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桐子
2024-05-07 00:48:38
2039文字
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藤花の契り①(父水)
「お迎えにあがりました」
豪奢な打ち掛けを羽織った花嫁は顔を上げた。そこに立っていたのは狐面の子どもたちだ。彼らはみな、同じような背格好で同じような出で立ちをしている。
「さあ、参りましょう」
促されて、輿から立ち上がる。ここまでは村人たちが手ずから運んでくれたが、ここから先は徒歩らしい。
狐面たちは黙々と花嫁を連れてゆく。振り返れば生まれ育った村が木々の向こうに微かに見えた。
花嫁はーーー水木は、ぐっと唇を引き結び、前だけを見据えて歩を進めた。打ち掛けが重い。綿帽子が邪魔で前が見えづらい。一歩進むごとに、村が遠くなっていく。
花嫁行列は粛々と続いた。いつしか白い靄がたちこめて辺りを白く染めてしまった。だが、狐面たちの足取りは少しも止まらない。歩いていくと連なった赤い鳥居が見えてきた。
「あれが、若様の住まう屋敷への境界でございます」
狐面の一人が言った。ここは、この世とあの世の境目だ。もしかしたら二度と引き返すことができないかもしれない。
だが、水木に迷いはない。
「そうか」
きっぱりと言い切って、水木は鳥居をくぐった。赤い鳥居の先には、長い長い石段があった。花嫁行列はその石段を登っていく。一段登るごとに、靄は薄くなり、そのうちに明るい陽の光が差してきた。
石段を登りきった水木は、その先にあった景色に圧倒された。
「これは
……
」
やわらかな日差しの中、藤の花が咲き乱れ、甘い香りをただよわせていた。その下を、兎や狸、狐などの小動物や、見たこともない生き物たちが楽しげに跳ね回っている。一目見ただけで、この世とは違う、隔絶された場所であることがわかった。
「さ、こちらへ」
狐面たちに連れていかれたのは、藤の花に囲まれた荘厳な屋敷だった。古くはあるが手入れの行き届いた、品の良い佇まいをしている。
ふと見ると、いつの間にか狐面の子どもたちは消えていた。青白い炎のようなものだけが、ふわふわと水木のまわりを漂っている。
ここが目的の場所なのだろう。水木が屋敷の中へ足を踏み入れようとすると、どこからともなく男の声がした。
「ーーーああ、来たのか」
おっとりとした穏やかな声だ。水木が戸惑っていると、それを察したのか再び声をかけてきた。
「本殿ではない。裏におるよ」
その声に導かれるようにして、水木は裏手に回った。そちらにも藤の花が満開で、甘い香りに酔いそうだ。建物に沿って進んでいると、その甘い香りの中に別の香りが混じっているのに気がついた。
煙草だ。水木は香りに誘われるままに足を運んだ。そうすると、穏やかな日差しを受けながら、濡れ縁に座っている人影を見つけた。煙草の香りはその人物から漂ってきていた。
薄い青色の着流しに白い羽織を着た男だ。銀髪に、抜けるような白い肌。
見慣れぬ容貌に水木が思わず足を止めると、男は煙管を口から離し、ふーっと煙を吐いた。
「毎年毎年、懲りずに贄を寄越すのお」
男はどこか他人事のように言った。
「人間がこちらの地に踏み入ろうとするから、ちょっとばかし驚かしただけなんじゃが
……
」
そこで、男は初めて水木に視線を向けてきた。長い前髪のせいで片目しか見えない。ぎょろりとした目が恐ろしかったが、水木はぐっと腹に力を込め、男を見つめ返した。
すると、男は意外にもこちらへ優しく微笑みかけた。
「じゃが好都合じゃ。ここに来る贄はみな、村で不当に扱われておると言う。それは聞いておれん話じゃったよ」
男の細い手が煙管を持ち上げ、再び唇に挟んで吸った。白い煙がたゆたい、甘い香りが強くなる。
「少しばかりわしの血を分けてから、どこぞの村に送っておる。皆、そこで幸せに暮らしておるようじゃよ」
そう言って男は立ち上がった。カラン、コロンと下駄を鳴らしながら、男はゆっくりと水木に近づいてきた。
「お主は
……
一等良い瞳をしておるのお。わしは、そういう目をした者が好きなのじゃ。側に置いておきとうなる」
男は水木の前に立った。威圧されるのは、背が高いからという理由だけではない。笑った口元には牙がのぞき、こちらを見下ろす目は人間離れした赤色をしている。穏やかに見えても、この男は人間ではないのだ。水木は緊張に身体を強ばらせた。
「のぉ、お主ーーー名は何という?」
「
……
水木です」
それだけ答えるのが精一杯だった。男はおやっという顔をした。声の低さで男と分かったからだろう。
「水木か
……
良い名じゃ」
しかし、男はそれ以上は追求してこなかった。かわりに水木の手を取った。驚くほど冷たい手だった。
「歓迎するぞ、水木や。幽霊族の花嫁としてーーー」
どうやら自分は『神様』に気に入られたらしいと水木は胸を撫で下ろした。もし「男は駄目だ」と断られていたら目も当てられなかった。ここでどうしても、果たさなければならない使命があるのだから。
『神様』の血を奪い、村へ持ち帰ること。
それが村の者たちから水木へと課せられた密命だった。
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