桐子
2024-03-29 23:14:01
2079文字
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魂結び⑤(父水)


「まずい」
「そうですか?おいしいですよ」

鬼太郎はナスのみそ汁を食べながら答えた。確かにみそ汁はうまい。いりこの出汁がきいていて、毎日飲んでも飽きない味だ。
「いや、そうではなくてのう……ううん、なんでもない」
「変な父さんですねぇ」
呆れたようにそう言って、鬼太郎はまたみそ汁を飲んだ。
水木がここへ住み始めて二ヶ月ほどになる。季節はすっかり初夏にかわり、ゲゲゲの森の木々もますます青々と草木が茂るようになっていた。
時折、人間の世界へ行っては食材や調理器具を調達してくる水木によって、鬼太郎たちの食生活は劇的に変化した。朝昼晩の三食におやつまでついてくる。レパートリーが少なくて、と水木は言うが、三食食べられるだけでもありがたい。
今までは生の野菜やふかしただけの芋、焼いたトカゲやカエルなんかを食べられればそれでよしとしていたのに、今では夕飯の時間になると「今日の夕飯は何じゃ?」とうきうきしながら尋ねるようになってしまった。
水木が来てからというもの、鬼太郎の表情もぐっと明るくなった。他の者は「え? 明るくなったのかあれで」と思う程度のわずかな変化ではあるが、父親である自分には分かる。それに、ゲゲ郎にはしないが、水木に対しては甘えを見せている。それも、隣に座るだとか、背中を目で追うというような、ささやかなものだ。それが微笑ましくて、つい目を細めてしまう。
それはとてもいいことだと、思うのだが。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
玉のような汗を浮かべた水木が、大きな籠を持って帰ってきた。外は暑かったのか、シャツの襟元をパタパタと動かしている。そのたびに白い首筋がチラリと覗いて、ドキリとさせられる。
「ねこ娘さんから、また野菜もらってきた」
今度お礼をしなくちゃなぁ、と言いながら、水木は野菜を入れた籠を部屋の隅に置いた。夕食に使うものと、貯蔵庫に入れるものをより分けているのだろう。
「今日は肉じゃがにしようか。それとトマトをのせた冷ややっこなんかどうだ」
鬼太郎は無言でぱっと顔を輝かせた。水木の作る肉じゃがが好きなのだ。
……依頼を早く済ませて帰ります」
「おお、妖怪ポストの仕事か。気をつけて」
和やかにそう話しているが、ゲゲ郎は初耳だった。
「仕事か。わしも一緒に」
「父さんにはまた相談に乗ってもらいます。とりあえず今日は、依頼人と会うだけなので」
鬼太郎はぴしゃりとゲゲ郎の申し出を断ると、最後までご飯を食べて「ごちそうさま」と言い、さっさと食器を片付けてしまった。そしてそのまま家を出て行ってしまう。
「行ってきます」
烏に乗って出かけていった息子の背中がだんだん小さくなっていく。
家には二人きりだ。

……なに、ビクビクしてんだよ」

いつの間にか背後に来ていた水木が、ゲゲ郎に抱きつきながら言った。気配を消すのは幽霊族である自分の特技だというのに。水木は甘えるように背中に頭をこすりつけてくる。
「べ、別にビクビクはしておらん」
「ウソつけ。お前、俺と目が合うとすぐそらすじゃないか」
「そ、そんなことはない」
「じゃあこっち見ろよ」
ゲゲ郎は恐る恐る水木の顔を見た。水木はゲゲ郎をじっと見つめ返した。
「うっ……!!」
その顔を見ていられなくて、ゲゲ郎はぱっと顔を背けてしまった。片目で見ても耐えられない。
とにかく水木が可愛く見えて仕方ないのだ。前世の彼もまた男前だったが、どちらかというと年齢を経て白髪になった水木の印象の方が強く残っている。一方、今の水木はまだ十代で、肌も髪もつやつやしている。さらにこの目がいけない。きらきらと輝く綺麗な目を熱っぽく潤ませ、頬を上気させて自分を見上げてくるのだ。その目に見つめられると、手を伸ばしてしまいたくなる。
忍耐じゃ、とゲゲ郎は自分に言い聞かせた。
「おい、こっち見ろよ」
「無理じゃ……
「何が無理なんだよ」
水木は赤くなって顔を背けるゲゲ郎が面白いのか、しつこく覗き込んでくる。そうしているうちに、どんどん身体が密着してくる。
「水木や、そろそろ離れてくれんか」
「なんで?」
……その、いろいろと困るんじゃが」
「ふーん」
水木はさらに体を摺り寄せてきた。にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて、ゲゲ郎の反応を楽しんでいるようだ。

「せっかく二人きりなんだし、俺と楽しいことしようぜ」

水木はそう言って、白いシャツのボタンを外しはじめた。露わになる鎖骨と胸元に視線が釘づけになる。ゲゲ郎は必死になってぶるぶる震えながら理性を保とうとしていたが、とうとう耐えきれなくなって叫んだ。
「え、えっちなのは駄目じゃー!!」
そのままぴょんと木の上の家から飛び降りた。水木は呆気に取られた顔をして、その場に取り残されてしまう。ゲゲ郎は申し訳なく思いながらも、このままでは自分がどうにかなりそうだと思い、森の奥へ向かう。

「おい、ゲゲ郎!」
「すまん水木、夕飯までには戻る!」

水木の顔を見られなくて、ゲゲ郎は彼に背を向けたまま、一目散に走り出した。