「ノエが小さい頃を知っている人かあ。そもそも、子供の頃のノエって、どんな風だったんだろうね。今より小さかったろうし、子猫のように可愛かったのかな」
何気なく話題を出すヤルマル。すかさず応じたのは、彼女の隣を行くオランローだ。
「背丈はともかく、性格は今と変わらなかっただろう。こいつの馬鹿正直な部分が、一朝一夕で生まれたとは思えない」
「オランローはそう考えるんだね。でも、意外とやんちゃな少年だったかもしれないよ。男の子って生き物は、いつだって広い世界に憧れて、飛び出していってしまうものさ」
訳知り顔で、ヤルマルは人差し指を立てて振って見せる。
「ノエは、そういうタイプの子供には見えない。むしろ、飛び出してきたのは、あんたの方だろう」
「そうですよ。きっと、昔の兄さんはとても可愛かったと思います!」
オランローの追撃に、今度はオデットが援護を挟む。
「へえ、オデットは可愛い方に一票を入れるか。たしかに、子うさぎは見ているだけでも可愛いからねえ」
「ヤルマルの故郷では、子どものことをそう呼ぶの?」
「そう呼ぶ人もいるよ。サルヒのところはどうなんだい」
今度は、会話に入ってきたサルヒに話題のバトンが渡される。
「私の故郷では、そういう変わった呼び方はしない。でも、赤ん坊の角は短いから、とても可愛い」
サルヒは自分の顔の横にある角を指さし、今の半分くらいの大きさの場所に手を置く。子供の頃は、この辺りまでしか角がないと伝えたいようだ。
「アウラ族の角は、子どもの頃は短いんだよね。ラザハンにいた時、よく見かけたけど、皆小さくて可愛かったよ。オランローも、昔はそうだったのに、気がついたらボクの背丈を追い越してるんだものなあ」
「背が伸びる時は、毎日骨が軋むかと思うくらい痛んだんだ。オレだって小さいままでいられるなら、それでもよかった」
「おや、本当にそうかい?」
「…………」
勢いに任せてそう言ったものの、オランローとしては悩ましいところではあったらしい。
沈黙を挟むオランローにより、奇妙な空隙が生まれた隙をついて、
「あの、ひとつ聞こうと思っていたんですが」
先頭を歩いていたノエは、ぴたりと足を止めて振り返る。
自分の後ろで好き勝手に話していた面々の顔を見て、彼は一体どう反応すべきかと悩む。
ノエを除く五人は、興味津々といった様子を隠そうともせずに顔に浮かべていたからだ。
「ぼくの子供の頃を知っている人に会うと聞いて、なぜ皆さんが僕に同行しているのでしょうか」
非難をしているわけではない。とはいえ、ノエの顔には明確な戸惑いがあった。
ノエの至極もっともな質問に対して、五人は愛想笑いと苦笑いを混ぜたような顔で、
「だってなあ。聞いただけでも面白そうじゃないか」
「だよねえ。仲間の小さい時の話なんて、そう聞けるものじゃないし。ボクだってノエの小さい頃のことを知りたいよ」
「オレは、ヤルマルが何かやらかさないか、警戒のために来たんだ」
「右に同じく。旦那様の躾は私がします」
「サルヒ、最近俺に冷たくないか?」
各々、砕けた調子でさらりと理由を並べ立てていく。その理由の大半は、自身の好奇心を満たすためだというのに、彼は特段悪びれることもなく言ってのけていた。
唯一の救いを求めて、ノエはオデットへと視線をずらすものの、
「わたしも、兄さんがどんな子どもだったのかが気になったんです」
これまた好奇心に満ちた笑顔できっぱり言われてしまうと、ノエとしては最早返す言葉がなかった。
幼少期に世話になった女性が、教会で手伝いをしている。ノエが皆にそう伝えたのは三日前のことだった。
最初こそ、五人は「そんなこともあるのか」と淡白な反応を見せるだけだったが、実際に時間を取って話をする予定だと説明したところ、彼らは揃って好奇心の塊へと変じた。
もっとも、純粋に興味本位や面白半分で同行をしているわけではないのだろう。
昔話をすれば、少なからず今のノエの精神に負担がかかる。父親との面会を経た直後で、ノエにとって家族の話題は触れられたくない事項の一つだ。しかし、今を逃せば次の機会はない。故に、この対面を後回しにするわけにはいかない。
そんな事情を知っているからこそ、せめてノエが感じる負担を軽くしようと道化を演じているとわからないほど、ノエは子供ではない。ただ、気遣われているだけだと分かっていても、気恥ずかしい気持ちまでは隠し切れるものではない。
そんなこんなで、六人は今、街の大通りを歩いていた。向かう先は、ノエがこの街に来た直後に昼食を訪れるために立ち寄った食堂だ。
ノエの幼少期を知る女性――プリシラが、待ち合わせ場所にその食堂を指定してきたのである。ノエたち泊まっている宿を話をする場所に選ばなかったのは、子供たちの様子が気になって、腰を据えて話ができないと思ったからだろうか。
「この三日で、聞き取りの方も進んだからね。あとは、どこに向かうかを決めるだけだろう?」
「はい、そうですね。もっとも、占星台がここまであちこちにあるとは思いませんでした」
「この辺りは、比較的天気が崩れにくいみたいだ。星が見えやすい分、数を増やして精度を上げようとしたのかもね」
ヤルマルが言うように、プリシラの返事が来るまでの三日の間、一行はただ漫然と時を過ごしていたわけではない。
オデットの記憶の手がかりは占星台にあるらしいという情報を共有し、彼らはほうぼうに散ってこの近辺の天文台の位置を確認していた。それだけでなく、周囲の村や街の場所も調査し、街で買った地図に書き込みを加えるのも忘れていなかった。
行きはチョコボ車であったために、休息以外で村を訪れることはなかった。しかし、オデットの記憶の手がかりがどこに眠っているか分からない以上、村や街があるなら立ち寄って情報収集に努めるべきだ。
そのように提案したのは、旅慣れたヤルマルやルーシャンだった。
「占星台の位置は、この街を中心に東西南北にそれぞれ一つ、でしたね」
オデットは調査内容を記入した地図を頭に描き、得た情報を確認する。
「ヤルマルの言うように、竜の出没位置を把握するために設置したんだろうな。それに、占星台は星見の塔を建てるのが普通だ。それを物見台として使っていても不思議じゃない」
ルーシャンの言う通り、単純に星を観測するため以外にも占星台には使い道がある。竜の出現を検知するための場所としても用いていると考えるのは、妥当な思考の帰結だった。
「あとは、ここから更に西に向かった先にある他領にも、占星台はあるという話だったよ。ただ……その領土の名前がニヴェールだっていうのは、正直ボクもちょっと驚いたけどね」
ちょうど西にあたる方向を見やって、ヤルマルは見えるはずもない占星台を探しているかのように、手で庇を作って見せる。
ニヴェール。その名は、ノエたちにとっても、そうそう忘れられる名前ではない。
ノエたちがグリダニアで出会った、イシュガルドからやってきた女性と、その娘。母子が元々勤めていた家が、ニヴェール家であった。家の醜聞に関わってえしまった彼女らを、ニヴェールの元当主が妖異を使って殺害しようとしたという経緯は、そうそう忘れられるものではない。
(でも、僕の師匠はニヴェール家の人と縁があったみたいだ。領地が隣だったから交流があったと考えるなら、驚くほどのことではないのかもしれない)
ノエはヤルマルの説明を聞きつつ、父から聞いた話を照らし合わせてみる。
ノエの師匠であり伯父のフィリベールは、当時は騎士であったというニヴェールの若君と交流があったようだ。フィリベールが行方不明となったとき、共に行動していたというぐらいなのだから、知己であったのは違いない。
イシュガルド皇国は、イシュガルド正教というひとつの宗教をもとにまとまった国だ。国民同士は、一つの宗教を元に結びついているというのが表向きのスタイルである。
しかし、やはり実際の距離というものは無視できるものではない。領地が近ければ、その分親しくなる機会が多くなるのも自然な流れだ。
貴族は領土を管理し、運営する役割を受け持っている。そうなれば、領土と領土の境が接する部分も生じる。そこから他領との交流が芽生えていくのだろう。特にノエの父が治めるラペイレット領は隣接する境界線が多いようだ。その分、他領との交流も多かったのだろう。
「では、ニヴェール領の占星台に行ったら、もしかしたらティエリーさんに会えるのでしょうか」
「どうだろうな。あいつは、あまり自分の家が好きじゃなかったみたいだ。領地から離れているんじゃないか?」
オデットは知人に会えるのではと期待を見せたが、ルーシャンが現実的な意見を返す。
彼の言う通り、ティエリ――ーニヴェール家の長子であり、複雑な事情から父や家から距離を置いている彼は、グリダニアからイシュガルドに戻るときですら、正直あまり気が進まない様子だった。そんな彼が、おとなしく実家の周りにいるとは考えにくい。
「遅かれ早かれ、その占星台には行くことになるでしょう。最終的に、僕は占星台を渡り歩くつもりでいます」
「イシュガルドは広いからなあ。総当たりってなると相当な量になりそうだが……まあ、何とかなるだろ」
「はい。広いとはいえ、限りはあります。全て調べていけば、いつかは終わりに行き着きます」
「……できる限り、わたしもしっかりとした記憶を思い出せるように頑張ります」
ルーシャンとノエはそれぞれの見解を述べているのを聞いて、オデットは申し訳なさそうに呟く。無理はするなとルーシャンはオデットの頭を軽く撫でてやり、ノエも同様の意味を込めて、「大丈夫だよ」と言葉を贈る。
「プリシラさんとの話が終わって、旅の支度が済んだら……そうですね。南からぐるっと時計回りに街の近辺にある占星台を巡っていくのはどうでしょうか」
「はい、兄さん。わたしは構いません」
「じゃあ、そういう方針で行こうと思います。もちろん、道中で補給できる村や街があったら立ち寄るつもりです」
「移動手段は、チョコボは貸しチョコボ屋さんが許してくれる範囲までは、できるだけ同じチョコボを使っていこうか。チョコボと関係が深くなった方が、乗っている側も何かと楽だからね」
長旅に慣れているヤルマルの助言に、ノエは賛同の首肯をする。
エオルゼアで広く用いられている移動手段でもあるチョコボは、元々イシュガルドから持ち込まれたものだ。チョコボの飼育において、イシュガルドは他の国の追随を許さない。
そのためか、街中でも積極的にチョコボが荷運びとして使用されており、旅人向けのチョコボの貸し出しも盛んだ。
だからといって、チョコボを次々乗り換えていくつもりはノエたちにはなかった。チョコボによっては、乗る際にコツがいるものや、癖のある個体も存在する。それらを逐一把握していくのは、乗り手にとって余計な手間となるからだ。
「この領地にいる間は、極力同じチョコボを使わせてもらえないか交渉しましょうか。あとは……」
ノエが続く段取りを話そうとしたときだった。思わず彼が口を噤むような大声が、ノエたちのすぐそばから響いた。
「お願いだよ、少しぐらい良いじゃないか! この前から、ほんのちょっぴりのパンと、冷めたスープしか食べてないんだよ!」
「少しぐらいって言って、もうこれで何度目だい?! あたしは知ってるんだよ。あんたが、この辺りの店に手当たり次第に物乞いに来てるってことは!」
「だって、仕方がないだろ! 支給される食事は一日一回だし、それじゃ全然足りやしないんだから!」
思わず、ノエは声の主に視線をやる。そこにいたのは、一見するとごく一般的な中肉中背の男性だった。少し痩せているように見えるのは、先ほど話していた食事が原因だろうか。
イシュガルドではよく見かける一般的な装いをしているので、もし街で見かけていたなら、一般的な住民として気に留めることもなく流してしまっただろう。
だが、よくよく見れば男の顔には汚れが目立ち、顔も髭が伸びるままになっている。どうやら、何か訳ありらしいとノエが察した頃、
「あんたも知ってるだろ。俺たちは、ランドンのせいで住む家が燃えちまって、やっとの思いでここまで逃げてきたんだ。着るものも飯も、全く足りない。だから、休める家があって、飯も山ほど持っているあんたが少しぐらい恵んでくれてもいいじゃないか……!」
「あのねえ、あたしだって道楽で飯を作ってるんじゃないんだよ! 気の毒だとは思うが、あたしがあんたにあげられるのは、そんな同情の気持ちだけさ」
応対をしているのは、ノエの待ち合わせ場所でもある食堂の従業員だ。ちょうど、ノエが街に訪れた直後に、パンや串焼きを買うついでに話をしてくれた女性が、木でできたお玉(レードル)を振り翳し、物乞いの男を牽制している。
「だったら、街に住んでるあんたたちから、この街の領主様に言ってくれよ。俺たち難民には、飯も建物も服も全然足りないんだってことを!」
「何を言ってるんだい。本当ならランドンに追われて寒空の下、凍え死ぬところを、屋根のある建物に案内してくださったんだ。そのうえ、一日一回でも飯をくれて、ちゃんと防寒着だって渡している。それで十分じゃないか!」
「そんなもの、本当に必要最低限だけじゃないか! 俺たちは、領主様に言われるがままに避難してきたんだ。だったら、もっとちゃんとした受け入れをするべきだろう!」
まるで、女将が領主そのものであるかのように、男は声を張り上げる。その声の大きさにつられるようにして、周りにも人だかりが生まれ始めていた。
その中には、男と同じように汚れた姿の難民らしき者もいれば、応対している女性のように元々この街で暮らしている人もいた。
「……兄さんのお父様は、難民の人もちゃんと保護しているって聞きました。だったら、どうしてあのような言葉が出てくるのでしょうか」
「あの人を責めても仕方ないと思うよ。あの人だって、被害者であるのは事実なんだから」
不穏な気配が伝染したように、オデットの言葉にも不安が混じる。
そんな彼女を宥めるように、ヤルマルはオデットの気持ちに寄り添ってやる。
「……どこかが崩れれば、その皺寄せを別のどこかが受ける。これは、そういうすごく当たり前のことだ」
ヤルマルの言葉に追従するかのように、ルーシャンは呟く。
「ドラゴン族が人々を脅かすのは、イシュガルドの国内じゃよくあることだ。その恐怖をより強く感じたやつは、どこかでそのストレスを発散せずにはいられない。どれだけ表面上は問題ない風に装ってもな」
そして、苛立ちを向けられた相手からは更なる不満が湧き上がる。
自分たちはいつも通り暮らしていただけなのに、何故不当に利益を得ているかのように――ずるい存在であるかのように扱われなければならないのかと、負の感情が産声をあげる。
その産声は、やがてより広い範囲へと広まっていく。
「また、難民が騒ぎを起こしてるのか。これで何度目だよ?」
「ベルナール様の恩恵を受けて匿ってもらっているっていうのに、恩知らずなやつね」
「でも、たしかに一日に支給される食事は少ないらしいぞ。俺の隣に越してきた難民の子供、いつもお腹空かせているんだ。ちょっと気の毒に思えてなあ」
「だからって、私たちの食糧を分け与えろって言うの? それこそ、ベルナール様の仕事でしょ」
「いっそのこと、難民なんて引き受けなければいいのに。ランドンに襲われたのは気の毒だけどさ」
「そのせいで、僕らの生活が邪魔されてる。良い迷惑だよ。ベルナール様はお優しいけど、現実が見えていないんじゃないか」
ぽつぽつと湧き上がる不満は、街の者からだけではない。
難民同士が肩を寄せ合い、ひそひそと恨み言を交わし合っている者もいる。
「領主様が、ここまで来れば安全だって言ったから私たちは従ったのに」
「確かにドラゴン族がいきなり家を薬用なことはないけれど、仕事も見つからないのにどうやって暮らせばいいかわからないよ」
「わしは畑に戻りたいって言ったのに、今はドラゴン族が跋扈してるから危険だと言われてなあ」
「早くランドンを何とかしてよ。それが、領主様の仕事でしょう」
誰かに聞かせようと吐き出した言葉ではないのだろう。けれども、彼らが吐き出した黒い澱みのごとき言葉は、街の石畳に薄く降り積もっていく。ノエには、そう思えてならなかった
そして、それらは風を伝い、人を伝い、領主の元に届く。
私心を削ぎ落とし、家のために、民のためにと見えない敵と戦い続けている男を、守るはずだった人々が吐き出した言葉が、遅効性の毒の如く蝕んでいく。
(……これが、父さんが背負い続けていたものか)
家名が長年積み重ねてきた名誉や、血が半分しかつながらない兄との軋轢も、確かに父にとっては重荷だっただろう。
だが、それ以上に、ノエにとってはこれらの形のない黒黒とした感情の方が、よほど父にとって重たい荷物ではないかと思えてならなかった。
彼らは、ベルナールを実際に前にしたところで、不満を口にするような真似はしないだろう。
当然ながら、貴族と平民という身分差も原因の一つだ。
たとえ、二者の間に身分差がなかったとしても、実際に目の前に立つ見知らぬ人に向かって「あなたの行動は間違っている」と言うのは心情的に難しい。ノエが父の姿を前にして感情的になれたのが、ほんのいっときに過ぎなかったのと同じように。
自身の感情に任せて軽々しく言葉で殴りかかるのは、目に見えない空虚な存在に対してだからこそできることだ。
(だけど、父さんの耳には、この言葉は必ず届く。面と向かって言われることはなくても、人々が不満を抱いてるって空気は伝わってくる)
故に、ベルナールは動き続けなければならない。
自分の民が苦しんでいると分かっている以上、今よりもっと良い何か素晴らしい策はないかと頭を悩ませ続けなければならない。
「領主がやっている政策も、過ちではないのだろうがな」
「でも、旦那様の言う通り。本来あるべき生活が崩れれば、どこかに皺寄せが生まれて、歪みが生じる」
オランローはベルナールを擁護し、サルヒは現実を再び口にする。
難民たちの言い分も、街の人々の不満も、どちらも間違いではない。彼らはドラゴン族のせいで、普段とは異なる生活を強いられている。自分にとっての当たり前を壊された人間が持つ、当然の感情から生まれた不満だ。
だからこそ、現状を何とかしてほしいという感情を止められない。彼らの不安や焦燥、目に見えない苛立ちが旅人であるノエたちにも伝わってくるほどに。
このまま、何事もなかったかのように店に入るべきか。ノエたちが逡巡していると、
「おや、この前来た兄さんとお嬢ちゃんじゃないか。今日は友達も連れてきたのかい?」
難民を追い払った女性は、ノエたちに気がつき、一転して客を迎える気前のいい女主人の顔となった。その切り替えの速さは、客商売をしているが故か。
(あの難民の人にも、わたしたちに接するみたいに振る舞ってあげればいいのに……っていうのは、きっと他所から来た人だからこそ思ってしまうことなのでしょうね)
客向けの愛想を振り撒く女将を見ていると、オデットの心中についそんな考えが過ぎる。身勝手な絵空事であると分かっていても、どうして皆が仲良くできないのかと思ってしまう。
「今日は休憩かい。店の中で食べていくんだろう?」
「ええ、そんなところです。実は、この店で待ち合わせを予定しているんです。プリシラという女性が来たら、ノエはもう来ていると伝えてもらえますか」
「あいよ。じゃあ、今日は特等席に案内してあげよう。さあさあ、六名様ご案内だよ!」
女性に案内されて、ノエたちは建物の二階へと案内された。
二階は採光のためか窓がややひろく作られており、昼下がりの程よい光がガラスを通して入り込んでいる。今日は、朝から生憎の曇天だが、それでも柔らかな日差しと二階の照明が絶妙に組み合わさり、優しい雰囲気を作り出していた。
窓の上部には、ステンドグラスと同じように色ガラスがランダムにはめ込まれていて、単調になりがちな光に彩りを与えていた。
「夜になったら、カーテンを下ろしてしまうからね。今だけだよ、この景色は。旅人さんには、いい土産話になるだろう?」
「ありがとうございます。おっしゃる通り、今だけしか味わえない美しさですね」
ノエがしみじみとそう言うほどに、光が織りなす素朴な光景は暖かかった。
女性に案内されるままに、六人は二階にある席の中でもとりわけ光が綺麗に入り込む窓の近くに案内される。どうやら、時間的に今は閑古鳥が鳴いているようだ。
「さてさて、腹一杯食べていっておくれよ。メニューの書いてあるボードはそこに吊るしてあるからね。決まったら、一階のカウンターまで来ておくれ。ティータイムなら、ナッツを使った焼き菓子がおすすめだよ。もちろん、紅茶には砂糖をたっぷりとね!」
以前と同じく、勢いよくおすすめのメニューを捲し立てると、女性は一階へと戻って行った。残された六名はしばし女性の勢いに圧倒されていたが、やがて顔を見合わせる。
「プリシラさんが来るまで、何か食べておきましょうか」
「それなら、ボクはさっき話していた焼き菓子にしようかな。メニューの名前から察するに、これはクッキーじゃなくてケーキかな」
ヤルマルはさっそく耳をひくつかせ、口元をにまにまと釣り上げる。
「イシュガルドのお菓子は、甘くて美味しくてねえ。ボクは、イシュガルドの寒さは嫌いだけど、この甘さは好きだよ」
「砂糖を紅茶に入れる習慣は、オレには理解できないがな。オレは飲み物だけでいい。砂糖は抜いてくれ」
オランローは、ゆるゆると首を横に振って自身の意見を強調していた。オランローにとって、お茶とは余計なものを入れずに飲むもののようだ。
「私は、あそこに書いてあるベリーのジャムを使ったビスケットを。飲み物はオランローと同じものでいい。旦那様は?」
「俺も、オランローと同じく飲み物だけでいいぞ。最近、昔ほど甘いものが腹に入らなくなっちまってなあ」
「ルーシャン、それは歳をとったってことだよ。君は、そろそろ隠居を考えた方がいいんじゃないかい」
「ヴィエラ族にそれを言われちゃ、俺はどう返せばいいんだよ」
自分より確実に五十は年上の麗人に向けて、ルーシャンは苦笑いをこぼす。
ヤルマルはたとえ何歳になろうが、甘いものは別腹という考えらしい。さっそく、サルヒと「半分こしようよ」などと交渉を始めている。
「では、わたしはヤルマルさんと同じケーキと紅茶をお願いします。兄さんはどうしますか?」
「僕も飲み物だけでいいよ。それと、日持ちする食料が売ってないか、ついでに聞いてくる」
皆の注文をまとめて、ノエは階下へと向かった。
元気な声の女主人に注文を伝えて、ついでに保存食の在庫があるかを尋ねると、彼女は快く請け負ってくれた。
「保存食が必要ってことは、もう旅立っちまうのかい。あんたらみたいに、礼儀正しい旅人さんならもうちょっと長居してもらっても構やしないんだけどね」
「心遣いだけ頂いておきます。ありがとうございます。ですが、これから探しにいくものがあるんです」
何気ない会話ではあったが、その中にわずかに含まれた濁りをノエは見逃せなかった。
礼儀正しい旅人なら長居しても構わないという言葉には、例の難民とのやり取りが引っかかっているのではないか。暗に、物乞いをするような連中はさっさといなくなってほしいと言いたいのではないか。
ノエがそう思いかけた矢先だった。
「あんたが来る少し前に、外から避難してきた連中が、タダで飯を寄越せーって言ってきてねえ」
ノエが切り出すまでもなく、女性は先だっての件を口にする。
「外から避難してきたというのは、ドラゴン族に住むところを奪われた人たちのことですか」
「そうさ。気の毒だとは思うけれど、こっちも商売だからね。だからってのに、あたしらまで心のない冷たい連中みたいに言われちまってねえ」
女性は誰かに愚痴りたいと思っていたのだろうか。滔々と、先だってのことを語り始めた。
「そのような揉め事はよくあるのですか」
「揉め事ってほど大袈裟なものじゃないさ。ただ、まあ……そうさね。ここ最近は特に数が増えたから、とげとげしたやり取りが増えてるかもね。騎士様たちも、今は数が少し減っちまったみたいだし」
「騎士が減った?」
「そうさ。何でも、お隣の領地に支援に出してるんだとか。それに、ベルナール様が治めている領地はこの街だけじゃないからね。ドラゴン族のやつは、色んな街に手を出してきている。そっちのことは知りませんってわけにはいかないんだろうさ」
女将の言うように、領主のいる街だけが無事だったなら万事よしとはいかない。
ましてや、難民が流れ込んできて衝突が増えているのなら、これ以上難民を増やさないためにも、領土全体の治安維持は急務だ。できる限り領民全員の生活を守るようにと、各地に騎士を派兵しているのだろう。
「その……解決するといいですね。時間はかかるかもしれませんが、いずれ」
ノエとしては、気休めとしてもそのように言うしかなかった。
女将も、ノエの気遣いを察知したのか、からりとした笑いを見せて、
「ああ、そうなるといいね。でも……そうだねえ。そればっかりが、あたしが墓に入るまでにどうにかなることじゃないだろうさ」
「たしか、今はランドンというドラゴン族が村を襲撃しているのですよね。撃退には、それほどまでに時間がかかるのですが」
「ランドン自体は、どうにかなるかもしれないけれどねえ。だけど、ドラゴン族との戦いが続いている限りは、この手の話は繰り返されちまうものさ」
「…………!」
「奴らとの戦いは、もう千年続いているんだよ。それが一年や二年でどうにかなるとも思えないさ」
女将は、決まりきったジョークを言うようにさらりと言ってのけた。
実際、彼女にとって、この手のやり取りは日常茶飯事なのだろう。どうにかなってほしいと願いながらも、どうにもならないと現実を受け入れ、自分が生きている間に竜との戦いの日々が終わる日は来ないと笑う。それは、諦めの笑いだ。
笑っている本人すら忘れてしまうような、しかし第三者であるノエだからこそわかってしまう、諦念。
「――――」
自分の発言の愚かさに、ノエは時を巻き戻して自らの口を塞ぎたくなった。
もちろん、イシュガルドがドラゴン族と戦っている国であるという事実を忘れていたわけではない。ただ、ノエの中に染み付いていなかったというだけだ。
ドラゴン族と戦いながら生きるという日々が、ノエの中では当たり前になっていなかった。これは、それだけのことだ。
(……でも、これは僕とこの街で暮らす人たちの間にある、どうしようもないぐらい徹底的な差だ)
女将が保存食を探しに奥に引っ込んでいってくれたおかげで、ノエは自身の今の顔を他人に晒さずに済んだ。視線を落とし、食堂の板目を意味もなく目で追う。
イシュガルドに足を踏み入れ、この街に訪れ、父に会った。そして、ことある度に、ノエは自分がイシュガルドという国から外れて育った存在だと思い知らされる。
けれども、ノエの中には、この地を故郷だと思う気持ちが根付いている。グリダニアはノエにとっては『外国』であり、長らく居を構えていても、故郷とまでは思えない。
中途半端な疎外感と、帰属を求める感情がノエの中を行きつ戻りつしている。
このまま、オデットの記憶を求めて旅立ち、首尾よく彼女の縁者を見つけられ、何かの結論を出せたとして。果たして、その先の自分はどこに『帰る』のだろうか。
取り止めもない思考に取り憑かれていると、ぎい、と扉の軋む音が背後からした。
食堂に新たな客がやってきたのだと、振り向いた先には、
「プリシラさん……」
約束をしていた相手――プリシラが、ちょうど扉を開いて入ってきたところだった。だが、そこにいたのは、プリシラだけではなかった。
「グレンさんも来たのですか。それに、えっと……」
「コーディだよ。プリシラさん、やっぱり、俺たちに内緒でこっそり美味いもの食べに来てたんだな。つけてきて正解だったよ!」
プリシラのそばに張り付いている少年の言葉に、ノエは彼女が困ったような顔をして佇んでいる理由を理解した。
どうやら、ノエと話をするために仕事を抜けに来たプリシラの後を、少年たちがこっそりと後をつけてきたらしい。身近な大人が普段と違う振る舞いをするを見て、その行動には裏があると思ったのだろう。
「ノエ様、申し訳ありません。私がこの子たちに気がついたのは、店に入る直前だったんです。ここから追い返すのも少々不安だったもので」
プリシラはそう言いつつ、自分のそばにいる少年たちへと視線を落とす。
「そういうことなら、僕は構いませんよ」
「いいえ、流石に込み入った話をこの子たちに聞かせるわけにはいきません。申し訳ありませんが、一度この子たちを帰してから、また来ます。すぐ戻りますので」
プリシラはノエへと近づき、声を殺して言う。
だが、ここから孤児院まで往復すれば、せっかくプリシラが仕事の合間に得た自由時間が無駄になってしまう。どうしたものかと、ノエが思案していると、
「それじゃあ、子供たちの面倒はボクたちの方で見ていようか」
階上から救いの手を差し伸べてきたのは、ヤルマルだった。なかなか戻ってこないノエの様子が気になって、わざわざ来てくれたようだ。
「いいんですか、ヤルマルさん」
「構わないさ。ボクたちはどうせ野次馬みたいなものだからね。ついでに、少しばかり子供たちにご馳走してあげるぐらい、どうということはないさ」
「えっ、本当に何か食わせてくれるのか!?」
ご馳走という単語を聞いた瞬間、プリシラの様子を見守っていたコーディがぱっと顔を明るくする。彼としても、プリシラの後を追跡して本当におこぼれに預かれるかは、半信半疑だったのだろう。
「じゃあ、俺は甘いものがいいな。あと、孤児院のやつらに持って帰るお土産もほしい!」
「コーディ! そのような図々しいお願いをするものではありません!」
「構わないさ。自分だけ独り占めしようって考えるよりは、よっぽど感心な申し出だよ。じゃあ、ノエは追加で注文してくれるかい。坊やたちはこっちにおいで。どうせだから、面白い冒険の話を聞かせてあげよう」
ヤルマルは、ちょいちょいと軽い調子で手招きする。
物おじしない性格らしいコーディは、さっそくヤルマルの元へと向かおうとしていたが、グレンはプリシラの方から離れようとしなかった。
彼は、何かもの言いたげにノエとプリシラを交互に見ている。その視線だけを見ると、この二人はどういう関係なのだろうと考えているように見えた。
プリシラは、グレンと視線を合わせるようにかがむと、
「グレン、すまないが私はこの人と大事な話がある。彼は、私の古い知り合いなんだ」
「…………」
「私たちの話は、とても長くなるだろう。その間、私は君たちの面倒を見てあげられない。すまないが、彼の友人と共に待っていてもらえるだろうか」
グレンはプリシラに一度頷いたものの、まだノエをじっと見つめている。
「グレンさん。僕に何か用があるようでしたら、後で聞きますから。コーディさんが待ってますよ」
プリシラの時間をこれ以上無駄にしては、彼女に対して申し訳ない。そう思い、ノエはひとまずグレンの背をコーディの方へと軽く押してやる。
「…………」
グレンは何か言いたげにノエを見つめていたが、ふいっと背を向けてコーディの後を追った。彼らの背中を見守っていたプリシラは、ふとノエの方を見やると、何やら懐かしげに目を細めて見せる。
「プリシラさん?」
「いえ。……ちょうど、同じようにあなた様を見守っていたことを思い出したんです。今日は、このような年寄りのために時間を作っていただき、ありがとうございます」
「いえ、僕自身も望んだことですから。ですが、ただの思い出話ならグレンさんたちが側にいても良かったのではありませんか」
ノエの至極もっともな問いかけに、プリシラはゆっくりと首を横に振った。
「確かに、私は昔の思い出話をしたいと思っていました。この三日間、ノエ様に何を話そうかと年甲斐もなく浮かれていたほどです」
最初こそ、それはプリシラにとっては他愛ない雑談のつもりだったのだろう。さながら、久しぶりに会った友人と再会したかのように、肩の力を抜いて気軽に話し合うつもりだったに違いない。
けれども、今のプリシラの目にはそのような気軽な空気はなかった。
「最初は、本当に思い出を語らうだけのつもりだったのです。小さな頃のあなた様の様子を、あなた様自身に知ってほしい。それだけを考えていました」
「ならば、今は違うのですか」
「……ええ。せっかく、何かの奇跡が起きてノエ様が生きていると知ったのです。この貴重な機会を、ただの思い出話に費やすぐらいなら、もっと伝えるべきことがあると考え直しました」
自分より頭一つ分以上大きく成長した青年に、プリシラは言う。
「私は伝えなければならないと思ったのです。十五年前にお亡くなりになったメリュジアヌ様……あなたのお母様がどんな方だったのかを」
ノエという『人』を形作るのは、先日ノエが相対した父親だけではない。ノエは眼前に突きつけられた、自分のもう一つのルーツの存在に、思わず眉間に力を込めた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.