桐子
2024-05-20 22:49:15
3278文字
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藤花の契り⑧(父水)


「若様はいよいよ花嫁様にほの字でございますねぇ」

食事を持ってきてくれた狸がそう言うと、狐や栗鼠、ねずみ少年達も「そうですねぇ」「ありゃ完全にのぼせ上がってんな」などと同意したので、水木は食後のお茶を噴き出した。
「んぐ、げほ……っ!な、何を言ってんだ!」
「あらら、赤くなって」
けらけらと笑われて思わず顔が赤くなる。ねずみ少年はニヤニヤと笑いながら水木の肩を叩いた。
「いいじゃないですか、兄さん。旦那ほど強い妖怪はそうそういないぜ」
「それに背も高いし」
「甲斐性はないですけどね」

「誰が甲斐性なしじゃ」

いつの間にか気配もなく、ゲゲ郎が部屋の中に立っていた。水木は思わず飛び上がりそうになった。
「な……っ、い、いつからそこに……
「お主が茶を噴き出す前からじゃ」
「気配を消すな!」
苦情を言ったが、ゲゲ郎はどこ吹く風で水木の隣に腰を下ろした。
「それよりも、誰が甲斐性なしじゃ。好き勝手言ってくれたのう」
ゲゲ郎が片目でじろっと睨むと、狸たちはきゃあきゃあ笑いながら部屋から出ていった。本気で怒っているわけではないと分かっているのだろう。
「全く……ところで水木、体はつらくないか? 昨夜も随分と無理をさせてしもうたからのう」
気遣うように訊ねられ、水木の脳裏に昨夜の自分の痴態が蘇って、かっと顔が熱くなった。
初めての夜から、既に両手の数を越えるほどこの男に抱かれている。それなのに、まだ夜毎の情事にも、恋人同士のような甘い触れ合いにも慣れなかった。
「平気だ」
素っ気なく返すと、ゲゲ郎は水木の肩に手を回して引き寄せた。そのまま優しく抱き寄せられる。
……ん」
男の腕の中にすっぽり収まる形になり、心臓が大きく跳ね上がった。昨夜のことが鮮明に思い出されて、ますます頬が火照ってしまう。
「水木、顔を上げてくれ」
耳元で囁かれて、水木はびくりと肩を揺らした。言われるままおずおずと顔を上げると、顎を掴まれて上向かせられる。男の顔が間近にあって、反射的に目を閉じた。ふわりと柔らかい感触が唇に触れる。
……っ」
ちゅっと触れるだけの口付けを何度も落とされる。何度か繰り返した後、今度はぬるりと舌が侵入してきた。驚いて身を引こうとしたが、後頭部を押さえつけられてしまい叶わなかった。
「んっ、ふぁ……
歯列をなぞられ上顎の裏を舐められるとぞくりとしたものが背筋を這い上がる。水木は無意識のうちにゲゲ郎の着物にしがみついていた。くちゅくちゅと唾液を交換する音が響いて恥ずかしい。ようやく解放された時にはすっかり力が抜けてしまっていた。
「はぁ……っ、ん、……
「ああ、可愛いのう。鬼太郎と約束をしてなければ、このまま閨へ連れ込みたいところじゃ」
うっとりとした声と共に、優しく頭を撫でられる。大きな手の感触が心地良い。しかし水木はハッと我に返って首を振った。
「そ、そうだ鬼太郎!今日は三人でかるたをやろうって言ってたのに」
「そうじゃな」
ゲゲ郎は名残惜しげに手を離すと立ち上がった。
「鬼太郎を連れてくるから、水木はここで待っておれ」
「あ、ああ……
部屋を出て行こうとして、ゲゲ郎は足を止めた。そしてやけに色気のある笑みを浮かべて言った。
「続きは夜に」
ゲゲ郎が部屋を出ていくのを見送ってから、水木は大きくため息をついた。まだ顔が熱い気がする。
……くそ」
悪態をつくが、その声は自分でも分かるほど弱々しかった。



約束通り三人でかるたをしたり、すごろく遊びをしたりして一日中遊ぶと、夕方には鬼太郎がこっくりこっくり船をこぎ始めた。
「寝顔も妻にそっくりじゃ。可愛いのう」
ゲゲ郎は子煩悩な親の顔をして、鬼太郎を寝かしつける役をかってでた。水木はその間ありがたく風呂に浸からせてもらう。風呂から上がると、川獺が、
「若様のお部屋に来るようにと言付かっております」
と教えてくれた。
そわそわしながらゲゲ郎の部屋の前まで行くと、すぐに中へ引っ張りこまれた。
「ん……
苦しいくらいに抱き締められ、舌を差し込まれて絡められると、頭がぼうっとしてくる。口付けを交わしながら帯を解かれると、するりと着物が脱がされた。
あとはもう、これまでの夜と同じように、ゲゲ郎の思うがままに抱かれるだけだった。



「のう、水木や」
「ん……?」
事後のけだるい空気の中、ゲゲ郎が話しかけてきた。背中にぴったりとくっついて、腕の中に水木を抱き締めたまま、ゲゲ郎は言った。
「わしはお主とずっと共にいたい……鬼太郎もそれを望んでおる。じゃが、お主は人間で、わしらは妖怪のようなもの。共に生きることは難しい」
……ああ」
「それでも……お主と離れたくないのじゃ」
離れたくない、というゲゲ郎の声はどこか寂しげだった。死んだ妻のことを思い出しているのだろう。やたらと肌に触れたがるのも、べたべたとくっついてくるのも、人恋しいからだ。
しばらく黙ったままだったが、やがて男が意を決したように口を開いた。

「水木や、お主さえよければわしと契りをかわし、連れ合いになってくれんか」

「な……
突然の告白に絶句していると、ゲゲ郎が腕をほどいて水木の体の上に覆い被さった。上から顔をのぞきこんだゲゲ郎は、穏やかな笑みをたたえている。
「愛しておる」
真っ直ぐ見つめられてそんなことを言われてしまうと、どうしていいか分からなくなってしまう。水木は目をそらして俯いた。
……無理だ」
「どうしてじゃ?」
「俺は人間だ。寿命があるし、いつかお前たちを置いて死ぬことになる」
人間と人間でないものはどうしたって交わることはできない。その多くが悲劇的に終わっている。しかし、ゲゲ郎はそんな不安など何でもないことのように、あっけらかんと言い放った。
「わしの血を飲めばよい。幽霊族の血は不老不死の妙薬じゃ。年も取らず、死ぬこともない」
「っ……!」
水木は息を飲んだ。
「ここへ来た気の毒な生け贄たちにも少しだけ分けてやったが、1滴や2滴ではただの万能薬にすぎん。じゃが、まとまった量を飲めばお主の体は人ならざるものとなり……人の輪から外れることになる」
……
手に汗をかいているのを悟られぬよう、ぐっと拳を握った。ここへきてようやく、求めていたものが手に入りそうな好機に恵まれたのだ。
だが、ここからが肝要だ。水木は精一杯愛しげなものを見る表情をつくり、ゲゲ郎の白い髪をそっと撫でた。

……俺もお前たちといたい」

疑いもせず、ゲゲ郎はぱっと嬉しそうな顔をした。
「だが、一つ気がかりなことがある。俺の母親のことだ」
「母親?」
ゲゲ郎は首を傾げた。
「母は父に先立たれて働き通しだった。体が弱いのに、俺を育てるために必死で働いてくれた。……せめて最後に、おふくろに会って安心させてやりたい。お前たちと暮らすのはそれからでもいいだろう」
さて、どう出るか。ちらとゲゲ郎を見ると、彼は感極まったように目を潤ませていた。
「お主は本当に優しいのう」
水木の手を取り、優しく撫でた。手の甲をすり、と撫でらると、ぞくりとして肩が跳ねた。
「ご母堂に会ってくるとよい。わしの血も少しだけ渡そう。人より少しだけ長生きできるように」
「ゲゲ郎……!」
抱きつくと、ゲゲ郎も水木を抱き留めてくれた。
「本当にありがとう」
「なに、お安いご用じゃよ。明日にでも人里へ送ってやろう」
「ああ」
水木はゲゲ郎の胸に頬を擦り寄せながら、心の中でほくそえんでいた。
ーーーうまくいった。これでやっと自分の役目も終わりだ。
「水木」
顎を持ち上げられる、唇を塞がれた。舌を差し込まれて絡められると、頭がぼうっとしてくる。
「んっ、ふぁ……
ちゅくちゅくと唾液を交換し合うような口付けを交わしながら、水木は目を閉じた。

ーーーこれで、やっと、この男からも解放される。

これでよかったんだと自分に言い聞かせる。胸がかすかに痛んだが、水木は気付かないふりをした。