溶けかけ。
2024-06-17 22:52:46
2409文字
Public ほぼ日刊
 

五百年の距離

ほのぼのヌフ。
他人から見たら「なんでお前ら付き合ってないの?」となるがそれが普通だった二人の話。つまりは距離感バグってる。

「ごきげんよう、フリーナ殿……夜中に出歩くには些か不用心が過ぎるのでは?」

「ヌヴィレット……

 流れるような仕草でヌヴィレットは自身の上着をフリーナの肩に掛けた。常に温暖なフォンテーヌの気候では夜風で体が冷えるということはまずない。それなのに、ヌヴィレットがフリーナに上着を掛けたのは、彼女の格好が少しばかり目に毒だったからだ。
 オフショルダーのネグリジェはヌヴィレットにとっては見慣れた物だが、彼女へ劣情を抱く者たちにとっては格好の餌でしかないことを彼は知っていた。

「事件に巻き込まれたくなければ、あまりそのような服装で出歩かないことだ」

……うん、そうだね。気を付けるよ」

 どこか上の空で返事をしたフリーナは再び、眼下のフォンテーヌ廷を眺め始めた。




 二人で並んで街並みを眺めて幾ばくか。
 不意に冷たい風が二人の間を通り抜けて行った。
 
「そろそろ帰ろうかな」

 フリーナが夜風に髪を遊ばせながら言う。

「その意見には賛成だ…………送っていこう」

 ヌヴィレットが手を差し出せば、フリーナがその手に片手を重ねた。

「お願いするよ」





「おやすみ、ヌヴィレット」

「ああ、おやすみ。フリーナ殿」

 フリーナが穏やかな笑みを浮かべる。わざわざ、パレ・メルモニアまで来ていたから何かあったのかと心配していたが杞憂だったようだ。

「戸締まりは3度は確認したまえ。火の元のチェックも忘れずに……それから」

「ああもう、わかってるよ!」

 まだまだ注意をしたそうなヌヴィレットの体をパレ・メルモニアの方へ押し出す。

「ほら、お・や・す・み!」

「はあ……わかった。おやすみ、フリーナ殿」

 ヌヴィレットが歩き出して数秒後、彼の腰にはフリーナがくっついていた。

……帰れと言わなかったか?」

「は、はは……何のことやら……ええと、こ、コホン!ヌヴィレット。今日はもう泊まっていったらどうだい?ほら、もう遅いし……ね?」

…………何を読んだ?」

「ホラー小説と……映画も少し……って違うぞ!断じて昼間見たホラーが怖くて眠れないとかそんなんじゃないからな!僕はキミを心配して……って笑うな!」

 ヌヴィレットは笑っていた。口元に手を当て、クスクスと楽しそうに。あまりの珍しさにフリーナは口を噤む。

「ああ、いいだろう。泊まっていこうではないか」





「はい、これ。少し大きいかもしれないけどよかったら着てくれ」

 シャワーを浴びたヌヴィレットが手渡されたのは男性物の寝間着。

……また、無駄遣いをしたのか?」

「いやー……これはほら、舞台衣装だから……はは……

 目をそらしながら言うフリーナは薄情しているも同然だった。ヌヴィレットのじっとりとした視線が彼女に纏わりつく。

「ぼ、僕のことはいいから!寝るぞ!」

 これ以上、諸々のことを話していたら他のことにも追求されると感じたフリーナはヌヴィレットの手を引いてベッドへと誘う。
 
……狭いな」

「ご、ごめん……

「いや、悪くない……むしろ新鮮な気持ちだ」

「そ、そう……楽しそうならよかった……ってひぃ!」

 何処かで聞こえた物音に驚いたフリーナがヌヴィレットに抱き着く。その体は小刻みに震えていた。

「お化けが……お化けが食べにくる……

「はあ……フリーナ殿。お化けという生き物はテイワットの図鑑には記録されていない。だから安心して眠りなさい」

「それはそうだけど……

 頬を膨らましたフリーナはちょっとくらい心配してくれたって……などと文句を言いながら目を閉じる。やがて文句は意味のない言葉の羅列になり、健やかな寝息に変わっていった。

「おやすみ、フリーナ」





 朝、目が覚めるとヌヴィレットの隣にフリーナの姿はなかった。シーツは既に冷え切り、かわりにいい香りが漂ってくる。

「あ、おはよう、ヌヴィレット。もう少しで朝ごはん出来るよ……って、ふふふ……相変わらず、朝は弱いんだね。眠気覚ましに顔を洗っておいで」

「そうさせてもらう……

 フリーナからタオルを受取り洗面所へと向かう。
 帰ってくる頃には、テーブルにパンやサラダ、スープなどが置かれ、すっかり朝食の準備が済んでいた。

……

「なんだい、その驚いたような顔は……あ、もしかして、パスタが出てくると思ったんだろ……ふん、僕だって本気を出せばこのくらい出来るのさ。ほら、冷めないうちに食べよう」

 近くの椅子を勧められて席につく。目の前の彼女はさも当然のように朝食をつついていた。ヌヴィレットもそれに倣ってスープを一口掬って口に含む。

……!」

「ふふん、どうだい、美味しいだろう!」

 ヌヴィレットの顔を見ればわかる。これは美味しい時にしかしない顔だ。とはいえ、普通に見てると分かりづらいが。

……

「おかわりあるよ」

……すまない」

「ふふっ……それだけ気に入ってもらえたら作った甲斐があったよ」





「それでは、フリーナ殿。また」

「ああ、またね。ヌヴィレット」

 フリーナの部屋の前で手を振って別れる。途中、同じアパートメントの住人とすれ違い、ご機嫌よう、と挨拶をすれば向こうも困惑気味にご機嫌よう、と返してくれた。



「おはようございます!ヌヴィレット様……何か良いことでもありましたか?」

……そのように見えるのか?」

「はい!とっても」

「そうか……

 ヌヴィレットが昨夜の話をセドナに語る。セドナはそれを楽しそうに聞いていた。



 数時間後、フォンテーヌ廷を揺るがすニュースが新聞の一面を飾った。

『最高審判官ヌヴィレット様と元水神フリーナ様、朝帰り!?結婚も秒読みか――!?』