匣舟
2024-06-18 20:12:51
4244文字
Public WB
 

きみが招いた春雷


ふたりとも春が好きだと書いてあったのでキャラブックから妄想して出来た話。 かめさく とがさく

きみが招いた春雷


 風がふんわりと吹いて、桜がヒラヒラと頭上を舞っている。桜の木々から差し込む木漏れ日を見ながら十亀はひとり、公園の桜の下のベンチに座っていた。いつも十亀の周りには兎耳山を筆頭とした獅子頭連のメンツたちに囲まれているが、今はただひとりでヒラヒラと舞って地面に落ちる桜を見つめている。

「気持ちいいねぇ〜。」

 先程まで座っていた彼は立ち上がって帰るかと思えば、ベンチに寝転がり始めた。彼は背が高いから寝転がるとなると足がほぼベンチに出ているような状態で、それでゆったりできるというより寧ろ辛い体制なのに十亀はゆったりと桜が舞い落ちるのを見ていた。
 傍から見てみれば、桜が散る姿を見て一人花見を楽しんでいるように見えるかもしれないけれど、十亀が見ているのは桜と言っても違う ・・桜だ。
 桜ももちろん綺麗なのは確かだが、十亀が桜をみて思いを馳せているのはこの前戦った風鈴高校一年生の桜遥という男だった。
 十亀と桜の出会いは桜からしてみれば最悪だったと思う。出会い頭に桜のことを名前を名乗ってもらってなかったのもあるが、オセロ頭と呼び力の絶対信仰が聞いて呆れると言われたらキレる始末。

 自分が歪んだ信仰を押し通すと決めたくせに、正論を言われたらキレるなど子どもの癇癪なんて今は思うほどの余裕があるけれど、あの時はそうでは無かったから仕方のなかったことなのかもしれない。だけどまあ桜の言う通りダサい人間だったことは確かだ。
 ただ、頭取である兎耳山に笑っていて欲しくて歪んだ信仰を押し通して残ったものが楽しかった頃の欠片などひとつもなく、正義も何もかもなくなった蝉の抜け殻のようなものだった。
 そんなダサい人間だった十亀を喧嘩という名の対話で桜はかっこいい人間に仕立てあげたのだ。

オレは相手が命の恩人でも どんなに強くても 目を逸らしたり 自分を曲げたりしねぇッ!

 あの日、桜に言われた言葉がまるで心の中に雷が落ちたような衝撃が来たことを今でも十亀は忘れられなくなってしまった。
 後戻りなどできないなんて自分でよく分かっていたはずだ。あの日間違いを押し通すと決めた以上、泥をかぶると決めたから。
 力は自由になるためにあるものだと聞いていたのに、いつしかそれがみんなにとって邪魔な枷になっていたことも知っていたけれど、見て見ぬふりをした。
 太陽がみんなから愛されるために、今の獅子頭連を存続させるためにと。そんな自分の考えを真っ向から否定し、ずっと泥を被っていた自分に水をかけてくれた桜。桜は十亀が思っていた以上に獅子頭連に嵐をもたらしてくれた。
 雨で何も見えなかった視界が、桜を筆頭としたボウフウリンが春の嵐をもたらしてくれたお陰でだんだんと晴れて太陽が差し込むように今の獅子頭連は快晴そのものだ。あんなに曇天のように翳っていた兎耳山の目はもうキラキラと輝いている。
 本当は自分がその翳りを取ってあげたかったけれど、桜たちが居なければずっと、ずっと獅子頭連は雨に降られたままであっただろう。

(本当に、桜には感謝してもしきれないねぇ)

 桜の花びらがヒラヒラと舞って、十亀の手のひらに乗った。手に乗った桜の花びらは、十亀が掴む前に風に吹かれてどこかに消えてしまった。彼が思いを馳せているあの子みたいに。
 
 十亀にとって桜は彼が今寝転がっているベンチから見える、桜の木々から差し込む木漏れ日のようなキラキラとした光で、あの日、自分が失ったあたたかさと希望をくれた男だった。
 偶然頭取である兎耳山が執着していたボウフウリンと一悶着があったとき、タイマンをするならばついでに変化をもたらしてもらおうなんて思っていたのに、まさか自分がいちばん変化しているなどあの時は思ってもいないだろう。
まさか、自分があの子に恋をしてしまっただなんて。桜がもたらしてくれた嵐は、十亀に追加で春雷をもたらしてしまった。あれからずっと十亀は桜のことを忘れられないでいる。

(自覚しないほうがよかったのにねぇ)
 
 出会いも最悪で、いくらチームをかけたタイマンだったとは言えども彼の心を傷つけたのは事実だ。十亀に対しての桜の好感度はきっとゼロに等しいし、勝率も同じだ。好きなど気づかなければ良かったのにと自覚してから何度も思った。桜は無垢で綺麗で、自分とは違ってどんな相手にも自分を押し通すことを誓うかっこいい男だ。
 そんな綺麗かつかっこいい人間をダサい自分が縛っていいものでは無いと何度も言い聞かせてきた。
 けれど、十亀の心の中に芽吹いた気持ちは元になど戻せなかった。桜への想いはどんどん膨らんでいるし、現にこうして桜の花びらを見て思いを馳せているのだからもう戻れないところまで来ている。もう、お前は手遅れだと誰かに笑って欲しい気持ちだ。まあ、こんな気持ちなど誰にも明かせないから一人で笑っているのだが。
 桜は十亀のことなんてきっと眼中にない。だから、この気持ちに気づかれないようにと十亀は今日も今日とて桜が散る姿を見て、彼に思いを馳せるのだ。

ぼーっとしすぎたかねぇ」

 ジャケットの中に入っている携帯の液晶をタップして時間を確認すると、かれこれここに来てベンチに座ってから1時間弱経っていた。そろそろ帰るかぁ。と寝そべっていたベンチから重い腰を上げようと立ち上がろうとした途端、公園の入口からげ、という声が聞こえた。
 自然と声が聞こえた方に目線をやると、そこには十亀が今、一番会いたくて会いたくないような男が立っていた。

さくら、」

 十亀が名前を呼んだら、桜はバツの悪そうな顔をしながら十亀の元に歩いてきた。ずっと頭の中を巡っていた相手が目の前に現れたら誰でも固まってしまうだろう。
奇遇だね、こんなところで会うなんて。とかいい天気だねぇ。とか気の向いた言葉を言えばいいのに、十亀の口が開くことは無かった。まさか、桜に会えるなんて!と喜びとなんで今会うんだ!という驚きのようなものが十亀の脳内でせめぎ合っていてそれどころでは無かったのだ。
 何も言葉を発しない十亀を不思議に思ったのか桜は不思議そうに十亀を見つめている。

とがめ?」

 突然、桜の上目遣い攻撃が十亀を襲う!前はもじゃもじゃと呼ばれてたのに、苗字覚えててくれたんだぁ。という嬉しさと上目遣いが相まって倒れてしまいそうだったが、何とか堪えてなに、さくら。と普段の声を装った。

んでここにいるんだよ」

桜から問いかけられた言葉は、至極真っ当な問いかけであった。そりゃあ前まで敵対していたチームのやつが居たらそう聞くよなぁ。オレだってそうするねぇ。と脳内で独りごちりながら桜の質問に答えることにした。

「あー、桜を見てたんだよねぇ」

「はあっ!?」

自分の返答に顔を真っ赤にした桜に一瞬ハテナを浮かべた十亀だったが、ああ、そういえばこの子の苗字も桜だったと今更気づき、あ〜。と頬を掻きながら桜を見つめた。

「あー、桜じゃなくてぇ、そこの桜の木」

 そう言って十亀が桜の木を指させば、さっきまで真っ赤になっていた桜の顔は少し和らぎ、そーかよ。と言って、十亀が立っている前のベンチに座り始めた。それを見て十亀ももう一度座る。
 桜を見ていたのは紛れもない事実だが、桜ならばなんでこんな場所で見てるんだとか、なんで寝っ転がってたんだとか一つや二つの文句や疑問を言ってくるだろうと思っていたのだが、それがなかったので酷く十亀は拍子抜けしたような気分になった。
 それに加え、桜が十亀の横に座ってきたことによって十亀はさっきから緊張しっぱなしだった。そのせいでうまく言葉が出てこない。どんな話をしようかなぁ。と頭で考えていると桜が口を開いた。

春、すきなのか、」

 ボソッと紡がれた言葉を十亀は聞こえなくて、もう一回言ってと言ってみると今度はバカでかい大声で同じ言葉を言われた。春夏秋冬で一番好きな季節と言われたら春がすきだ。夏のように暑くもなければ冬のように寒くもないし、なにより桜を見れることが一番の好きな理由だろうか。寒い冬が終わり、春の訪れを告げる花で、綺麗でかつ儚い花だ。桜が蕾をつければもうすぐ春だなあ。と思えるし、桜が散ればもうすぐ夏が来るなあ。と何となくゆったりと季節感を感じられることができるから好きなんだろうなぁ。と十亀は結論付けた。

春ねぇ、すきだよぉ。」

そうか、オレと一緒だな。」

へぇ、桜もすきなの?どんなところが?」

 十亀がそう質問するとなぜか桜は少し顔を赤らめながらちいさな声で、自分の、生まれた季節だから。と答えた。桜の回答はあまりにも単純な答えだけれど、桜らしいっちゃらしいな。と十亀は少し笑った。

んだよ」

「んふふ、いやあ、かわいいなぁ。って思っただけ。」

 十亀から言われたかわいいという単語に反応した桜はバッ、可愛くねーよっ!と猫がシャーッ!と威嚇するような反応を示したけれど、隣にいる彼があまりにも自分を愛おしそうな顔で見つめるもんだから、またみるみる顔が赤くなってゆく。

ふふ、顔が真っ赤だよぉ」

 わしゃわしゃと隣にあった白黒の髪の毛を撫でると、撫でんな!とペシっと手を払われてしまった。残念。拒絶したくせに嫌では無いのか自分の隣に居続ける桜に、十亀は嬉しくなった。まだ自分には可能性があると思ってしまったからだ。

「ねぇ、桜。暇があったらオレとさ、二人っきりで花見でもしようよ。」

 もうすぐ春が終わっちゃうからさ、春がすきなもの同士で、一緒にすきな季節を噛み締めてみない?なんて二人で会う御託を並べてみる。きっと、フウリンでも彼は人気者だから、チームが違う自分が付け入るところはここしかないだろう。せっかく来たチャンスを逃すほど十亀は馬鹿では無い。
 そんな十亀の心の内も露知らず、桜は少し考えたのち、オマエとなら。と少し顔を赤らめながら言った。あーあ。そんなに顔赤くさせちゃって。オレに期待させないで欲しいなぁ。と十亀は心の中で思いながら、桜と連絡先を交換し、花見に行く日を決め始めた。

楽しみだねぇ」

 にこやかに自分に向けて笑った十亀を見た桜は、お、おう。とまた少し顔を赤らめながら言ったのだった。
 
おわり