桐子
2024-02-10 20:17:51
2133文字
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魂の在る処③(父水)


鬼太郎がボロボロのゲゲ郎を抱えて帰宅したのはつい数時間前のことだ。
「何があった」
鬼太郎も怪我をしていたが、ゲゲ郎は意識まで失っていた。とりあえず布団に寝かせ、鬼太郎の手当てをしながら経緯を尋ねる。鬼太郎は青い顔をして、申し訳なさそうにぽつぽつと話し始めた。
「他の妖怪に悪さをする妖怪がいると聞いて、様子を見に行ったら……そいつは裏鬼道の生き残りに操られていたんです」
裏鬼道という不穏な響きに水木は眉を顰めた。かつて幽霊族を次々と狩り、その怨念を狂骨として操っていた外法使いが裏鬼道だった。その生き残りがいたというのか。それでまたゲゲ郎が、幽霊族が傷つけられたのかーーー激しい怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「そいつがゲゲ郎をこんなにしたのか」
「操られていた妖怪は倒しました……可哀想だったけど。術者は隠れていて、僕がその妖怪にとどめをさそうとした時に、不意打ちをしてきたんです。父さんはそれに気が付いて、僕の代わりに……
ゲゲ郎は狂骨の依り代になった際に、体を失い目玉だけになっていた。それが少しずつ霊力をためて、ようやく元の姿に戻れた。そのせいで全盛期の頃の力のほとんどを失っている。妖怪退治も鬼太郎が主力で、ゲゲ郎はそれを知識でもって支援するのが常だった。
「ゲゲ郎は、どうして目を覚まさないんだ。何の術をかけられた?」
鬼太郎は力なく首を振った。何も分からないのだ。
「僕のせいだ」
ぽつん、と小さな手の甲に涙が落ちた。
「僕のせいで父さんがこんなことになってしまって……ごめんなさい、水木さん」
普段、あまり感情をあらわにしない鬼太郎は、大きな目に涙をいっぱいにためていた。水木は苦笑して、養い子を抱き締めた。
「何言ってるんだ。お前だってこんなに怪我して、大変だったじゃないか。きっと何か手はある」
「でも、……父さんはあんなに、赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしてたのに」
鬼太郎は水木の下腹部に視線を向けた。まだ薄いが、確かにそこには新しい命が宿っている。ゲゲ郎は大喜びで、毎日腹に向かって「わしがととじゃぞ」と話しかけていた。
もし、父親になにかあったら、水木にも生まれてくる赤ん坊にも申し訳ないーーー鬼太郎のそんな考えが手に取るように分かった。
「ゲゲ郎はよくやったよ。お前を無事に帰してくれたんだ。それで十分だ。自分を責めなくていい」
明日、皆に相談してみよう。そう言うと、鬼太郎は涙を拭いながらこくんと頷いた。
「よし、じゃあゲゲ郎を見てくる」
水木は立ち上がり、襖に手を掛けた。
「気を付けてください」
どんな術をかけられているか分かったものではない。
「あぁ」
水木は短く返事をして、細く襖を開けた。暗い部屋の中に敷かれた一組の布団。そこに寝かせたはずのゲゲ郎と目が合った。
「おい、目を覚ましてるぞ」
鬼太郎に声をかけたのは、ゲゲ郎の様子がおかしかったからだ。野生の手負いの獣のような張り詰めた気配。水木の声を聞いた途端、ゲゲ郎は跳ね起きた。敵意をむき出しにした眼差しでこちらを睨みつけている。
水木は動揺していた。ゲゲ郎にこんな目で見られるのは初めてだった。出会った頃でさえ、穏やかな目を向けてくれたのに。
言葉に詰まっていると、鬼太郎が部屋を覗き込んだ。ゲゲ郎は目を丸くして鬼太郎を見つめた。
「お、お主……幽霊族の生き残りか……?」
水木と鬼太郎は顔を見合わせた。記憶が混濁している様子だ。あるいは、記憶を失っているのかもしれない。どちらにしろ今のゲゲ郎は二人のことを知らないのだ。
しばらく水木と鬼太郎を睨んでいた男は、ハッと何かに気が付いた顔をした。
「っ、よくも、このような幼子まで!」
何か勘違いをしているらしく、ゲゲ郎は目をつり上げて水木を睨みつけた。なぜそこまで怒っているのか分からず動揺した。まさか自分が襲われていると勘違いしているのか。
誤解だと伝えても、水木の言葉は届いていないようだった。父さん、と鬼太郎に呼ばれた時だけは動きを止めたが、またすぐに水木に憎悪の眼差しを向けてきた。
「ーーー幽霊族を食ったのか」
ぎくりとした。その反応がよくなかった。
一瞬で間合いを詰めてきたゲゲ郎に首を掴まれる。力は衰えたとはいえ、一瞬で首をへし折ることのできる腕力は健在だ。

ーーー死ねない、この子をこの世に送り出すまでは。

「水木さんのお腹には、赤ちゃんがいるんですよ!!」

水木の祈りが通じたのか、ゲゲ郎の手から力が抜けた。鬼太郎が慌てて駆け寄ってくる。どこにも怪我はないし、腹の子も無事だ。
鬼太郎の訴えに、ゲゲ郎はまた動揺しているようだった。
「なぜじゃ……?」
訳が分からないというような顔をしているゲゲ郎に向かって、水木は静かに言った。
「何もかも話してやる。だから、俺たちの話を聞いてくれ」
ゲゲ郎は見知らぬものを見る目で水木を見てきた。それがひどく寂しかった。無意識のうちに腹に手を当ててしまうと、ゲゲ郎の視線も腹に向けられる。
きっと小さな命が宿っているのが、彼の目には見えている。
「この子はお前の子だ」
言っても仕方ないことだと分かっていたが、水木は言わずにはいられなかった。