桐子
2024-01-28 21:44:03
2509文字
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瀬戸の花嫁②


日差しは強いが、海風はさわやかで心地よい。
「気持ちいいですね」
鬼太郎が伸びをしながら言った。
「そうだなあ」
船が波を切る音が聞こえる。よく晴れてぽこぽことたくさんの島が浮かんでいるのが見えた。空の青と海の青、遠くを飛ぶ白い海鳥。それだけで絵のように美しい。
旅先に選んだのは、四国だった。仕事の関係で何度か来たが、のんびりした人々の様子と温暖な気候が気に入った。それに瀬戸内でとれる魚介類はうまい。
「讃岐の国か……馴染みに挨拶せんとな」
「父さんの知り合いがいるんですか?」
「ああ、昔ちょっとなぁ」
ゲゲ郎は水木に言われた通りちゃんと目玉の姿で、鬼太郎の髪の中におさまっている。
「とりあえず、着いたらうどんでも食うか」
四国と言えばやはり讃岐うどんだ。こしのある麺をつるりとすすれば、もちもちしたうどんの食感がたまらない。鬼太郎は目を輝かせ、水木の言葉に頷いた。
「早く着かないかなぁ」
彼の顔は珍しく子どもらしい、年相応の無邪気なものだった。


「東京とずいぶん違いますね」
讃岐の地は大きな建物が少なく、ひなびた田園風景が続いていて、どこか懐かしい雰囲気がある。鬼太郎は珍しそうにあたりを見回した。
「ここらへんは昔の街並みが残ってるんだよ」
「へぇ……
「いい風が吹いておるのう」
船を降りた途端にゲゲ郎は人の姿をとり、鬼太郎と水木についてきた。
「うどんはどこで食えるのじゃ?」
「お前の目当てはそれかよ」
だが、長旅で腹も減っている。適当に目についたうどん屋に入り、それぞれに注文をする。あまりに値段が安いので、「もしかしてあまり流行ってないから安いのか」と不安になってきたが、出てきたうどんは想像を絶するうまさだった。あつあつの出汁はいりこがたっぷり使われていて、とにかく香りいい。そしてつるりとした滑らかな麺のうまいことといったら。噛みしめると弾力のある麺は、表面がなめらかでとにかく喉ごしがいい。
添えられたちくわの天ぷらと卵の天ぷらも、さくさくとして歯応えがよく、半熟卵のとろりとした味わいが出汁の風味によく合う。
三人は夢中になってうどんを食べ、あっというまに平らげてしまった。
「毎日でも食べたいのう」
「しかも安い」
ラーメンやそばに比べて驚きの安さだ。この店だけが特別安いのかと思いきや、うどん屋の並ぶ通りは全体的にかなり安かった。というかうどん屋だらけである。
「では腹ごなしに、あの山に登るか」
ゲゲ郎が指差したのは台形の山だった。それほど高さはないがてっぺんが平らで、よく目立つ。
「あそこは確か……
「屋島じゃよ。そこにわしの知己がおる」
ゲゲ郎の知り合いということは妖怪だろう。彼の知り合いだという妖怪たちとは多少は交流があるが、見た目はどれほど恐ろしげでも、さすがゲゲ郎と付き合いがあるだけあって気の良い奴らが多い。
「よし、行くか」
水木の言葉に頷き、三人は山へと向かった。
ゆるやかな登山道を歩いていくと、初夏にふさわしい新緑が目を楽しませた。木々の合間に見える小妖たちも、どこかのんびりした様子だ。親子は下駄でなんなく山道を歩きながら、水木の先を行く。
「父さん、さっきから白い装束を着た人たちとすれ違いますけど、あれは?」
「お遍路さんじゃ。四国には八十八の霊場があっての。そこを順繰りにまわって神仏との縁を結ぼうというのじゃ」
確かに傘をかぶった白装束の二人組と幾度もすれ違う。鬼太郎は不思議そうに呟いた。
「ずいぶん変わったことをするんですね」
「まあ、そういう信仰もあるんじゃよ」
そんな話をしているうちに、山頂へたどり着いた。寺があるというので、本堂の方へ向かおうとしたが、ゲゲ郎は首を振った。
「こっちじゃ」
本堂の裏手へ回ると、そこには小さな祠があった。苔むした岩に囲まれた祠は、歴史を感じさせるものではあったが、寂れていて人気はないようだった。
「おい、おるか」
水木が声をかけると、木々を揺らして何かが飛び出してきた。一瞬、犬かと思ったが、長めの尾を振りながら鬼太郎の前たちの足元にやってきたのは狸だった。
『おお、幽霊族の若』
ぽん、と白い煙を吐き出すと、狸は丸っこい鼻が可愛らしい老人の姿になった。老人はくしゃっと笑った。
「太三郎翁、息災であったか」
「若ものう。奥方は残念やったが、息子が生まれたとか」
こちらが若の、よう似とる、と鬼太郎を見てにこにこ笑う姿は人間の好好爺にしか見えない。
「こちらは?人間のようじゃがちと違うか」
太三郎と呼ばれた狸は、水木を見て怪訝そうな顔をした。
「これはわしの新しい連れ合いじゃ」
「水木といいます。初めまして」
妖怪仲間に紹介されるのは慣れたものだが、毎回「連れ合い」と紹介されるのはいかがなものかと思う。そして大抵の場合、彼らは男同士だと驚かないのだ。
水木が挨拶すると、太三郎翁はおおと声を上げた。
「これはご丁寧に。わしは狸妖怪の太三郎と申す」
やはり男の連れ合いに驚いている様子はない。妖怪は人間よりよほど大らかなのかもしれなかった。
「父さん、狸って……
鬼太郎はなんとなく警戒した様子を見せた。そういえば、以前日本中が狸に占領されかける事件があったが、その時のことを思い出しているのだろう。それを見越したようにゲゲ郎が言った。
「心配いらん。太三郎翁は善良な狸じゃ」
「ほんまにあのほっこどもが迷惑をかけてのう。すまんかったのう」
太三郎翁は申し訳なさそうに言った。
「あの事件のせいで、四国には狸族がめっきり減ってしもうたんじゃ。まあ、もとより数を減らしとったから仕方がないんやけどなぁ」
寂しげにそう言った後で、太三郎翁は明るく言った。
「じゃが、今日はいい機会じゃ。四国におる狸連中を集めてぱーっと盛り上がろうじゃないか」
「ありがたいですじゃ」
ゲゲ郎はうれしそうに礼を言う。長く生きているとこんな遠く離れた場所にまで知人ができるようだ。
さて、狸の宴とやらはどんなものだろう。とりあえず蛙や虫が出てこなければいいのだがと思いながら、水木はゲゲ郎たちに続いた。