2024-06-18 20:03:31
849文字
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肥孫

魘されていたな、という指摘は来なかった。

……しばしば、あまりよくない夢をみることがある。
同室だった頃、近くの布団で寝ていた先生が名まえを呼び、声をかけ安否を確かめ、夢から引き戻してくれた。
以来、自分には夢に魘される晩があるものと把握はしている。
とある麗らかな春のこと、緩やかな風が吹き抜けてゆくたび近くに咲いている大桜の花弁が舞ってくるひなたの縁側。
横で本を読んでいるやつの右肩に寄りかかり背を預け、べつだん何か言葉を交わすわけでもなく。
ぽかぽかとまろやかな暖かい陽気にさそわれ、うとうとと瞼がおりていった微睡みのさなか。
あまり見たくはないものを目の当たりにした。
そこから離れようとするが、思うように叶わない……いいや、離れる肉体が、ない。身体ではない。肉体ではない……
できることといったら、ただ、その光景を眺めていることぐらい。
代わりに自分を振るう人間がいる。使い手が、持ち主が刀身を振るい、刀としての役割を果たしている。
忘れもしない………「 」を「  」感触。
月のよる闇に乗じ、不意をついて。昼日中、真正面から躊躇なく。
或いは道行きの妨げを消すため。或いは、仇敵から護るため。
「 る」 る、 って、 って、あのとき折れるまで って、折れた後にすら、……………
特有のぬるさ。まみれる身。ありありと寄越され続ける生々しい感覚を、不意に聞こえてきたおだやかな声が遮った。
目を開けてみたらあたたかい掌が頭に触れてきて、そのまま長い指が品のあるしぐさで髪を梳く。
この手指は日ごろから、いくらか跳ねている癖毛を ならそうとしてくる。
均したところでまたあちらこちらはねるのだから放っておいてもと思ったが、均すためより単にこうするのを好きらしい。
顔をみる。浅葱色と目があう。相も変わらず飄々と、やんわりと、すこし わらう面持ちを眺めて、風に揺られる花弁を思う。

「まあ、これでも飲んで」
「酢じゃねえか」

いくら寝起きでも匂いで判るわ。