匣舟
2024-06-18 20:14:43
5221文字
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たくさんのはじめてをあなたと

春と言えば いちご狩りかなあ…みたいな感じでできた話。 いちご狩りへいくふたりの話です。 とがさく かめさく

たくさんのはじめてをあなたと

 駅前の誰もが待ち合わせスポットとして利用する特徴的な時計の前に桜遥はひとり、佇んでいた。今日は休日でいつもならば適当な服に着替えて当たりを散歩したり、さぼてんで朝食兼昼食のパンを買ってどこか公園で食べたりしている時間なのだが今日は違う。
 今日の桜は適当に選んだ服ではなく、少し流行りのものを取り入れたシャツと、自分の好きな細身のボトムスと、そしてハイテクスニーカーと、首にはシンプルなネックレスが付いている。
 自分の肩にかけられているショルダーバッグから携帯を取りだした桜は画面をタップしてメッセージアプリを開き、慣れない手つきで待ち合わせ場所にまだ来ていない相手に向けてついた。とだけ送った。

はえーよ」

 メッセージを送った瞬間に即座に既読という文字が付き、思わず独り言が出てしまった桜がフッと笑っているとどこからが桜が待ち望んでいた相手の声が聞こえた。

「お〜い。さくらぁ〜。」

 桜に手を振っているのはかつて桜が所属しているボウフウリンと敵対していたチーム、獅子頭連の十亀条で、桜に向ける表情は前までとは違いどこか甘ったるさを感じる。
 それもそのはずで、彼らはつい最近めでたく恋人同士になったからである。いつも他人から拒絶されていた桜は、人から好意を向けられることが無かったため、十亀はあの手この手で桜に想いを伝え、見事に最近桜の恋人という座を勝ち取ったわけである。
 今日は付き合ってからの初めてのデートということで、桜がちゃんとした服装で来たのはこれが理由だ。

「ごめんねぇ、遅れちゃって。」

 頭に手を当てながら申し訳なさそうにする十亀はいつも着ている作務衣を着ておらず、少しダボッとしたラフなスウェットとカーゴパンツとスニーカー、そしてお決まりの色付きサングラスを付けていた。いつもと違う十亀の服装に桜は少しキュンとしながら、十亀の方を向いた。

「いや、オレが早く着いただけだから謝んな。」

 桜は初めてのデートに心が躍っていたのか、十亀と約束した集合時間の十分早く集合場所に着いてしまっていたのだ。少しカアっと頬を赤らめている桜を見てかわいいなぁ。と見つめていた十亀は、桜の手を取り駅の方へ歩くように促す。

「んふふ、ありがと。じゃあ、行こっかぁ。」

 一方、十亀に手を繋がれてしまった桜は少し周りの目を気にしながらも、誰も自分たちのことを見ていないことに安堵し、十亀の手を握り返して十亀と一緒に駅へ向かった。

「今日はどこに行くんだ?」

「ひみつ〜。」

「なんだそれ」

「まあ、楽しみにしててよねぇ〜。」

 電車にガタンゴトンと揺られながらふたりはだんだん都会からへと遠ざかってゆく。実は今日のデートのプランを考えているのは十亀で、桜はどこに行くのかすら知らない。とりあえず財布だけ持ってきてくれたらいいよぉ。と言われたので言われた通りに財布だけ持ってきている。
 そういえば恋人になっていないまだふたりが友達だった頃も、いつも遊びに行くところを決めてくれたのは十亀だった。
 十亀といろんな所へ出掛けたおかげで、少し太陽が照り出した時に外で飲むラムネがあんなに美味しいと知ったし、銭湯があんなに心地いいものだと知らなかったし、なによりかつて敵対して、タイマンもした十亀とこんなに仲良くなれるなんて思っていなかったのだ。
 ずっと独りだった桜にいろんなはじめてを教えてくれた十亀は、いつしか桜にとって友達から気になるヤツに昇格したのだ。その頃の桜は十亀を見るだけで心がホワホワと暖かくなっていたし、顔を赤らめたりしていており、これはアイツらと違う感情か?と桜が疑問を持ったことがこうして十亀といま、恋人になったことに繋がっている。
 最初に独りだった桜を見つけてくれたのはことはや楡井をはじめとしたフウリンに属している人々だったけれど、ことはを含め級友たちや、梅宮、柊、梶をはじめとした先輩たちと、十亀に持っている感情とは違うことを桜は知ってしまったのだ。

「さくらぁ。」

 級友や先輩とは違う、甘ったるい瞳で、声で自分を呼ぶ彼の感情をようやく理解してしまってバッと彼を見上げてしまった時、やっとオレの好きって気持ちに気づいてくれたんだぁ。とニタリと笑っていた十亀を桜はまだ憶えている。

さくら、もうすぐ着くよってあれぇ、なんで顔赤いのぉ?」

 告白された時と同じような甘ったるい瞳で、声で十亀に見つめられてしまったから桜は消え入るような声でうっせぇとしか言えなくなってしまった。いつも、桜を見る十亀は砂糖を煮詰めたような甘ったるい表情をしているのにそれに気がついていないのは桜だけだ。
 勝手に顔が赤くなっている桜に十亀は笑いながら、桜の手を引いて電車を降りた。

「着いたよぉ〜」

 電車から降りて無人駅に降り立った桜は、十亀に手を引かれながら田舎の田んぼ道を歩いて少しするとビニールハウスが目の前に見えてきた。そういえばさっき田んぼ道の道端に何かのぼり旗が立ってたかもな。と桜はどんなことが書かれていたか思い起こしてみるが、十亀と他愛もない話をしていたことばかりが思い浮かんで、全く思い浮かばなかった。
 ビニールハウスがだんだんと近づいて来ると、十亀がもうすぐ着くからねぇ〜。とこちらに笑いかけてくる。そうして着いた先にあったものは、イチゴの栽培ハウスだった。

いちご狩り……?九十分?は?」

「やっぱり、やったことないかぁ〜。」

  いちご狩りとは?と頭にいっぱいのハテナを浮かべる桜にまあまあこれはやってもらった方が早いねぇ〜。と十亀は桜の手を引いてそそくさと受付のおばさんへと話しかける。

「おばちゃん、大人二人で。」

「いらっしゃい。はい、ひとり千五百円ね。」

 桜がいちご狩りに着いて考えているうちにそそくさと支払いを済ませた十亀は二人分のカップを持って、ビニールハウスへと入っていく。そういえば、お金払ってねぇ!と熟考から戻ってきた桜が後で金!払う!と言ってみたものの、ここは黙ってオレに奢られといてよぉ。と返され、十亀が手に持っていたカップと練乳が入ったボトルを渡された。

「さ〜ぁ、さくら、いちご狩りしよっか。」

 訳の分からないまま、カップとボトルを持った桜に丁寧にいちご狩りについて教える十亀。美味しいいちごの見分け方だとか、色んなものをいちごに付けたらおいしいなど色々桜にレクチャーをし、それを聞いた桜はどんどんと行動に移してゆく。

みて、でっけぇいちご!」

「美味しそうだねぇ」

 ほら、早く食べてみなよ。と言われた桜は自分の口にいちごを持っていき、パクリと大きな口を開けて一口で食べてしまった。口をもごもごとさせながらも美味しさのあまり、目を輝かせている桜を見た十亀はそんな彼を愛おしそうに見つめている。

とがめ、うめぇ!」

「んふふ、良かったねえ〜。」

 パクパクと一生懸命いちごを食べる桜を可愛いなぁと見つめながら、自身もそれなりに食べている十亀。そんな会話を何度も飽きることなく繰り返しながら、制限時間が終わる頃には、ふたりのカップにはたくさんのいちごのヘタが積み上げられていた。

「あらまあ、こんなに食べたのねぇ。」

 私たちも作りがいがあるわあ。と笑った受付をしてもらったおばさんにまた来てね。と次回から使えるふたり分の割引券をもらってしまった。制限時間が終わってビニールハウスの外に出たふたりはまた駅員が居ない無人駅へと手を繋いで歩いてゆく。

「どうだった?楽しかったぁ?」

 隣にいる彼の方を向いて微笑むと、悪くは、なかった。という返答が返ってきた。そっかあ、じゃあまた行こうねぇ。と手を握り返すと肯定とも取れるように桜から手を握り返される。

十亀って、結構食べるんだな。」

「人よりは食べるかもねぇ」

 だってオレ、大食いチャレンジできる所制覇してるからねぇ。と笑った十亀に桜は目を輝かせる。

「オマエ、そんなに食べんのか!?じゃあ次は十亀が大食いしてるとこ、みたい!」

「そんなの、オレだけ得してるでしょ〜ぉ」

 オレのことはいいから、桜が楽しめるようなところに行こうよ。と微笑むと、桜は歩みを止めて少し不貞腐れた顔をする。

「そんなことねぇ。いつもオレの方こそ得してばっかだ」

 いつもオレがはじめてのことばっかりして楽しんでるだけだし。と口を尖らせながら言った桜に対して十亀はそれがオレにとっては得なんだよぉ。と答えた。

なんで?」

「はじめては一度きりだから、これからさくらがたくさんのはじめてと出会う瞬間を隣で見るっていう特権がオレにとっては得なんだよぉ。」

 十亀が説明してもまだ理解出来ていないのか頭にハテナをいっぱい浮かべている桜に、じゃあはじめての銭湯に行った時はどうだったぁ?と問いかけた。

ん〜あったけぇ、って感じ。こんなにきもちーモンなんだって思った。」

「じゃあさ、次銭湯に行こうってなったとしたら、そのはじめて銭湯を体験した時の感想を元に行くよねぇ?」

おう。」

「はじめての時は銭湯がどんな所かも知らなかったわけじゃない。だけど、オレと一緒に行ってそういう気持ちを持てた。」

 はじめてすることって一つ一つ思い出が残るだろうし、特別でしょ?さくらが初めてのことをいろいろ経験するのを隣で見られたらいいなぁって思ったんだぁ。と少し照れながら微笑んだ十亀の考えに、なんだかストンと腑に落ちた桜。
 思い出すのはフウリンに来てことはにはじめて手を差し伸べられた時のことや、はじめて友達になってくれて、自分の考えに賛同してくれた級友のこと、何かと世話を焼いてくれる梅宮をはじめとしたはじめてできた良い先輩たちのこと。
 そして、はじめて自分に好きという気持ちを芽生えさせてくれた目の前にいる十亀のことだ。
 こんなに色んな感情に振り回されるのはフウリンに来てからだ。前にいた場所ではずっと、ずっと感情を殺さなければ生きていけなかった。ずっと桜は周りから見れば異質で排除されてきたから。
 でも、そんな桜に彼らは感情を思い出させてくれた。泣いたりすることは無いけれど、笑って、怒って、そして照れて。たくさんの感情を彼らに少しずつではあるがさらけ出すことが出来ている。
 自分を人らしく戻してくれた彼らに、そして恋というものを、愛がどんなものかを教えてくれた目の前の彼には本当に感謝しなければいけないと思う。
 愛というものがどんなものなのか桜はずっと知らなかった。だって、愛されたことがなかったから。でも、はじめて十亀に好きという感情を持って、恋人同士になってから彼は桜に愛の言葉をストレートに伝えてくれている。
 すき、だいすき、あいしてる。と言葉で伝えてくれる時、甘ったるい声でさくらぁ。と名前を呼んでくれる時、そして甘ったるい瞳で見つめられている時。十亀がゆっくりと桜に愛を伝えてくれたおかげでこうして桜は愛を知ることが出来た。

 これからもたくさんのはじめてを、好きという感情を、愛というものがどんなものかを教えてくれた彼と一緒に紡いでいけたらいいなと思う。いつかあの時はこんなことあったよな。なんて思い出せるように。じゃあ、これは許されんじゃねぇかな。と思った桜は、とがめ。と彼の名前を呼ぶ。

「ん〜?どうしたのぉ?」

「やっぱり、大食いしてるとがめ、みたい。」

「こりゃまたなんで?オレの大食い見たって楽しくないでしょうよ」

 そんな十亀の回答に、桜は少し照れながらもこう言ったのである。
 
だって、とがめ美味いもん食べる時、しあわせそーな顔してるから、それ、見るのすき、」

 今日、いちご食べてる時のとがめ、かわいかったし。と少し口を尖らせながらそう言ってふにゃりと笑った桜を見て、十亀はガバリと彼を抱きしめた。まさか桜からそんな言葉を聞けるとは思っていなかったので。桜は急に抱きしめられたことに対して少し驚きながらも、いつもならなにすんだ!と言いながら払いのける手を彼の背中に回し、十亀の行動を甘んじて受け入れた。

じゃあ、次は大食いしに行こうかぁ。さくらの大食いはじめて記念日になりそうだねぇ。」

オレは見るだけでいいっつーの!」

 自分を抱きしめている彼のように好きだとか、愛してるとか伝えるのはまだ桜には出来ないけれど、いつかそれも言えたらいいなと思っている。桜のはじめてを隣で見続けてくれる彼なら、きっとその時もこうして愛おしそうに抱きしめてくれるだろうと思いながら。

おわり