぐに動けた気がしている。
久しく拝めていなかった浅葱色は、おどろくというよりは「来るものが来た」というツラをして、
最上大業物さまの貫禄と余裕で「久しぶりに見たな」みてえなツラをして、
おれの顔をよくよく眺めて、綺麗に笑った。