桐子
2024-03-07 01:17:27
2101文字
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密事④(父水)


ーーーだが、いつまで経っても拒絶の言葉は聞こえてこなかった。声も出ないほど驚いているのだろうか。それとも、惨めな自分を憐れんでいるのか。どちらにせよ耐えられない。
「すまん……出て行ってくれ」
水木は男に背を向けて、消え入るような声でそう言った。しかし、ゲゲ郎は出ていかなかった。かわりに、足音も立てずに水木に近づいてきた。そして、背後からそっと水木の肩を掴んで、自分の方へ振り向かせた。
「あ……
思わず小さな声が漏れる。間近で見たゲゲ郎は怒っているのでも嫌悪しているのでもなく、ただ怖いほど真剣な目をしていた。
「答えてくれ、水木や……お主は、わしを好いておるのか?」
…………
「水木や」
有無を言わせない強い口調で、ゲゲ郎は再度尋ねてきた。水木は視線をさまよわせた後、観念したように口を開いた。
「ああ、そうだ。……好きだから、こんなこと……
ぽろりと涙が一筋ごぼれた。
これ以上恥の上塗りをさせないでほしい。惨めで恥ずかしくて、今すぐに消えてしまいたかった。
だが、ゲゲ郎は小さく息を飲んだあと、嬉しそうに目を輝かせた。
「そうか……そうじゃったのか」
そう言って、ゲゲ郎は水木の体をぎゅっと抱きしめた。上から体重をかけてのし掛かられるようにして抱きすくめられ、息ができない。

「水木や、わしもお主のことが好きだ」

ゲゲ郎は水木を抱きしめたまま、耳元でそう囁いた。水木は信じられない思いで目を見開いた。
「うそ……だ」
思わず否定してしまったが、ゲゲ郎は優しく微笑んで首を横に振った。
「嘘ではない。わしはずっと前からお主を好いておったよ」
そう言ってから、ゲゲ郎は少し照れたように笑った。そして間近にある水木の頬に触れ、そっと口付けた。
「んっ……
されるがままになりながら、水木は呆然としていた。こんな都合のいいことあるわけがない。だが、現に水木の目の前にいるゲゲ郎は自分に口付けている。あの夜と同じ、ほのかな線香のような香りがふわりと漂った。
「ん……ふぅ……
唇の感触を確かめるように何度も優しく口付けられ、たまらなくなってそろそろと背中に腕を回す。広い背中に手を這わせると、ゲゲ郎がぴくりと反応した。
「ん……水木……舌を」
そう言われて、おずおずと舌を差し出すと、すぐに絡め取られた。ちゅっ、ちゅくっ♡と濡れた音を立てながら舌を絡め合い、互いの口内を貪る。
「んむ……ふ、ぅ……
「はぁ……
息継ぎの合間に、どちらともなく甘い吐息が漏れる。水木は夢中でゲゲ郎の唇を味わった。
「ゲゲ郎……
水木が名前を呼ぶと、ゲゲ郎は嬉しそうに笑った。そして、水木の首筋に吸い付いた。
「あっ……ん」
ぴりっとした痛みが走ってから、そこを優しく舐められる。その感触に背筋がぞくぞくした。
「水木や、そろそろ本当のことを言ってくれんか」
ねっとりと舌を這わせながら、ゲゲ郎が囁いた。
「本当の、こと……?」
「あの夜のことじゃ」
水木は動揺した。まさかゲゲ郎の方から切り出してくるとは思わなかった。

「ーーーお主を抱いたのは、わしだったのじゃな?」

ここに口付けの痕をつけたのも、と首筋を撫でられる。水木は観念して小さく頷いた。
「ああ……そうだ、俺がお前と寝たんだ。すまない」
「何故謝る」
「お前は、俺を奥さんだと思って……殴ってでも、止めないといけなかったのに」
「そうじゃな。わしは殴られて当然のことをした」
ゲゲ郎は神妙な面持ちでそう言った。
「お主が目の前におったから、欲しくて欲しくて堪らなくなってしもうた。てっきり夢だと思っておったのに」
「でも」
幸せな夢を見たと言っていたではないか。死んだ妻と会ったのだと。それを聞いて水木は、彼の妻のかわりに抱かれたのだと打ちのめされたのだ。
「そりゃあな……お主を抱く夢を見たなんて、言えんじゃろう」
ゲゲ郎は決まりが悪そうに言った。
確かに、友人に向かって「お前を抱く夢を見た」なんて言えるわけがない。だから妻の夢を見たのだと誤魔化したのだ。
聞いてみればなんのことはない。お互いすれ違っていただけだったのだ。
「俺は、お前が俺じゃなくて、奥さんと間違えたんだと思って……
「そうか……そう思わせてしまったのなら、悪いことをしたのう」
ゲゲ郎はそう言って、また唇を重ねてきた。柔らかな舌が口内を優しく撫でる。
「んっ、ぅ……
水木はうっとりと目を閉じて、キスに感じ入った。角度を変えて何度も唇を合わせるうちに、段々と体が熱くなってきた。ゲゲ郎の手が脇腹から腰をゆっくりと撫で回すと、肌がぞくりとする。
「ん……はぁ……
唇が離れると、水木は大きく息を吐いた。ゲゲ郎はそんな水木の耳元に唇を寄せて囁いた。

「やり直させてくれんか、水木。お主との初めての夜を」

熱のこもった声にぞくりとした。自分自身が求められている喜びと、惚れた男に抱いてもらえるのだという期待で胸がいっぱいになる。

「してくれ……ゲゲ郎……

水木は頷いて、男の名を呼んだ。ゲゲ郎は嬉しそうに笑って、もう一度水木の唇を塞いだ。