桐子
2024-02-11 23:27:36
2550文字
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魂の在る所④


翌日、水木宅には大勢の妖怪が集まっていた。砂かけ婆や子泣き爺などいつもの面子にくわえ、あまり見かけたことのない妖怪もいる。日頃からゲゲ郎と付き合いがあるのだろう。
「ーーーなるほどな」
事の顛末を鬼太郎が話し終えると、砂かけ婆が頷いた。
「裏鬼道が生き残っていたとはのう」
水木も、まさか今さらこんな形で相まみえるとは夢にも思わなかった。
「これからどうするか……
子泣き爺が腕組みをしてうなるように言うと、鬼太郎が口を開いた。
「僕は術者を探します」
「わしも手伝おう」
砂かけ婆がすぐに名乗り出た。
「しかし、危険じゃないのか。鬼太郎だって幽霊族だ」
裏鬼道の残忍さは水木だって知っている。強力な術を使い幽霊族を狩ってきた彼らには、全盛期の頃のゲゲ郎でさえも敗北したことがある。鬼太郎などひとたまりもないのではないか。
「わしらがついとる。なあ皆」
子泣き爺の言葉に、妖怪達はうんうんと頷いた。鬼太郎はほっとしたように笑ってから、水木の方を見た。
「それに、もし相手が裏鬼道で、幽霊族を狙うなら……その子だって危ない」
水木はハッとした。鬼太郎がこれほど好戦的な様子なのは、水木と赤ん坊のことを案じているからだ。幽霊族を狙うというなら、ゲゲ郎と鬼太郎、そして腹の中の赤ん坊――――この世に残された三人の中で最も無力なのは赤ん坊だ。水木たちに危険が及ばぬよう、先手を打つことで守ろうというのだろう。
「すまん、俺が……
戦う術を持たない、無力な自分が情けない。
「じゃが、どうやって探るんじゃ?手がかりはあるのか?」
「まずは、この辺りで怪しげな者を見かけていないか、探るしかないのう」
「おいどんは空から探すばい」
妖怪達はわいわいと議論を始めた。結局、近隣の妖怪たちにも声をかけ、それらしき者がいないか捜索することになった。術者の姿を見ているのは鬼太郎だけなので、当然鬼太郎は探索・攻撃にまわることになる。
「僕に任せてください。必ず探し出して、父さんを元に戻してみせます」
頼もしい言葉だった。水木は鬼太郎の肩に手を置いた。
「頼りにしてるが、危ないことはするんじゃないぞ」
強い力をもっているとはいえ、鬼太郎はまだ子どもだ。その子を危険な場所へ向かわせることに、水木はどうしても抵抗があった。だが、この場で頼りになるのが鬼太郎しかいないということもまた事実である。
「水木さんこそ、気を付けてくださいね。あまりこの家からは出ない方がいいと思うんですが……
「腹が大きくなるまでは頑張るつもりだったんだがな」
子どもが産まれれば金がかかる。周囲にバレるギリギリまで働くつもりだったのだが、それも難しそうだ。早めに辞職できるよう、明日上司に相談してみよう。
鬼太郎は水木を見て、それから隣の部屋の襖を見た。記憶をなくした父親のことも気がかりなのだろう。ゲゲ郎は相変わらず締め切った部屋の中にうずくまり、いくら声をかけても反応しなかった。



大勢の妖怪の気配が消えると、家の中は再び静かになった。
水木と呼ばれた人間一人しか残っていないらしい。だが油断はできない。非力を装い、自分をとらえるつもりかもしれない。暗い部屋の中で、じっと息を殺していた。
しばらくして、向こう側から声が聞こえた。
「開けるぞ」
すっと開かれた襖の向こうには、あの男が立っていた。
「飯にしよう」
明るい部屋の机の上には、魚や米が並んでいた。久しぶりのまともな飯に、胃がぎゅうと鳴った。蛙や鼠以外のものを食べるのは何年ぶりだろう。
「お前の分もある。一緒に食わないか?」
「いらん」
即座に断った。食事に毒が混ざっているかもしれない。
「毒なんて入ってないぞ」
そう言って、男は手を合わせるとがつがつと白米を食べ始めた。飲み込むような勢いだ。むせそうになり、慌てて味噌汁で流し込んでいる。
「ほらな」
自分の分の食事をあっという間に終えた男が、空になった茶碗を見せながら言った。だが、幽霊族にだけ効く毒かもしれない。それに、もし毒が入っていないとしても人間から施しを受けるつもりはない。空腹なら耐えられる。
……ここに置いておくぞ」
男は、食事を盆の上に乗せると、部屋の中へそれを運び入れた。畳に置かれたそれは、温かい湯気を立てている。それを無視して、気になったことを問いかけた。
「あの子はどこへ行った」
あの子、というのは幽霊族の子どもだ。二人の話は荒唐無稽すぎて全てを信じたわけではないが、昨夜のうちにそっとこの家を抜け出して周囲の様子を確かめた。確かに、ここは自分の知る時代ではないのだろう。そして幽霊族の子どもが自分の血縁であるということも理解できた。なにせ鬼太郎と呼ばれていた子どもは、自分にうり二つなのだ。
「裏鬼道の術者を探しに行った」
「童一人でか。馬鹿げている」
先ほど、他の妖怪達と話していたのが聞こえてきたが、本当に術者を探しに行ったのか。裏鬼道の術者は、幽霊族を狩る。そんな相手のところへ、たった一人の子どもを行かせるなど正気の沙汰とは思えない。
「大丈夫だ。他の仲間も一緒だからな」
信じられなかった。あんな大した力も持たぬ妖怪たちが、裏鬼道の術者とやり合えるはずがない。
「幼子を死地へ送りこむとは、さすがは人間じゃな。大した鬼畜じゃ」
嫌味を言うと、男の顔色が変わった。
「ほう、怒ったか。本性を現せ。わしを殺してみよ!じゃが、ただで殺されるつもりはないがの!」
……待ってくれ」
男は手を突き出すと、こちらを制した。
「お前とやりあうつもりはない。俺だって……鬼太郎のことは心配なんだ」
それならば止めればいいのだ。そうしなかったということは、やはり幽霊族のことなどどうでもいいのだろう。冷ややかな視線に耐えきれなくなったように、男はそっと襖を閉めた。
残された食事を見つめる。まだ温かく、良い匂いがする。だが、こんなものを食べるわけにはいかない。
壁に掛かった布を取り払うと、外の様子が見えた。家の裏手は墓場になっていて、その先に山が連なっている。蛙でも捕ってこよう、そのついでにあの子どもが困っていないか見てこよう――そう思い、透明な板を横にずらして外へ出た。