桐子
2024-03-30 21:26:16
2926文字
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魂結び⑥(父水)


「わはははは!」
「そ、それで逃げ出してきたと!?」
ベロベロに酔った子泣き爺と一反もめんは、ゲゲ郎の話を聞いて爆笑した。
森の奥で、砂かけ婆から隠れてこっそり酒を飲んでいた子泣き爺を発見したゲゲ郎は、恥も外聞もなく泣きついた。そこへたまたま通りかかった一反もめんも加わり、これまでの出来事を洗いざらい吐き出したのだった。
「笑いごとではないぞ! わしはもうどうしたらよいか分からんのじゃ」
ゲゲ郎は恥ずかしくて真っ赤になりながら、子泣き爺の秘蔵の酒をちびちび飲む。この胸の内を酒の勢いでも借りて吐き出してしまわないと、もうやっていけそうになかったのだ。
二人きりになると迫ってくるだけではない。風呂に入っていたら「背中を流そうか」と突撃してくる、夜中に布団に忍び込んでくる、鬼太郎の目を盗んで、手をつないでくる――――などなど、数えればきりが無い。そして、そのたびにうろたえてしまう自分が情けない。
話を聞いていた一反もめんは、はっきりと言った。
「そんなの据え膳たい。ありがたーくいただいたらよか」
「そうじゃそうじゃ」
人ごとだと思っているのか、彼らの言葉は軽い。
「お主らには分かっとらん」
ゲゲ郎はぐいっと杯をあおった。
「今のあやつは鬼太郎よりも若いんじゃぞ。子どもじゃ、子ども」
「でも、あの人は水木さんじゃろ。親父さんとは夫婦も同然じゃったんじゃ。今更じゃろうて」
子泣き爺たちは、前の水木とゲゲ郎が仲睦まじく暮らしていた姿を知っている。それに妖怪は死という概念はないが、一度消えても霊力を蓄えて再び蘇ることはあるので、転生した水木についてもそういうものだと思っているのだ。
変に抵抗するゲゲ郎の方が、よほどおかしいのだろう。
「そうそう。それに鬼太郎しゃんより年下って言ったって、今生きよる人間のほとんどは鬼太郎しゃんより年下ばい」
なー、と顔を見合わせる二人に、ゲゲ郎は「それもそうなんじゃが」と口ごもる。
「じゃあ問題なかね。幼妻なんて親父しゃんが羨ましいばい」
「そうじゃそうじゃ。わしも若くて可愛いおなごにもてたいの~」
「おぬしら、他人事だと思って勝手なことばかり言うでない」
ゲゲ郎は空になった杯に、再び酒を注いだ。頼れる仲間だが、いかんせんこの手の話を相談する相手としては間違っていたかもしれない。
「あんな風に毎日毎日迫られて……わしは……わしは貞操の危機なんじゃ!」
うっうっと泣き出したゲゲ郎を見て、二人はさすがに同情したようだった。結婚して息子をもうけた男に今更貞操などあるはずもないが、それを指摘できるほど理性は残っていない。三人とも酔っ払いなのだ。
「それは確かに大変じゃのう……
「じゃあ、おいどんが水木しゃんば口説こうか?」

「本気で言っておるのか」

突然、スンッと真顔になって問い返すゲゲ郎を見て、一反もめんは慌てて首を振る。穏やかな顔をしているが、仲間に向けるとは思えない圧をひしひしと感じる。
「じょ、冗談ばい。おいどんだって命は惜しか」
「ならよかった。おぬしが本気で水木に惚れてしまったら、それこそ取り返しがつかん」
「そげなこつなか。おいどん、水木しゃんは好きっちゃけど、恋愛感情とは違うけん。可愛いおなごがよかとよ」
「そうかそうか」
ゲゲ郎は圧をかけるのをやめ、にこにこ笑う。幽霊族の執着心の恐ろしさを垣間見た一反もめんは、ほっと安堵のため息をついた。
「まぁ、親父さんもあんまり悩まんと、気楽に構えておればええじゃろう」
「気楽に、のう……
「そう、どーんとな!」
ほら飲め、と子泣き爺は惜しみなく秘蔵の酒を注いでくる。
しばしの間、浮き世の憂さを忘れるように三人は酒盛りを楽しんだ。




その後も水木の誘惑に振り回され続けたゲゲ郎だったが、なんとか耐え抜いた。
さすがに水木は鬼太郎の前ではそのような素振りは見せないので、できるだけ鬼太郎と行動をともにするようにした。
鬼太郎が依頼で出かけたりや遊びに誘われたりしていない時には、「昔なじみに会ってくる」と家を出るようにした。その間、水木を一人にしてしまうことには罪悪感を覚えたが、これも彼のためだと言い聞かせた。「気をつけて行ってこいよ」と見送る水木のどこか寂しそうな笑顔は見て見ぬ振りをして。

そんな生活が破綻したのは、世間一般が“夏休み”と呼ばれるものに入ってからだった。
「父さん。今年もまなと一緒に境港に遊びに行ってきます」
「もうそんな時期か」
「へえ、まなちゃんってのは、お前のガールフレンドか?」
水木は興味津々といった様子で、鬼太郎に問いかける。義息子の交友関係が気になってたまらないという顔だ。鬼太郎はううんと考え込んでから、悩ましげに答えた。
「女の友達……ってことですよね。まあ、そうなります」
「やるじゃないか。どんな子だ。お前にはねこ娘さんがいると思ってたが、なぁ」
水木はしげしげと鬼太郎を見つめ、感慨深そうに言った。きっと彼は“まなちゃん”が可憐な美少女だと思い込んでいるに違いない。確かにまなは美少女ではあったので、その想像も間違いではないのだが。
「水木や。まなちゃんは今のお主よりずっと年上の、きゃりあうーまんというやつじゃ」
「キャリアウーマン!?な、なんでそんなお姉さんと交際するに至った!?」
「だから、まなは友達なんですって」
毎年、温泉や、まなの父親の地元である境港に遊びに行くことが恒例で、ねこ娘たちも一緒なのだと説明されてようやく納得したようだ。
「一週間くらい泊まってきますから」
「わしも一緒に……
そう言いかけたゲゲ郎は、鬼太郎にじっと見上げられて口をつぐんだ。
「父さん。たまには水木さんと二人で、ゆっくりしたらどうですか」
ゆっくり、という部分に妙に力を込めて言われ、ゲゲ郎は冷や汗をかく。鬼太郎が何を言いたいのか、手に取るように分かってしまう。聡い息子は息子なりに、水木とゲゲ郎の関係がぎくしゃくしていることに気が付いているのだろう。もしかしたら、遊びに行くのもそれが目的なのかもしれない。
「まなちゃんたちに、よろしくな」
ゲゲ郎がそう言うと、鬼太郎は小さく頷いた。
しばらくするとねこ娘が鬼太郎を迎えに来た。彼女のスーツケースをさりげなく「僕が持つよ」と受け取った鬼太郎は、複雑な気持ちのゲゲ郎を置いてさっさと行ってしまった。
取り残された二人は、気まずい沈黙に包まれる。ゲゲ郎は、何か言わなければと必死に言葉を探す。
……俺のことなら気にしないでくれ」
水木は明るい声で、ゲゲ郎に話しかけた。
「お前もどっか遊びに行くなら行ってこいよ」
「わしは別に……
「遠慮するなって。俺は一人でも大丈夫だから」
ゲゲ郎は何も言えずに俯いた。水木を一人きりにしたくないという気持ちと、これ以上水木のそばにいたら手を出してしまいそうで怖いという気持ちがせめぎ合う。
……いや、わしはどこへも行かんよ」
結局、ゲゲ郎は水木を一人にすることができなかった。ぱっと嬉しそうな顔をする水木を見て、この選択は間違いではなかったと、ゲゲ郎は自分に言い聞かせた。