わいわいと賑やかな声が、深夜の墓場に響いている。今夜は水木が戻ってきた記念の宴会なのだ。弔いの時と同じ面子が集まっていたが、あの時の雰囲気とはほど遠い。皆楽しげに笑い合い、水木に声をかけていた。
「それにしても、早かったのう」
「おお。百年かそこらはかかると思っておったのに」
「そんなに長いことこいつらを放っておいたら、寂しくて死んでしまわないかと心配で」
砂かけ婆と子泣き爺の言葉に水木がそう返すと、皆がどっと笑った。ゲゲ郎の涙もろさを知っているからだ。
「親父さんはそりゃあしょんぼりしとったばい」
「そりゃあ見てみたかったな」
水木はにやっと悪い顔をしてゲゲ郎を見た。揶揄うような口調に、ゲゲ郎はむうと口を尖らせたが、事実なので何も言い返せないようだ。それでも、水木がいるからこそのやり取りだ。この雰囲気がとても心地よかった。鬼太郎は空になった水木のグラスにジュースを注ぎながらそう思う。それを見ていたゲゲ郎が、うかがうように言った。
「なぁ、本当に一杯くらい駄目か?」
「だめだ。俺は高校生だぞ」
水木は真面目ぶって答えた。酒も煙草も、こちらが心配になるほど嗜んでいたのに、今の彼は真面目に法律を守っているらしい。
「人間の法など、わしらには関係ない」
「駄目ですよ父さん、そういうのアルハラっていうそうです」
「あるはら?」
「アルコールハラスメント。未成年に酒を勧めたら犯罪なんですよ」
ゲゲ郎はしょんぼりと肩を落とした。
「水木と酒が飲めんとは……つまらんのう」
「あと数年も待てば飲めるじゃろう」
その子泣き爺の言葉に、水木は曖昧に笑ってジュースを飲んだ。
「いやぁ、しかし傷のない兄さんも色男ですなあ」
「おお、ありがとう」
ねずみ男は水木のコップが空になったのを見逃さず、すかさずジュースを注ぎながらおべっかを使う。何か下心があるのでは、と皆が思ったが、水木はまんざらでも無さそうな表情をしている。
「おいねずみの、何を企んどる」
「いやだなぁ、ボカァは水木の兄さんと旧交を深めてですね」
慌てて取り繕おうとするねずみ男に向かって、少し離れた場所にいたねこ娘が口を挟んだ。
「どうせ、生まれ変わりについて色々聞き出して、その手の話が好きな人間向けにスピリチュアル本でも出すつもりなんでしょ」
「ぎくぅ」
「やっぱりね」
ねこ娘の鋭い指摘に、ねずみ男はわかりやすく動揺する。図星だったようだ。
「まったく、相変わらず悪知恵の働くヤツ」
「それが商売人ってもんですよ」
ねこ娘の呆れた声に、ねずみ男は開き直っている。ねずみ男のビジネス魂は衰えていないようで、安心するような、不安になるような。
「まあまあ、いいじゃないか。ねずみ君が本を出せば、きっと売れるだろう。楽しみにしているよ」
「ありがとうございます! ぜひご贔屓に!」
水木の言葉に、ねずみ男は満面の笑顔を見せた。ねこ娘は呆れたようにため息をつく。
「ねこ娘さんも、ずっと鬼太郎と仲良くしてくれてありがとう」
「にゃ、私は別に仲良くなんて……」
突然話しかけられて驚いたのか、ねこ娘は頬を赤くしてうつむいた。
「君が作った野菜を鍋にして食べたんだ。うまかったよ。仲良くしてくれるだけじゃなくて鬼太郎たちの生活の面倒まで見てくれて、感謝してるんだ」
「そ、そんな……当たり前のことよ。仲間なんだし……」
水木に褒められ、ねこ娘はますます顔を赤らめた。素直になれない彼女のことが微笑ましく、周囲はにこにこしながら二人を見守っている。鬼太郎だけは、どうしてねこ娘が照れているのかよくわからなかったが。
「これからも気に掛けてやってくれると助かるよ」
どうしてか、水木の声には切実なものが感じられた。よほど鬼太郎たちの生活を心配しているらしい。
「え、えぇ。もちろんよ」
ねこ娘は嬉しさと恥ずかしさが入り混じった複雑な顔で答えた。その様子を見たねずみ男が、にやにや笑いながら「なに照れてんだよ」と余計なことを言ってねこ娘を怒らせる。子泣き爺はめでたいめでたいと酒を浴びるように飲んで砂かけ婆に酒瓶を取り上げられている。一反木綿は大いに笑い、ゲゲ郎は水木にお酌をしてもらって嬉しそうだ。
皆の様子を見ていて、鬼太郎はふと、これが幸せというものではないかと思った。きっと会ったことのない母も、今の自分たちを見たら喜んでくれるはずだ。父と水木と仲間たち――――これからはずっと、こんな幸せな日々が続くのだろう。
宴会から帰るなり、鬼太郎はこてんと寝てしまった。布団に寝かせてやりながら、水木は息子の頭を撫でる。
「可愛いもんだ。寝顔は赤ん坊の頃と変わんねぇな」
「そうじゃなあ」
本人に聞かれたら「可愛いなんて言わないでください」と怒られるかもしれないが、ゲゲ郎も水木も、息子のことが可愛くてたまらないのだ。しばらくの間、水木は安心しきったように眠る息子を見つめていた。
「――――なあ、ゲゲ郎」
「なんじゃ?」
「寂しい思いをさせて、すまなかった」
水木はぽつりと言った。
「本当はもっと早く会いに来たかったんだ」
「かまわんよ。こうして会えただけで充分じゃ。それにわしは、水木が戻るまで百年でも千年でも待つつもりじゃったよ」
「相変わらず、気の長い男だな」
ゲゲ郎の言葉に、水木はくしゃっと笑った。二人の間で、鬼太郎がむずかるように寝返りを打った。
「……酔い覚ましに、白湯でもどうだ」
「それなら付き合うさ」
寝た子を起こしてしまわないよう、二人はそっと家の外に出た。はしごを降りて平たい木の幹の上に立つと、空が薄紫色に染まっているのが見えた。もうすぐ夜が明けるのだ。
「ほれ」
水木が二つ分の湯飲みを渡してくれる。白湯からは湯気が立ち上っていて、そういえばまだ空気が冷たいのだと気が付いた。熱さ寒さに鈍感なゲゲ郎と違い、水木は暖を取るように両手で湯飲みを持っている。よく見ると白いシャツだけを着た水木の格好は、今の気温には寒そうだった。
「寒いじゃろう。こっちに来んか」
ゲゲ郎はぽんと膝を叩いた。冗談のつもりだったのだ。きっと水木も「バカ言え」と笑い飛ばしてくれるだろうと思っていた。しかし、水木は一瞬戸惑うような表情を見せたあと、本当にゲゲ郎の隣に来て腰を下ろした。こてんと頭を肩に預けてくる。ゲゲ郎は驚いて目を丸くした。
「え? いや、水木、これは」
「なんだよ、お前が来いって言ったんだろ」
「いや、それはそうなんじゃが」
隣に座ったことで、薄いシャツ越しに彼の体温が伝わってくる。水木はゲゲ郎を見上げて、ニッと勝ち気な笑みを浮かべた。
「なんだよ、緊張してるのか……もっとすごいことだってしてたのに」
「そりゃあ、のう……」
前世の水木とは、数え切れないほど肌を重ねていた。だが、今の水木はあの頃よりも若く、体つきも細い。そんな彼に無防備にしなだれかかられていると、まるで別の人間を相手にしているような気がして、どうも落ち着かないのだ。そわそわするゲゲ郎を見て、水木は更に悪戯っぽく笑いながら、シャツのボタンを上から一つ、二つと外して見せた。
「ほら、見てみろよ。肌も若くて綺麗なモンだろ?」
「こ、これ、水木」
露わになった胸元が眩しくて、ゲゲ郎は慌てて顔を背けた。確かに若々しい肌は触れれば押し返すような弾力がありそうで、思わず触りたくなるほど瑞々しい。水木はぐっと顔を近づけてきた。
「なあ……キスしてくれないのか」
「む……そ、その……じゃな」
「俺はしたい」
水木は妖艶な目で見上げてくる。その視線に絡め取られて、ゲゲ郎は身動きが取れなくなった。
そして誘われるまま唇を重ねようとして――――ぐいっと水木の肩を掴み、体を離した。
「やっぱり駄目じゃ!」
「なんでだよ」
「お主はまだ、子どもじゃろう!」
水木は呆れたようにため息をついた。人間の法など関係ないとは思うが、鬼太郎よりも幼いと聞くとどうも手が出しにくい。それに前世の、煙草と酒に慣れた大人の男に慣れていた分、今の水木は余計に幼く見えてしまうのだ。
「何言ってんだ。キスくらい」
「口吸いしたら我慢できんじゃろう」
頬を染めながら言い切ったゲゲ郎に、水木はぷっと吹き出した。
「馬鹿正直なやつだな。……まあいいさ、続きはまた今度な」
肩を掴んでいたゲゲ郎の手を取った水木は、その手を引き寄せるとそっと唇を押し当てた。柔らかい唇の感触を手のひらに感じてしまい、ゲゲ郎は真っ赤になる。
「お、お主という男は……」
「人生は短いんだぜ。早くしないと、他の誰かに奪われちまうかもな」
そう言って水木はくすくすと笑う。ゲゲ郎は恥ずかしさを誤魔化すように、白湯を飲み干した。
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