仕事が一段落ついた頃、ふと、最近鬼太郎に会っていないなと思った。仕事がたてこんでいてなかなか会いに行けなかったというのもあるし、鬼太郎の方も妖怪ポストの依頼で忙しそうにしていたからだ。
──たまには一緒に飯でも食いに行くか。
ゲゲゲハウスまで誘いに行くと、鬼太郎はお茶を飲んでいた。目玉の方のゲゲ郎は、気持ちよさそうに茶碗風呂につかっている。
「おお、水木。ここに来るのは久しぶりではないか」
「水木さん」
鬼太郎は無表情ながらやや嬉しそうに、水木を迎えてくれた。
「元気にしてるのか?」
「はい。最近、またねずみ男が悪さしてたんですが、……」
ねずみ男が金儲けに走り、他の妖怪と手を組んで騒ぎを起こしたことを話してくれた。
「ねずみ君は相変わらずだな」
淹れてくれたお茶を飲みながら苦笑してしまった。彼の起こす騒動は昔とちっとも変わらない。
「まあ、大した騒ぎではなかったからいいんですけど」
迷惑をかけられたというのにそれほど気にしていないところが鬼太郎らしい。ねずみ男のすることだから、と達観しているようでもあった。腐れ縁というのもなかなか大変なものだ。
「それなら今は暇なんだな。飯でも食いに行かないか? 」
「うむ!」
いの一番に返事をしたのは、茶碗風呂に入っていたゲゲ郎だった。
「鬼太郎、たまには外食もよいぞ。わしもうまい飯が食いたい」
「お前は誘ってないけどな」
「なんじゃと!」
目玉は茶碗からざばりと上がると、ぴょんと跳ねた。次の瞬間にはひょろりと背の高い着流しの青年になっていた。
「水木や、わしを置いてきぼりにする気か!ひどいぞ!」
「わかったわかった」
普段は妖力を貯めておくために目玉の姿をしているくせに、こういう時だけ一人前に人のなりをするのだ、この男は。腐れ縁というのも大変だと思いつつおざなりに返事をした水木は、鬼太郎に向かって言った。
「何か食べたいものあるか?」
「何でもいいです」
遠慮がちに鬼太郎は言った。
「よしわかった。じゃあ、うまいラーメンでも食いに行こう」
水木は勢いよく立ち上がると、出入り口に向かう。うしろでは息子より父親の方が「久しぶりのラーメンじゃな」とウキウキしていた。
水木がゲゲ郎たちと離れて暮らすようになって五十年ほどになるだろうか。
最初は「ゲゲゲの森でともに暮らそう」と誘われ、十年ほどは一緒に住んでいた。しかし、することもなく毎日ぼーっとしていることが性に合わず、人に紛れて働きながら暮らすことを選んだのだ。
ゲゲ郎には猛反対されたが、最終的には、水木の決めたことならと諦めてくれた。
「水木や……わしらのことを忘れるでないぞ」
「今生の別れみたいに言うなよ。俺のアパート、ここから徒歩十五分だぞ」
おいおい泣くゲゲ郎をなだめながら、鬼太郎にお金の管理や健康に気を付けること、うまい話にはのらない、借金はしないなど注意することを話した。鬼太郎はしっかりしているから平気だと思うが、情緒不安定な父親の方は本当に心配だ。まあ、息子がいるから無茶なことはしないだろうし、時々様子を見に来ればいいだろう。
「絶対遊びに行くからのう……!」
「水木さん、体に気を付けて。煙草ばかり吸って朝ごはん抜いたらだめですよ」
一体どちらが大人なのかわからないな、と苦笑しながら、水木はゲゲゲの森を出ていった。
あまり綺麗ではないが味は抜群の小さな中華料理屋に入る。テーブル席に座り、鬼太郎ちちは壁のメニューとじっとにらめっこを始めた。
「俺は醤油ラーメン。お前らは?」
「わしは塩にするかのう」
「僕も醤油で」
水木は店員を呼び止めた。
「ビール二つ、醤油ラーメン二つと塩ラーメン一つ。全部チャーシュー大盛りで。あと餃子三人前ととエビチャーハンもつけてくれ」
「はい!」
店員はきびきびした動作で注文をメモすると、厨房に向かって大声で叫んだ。
「水木よ、豪勢じゃな。よっ、お大尽!」
「よせよ。高級中華ってわけでもあるまいし」
まあちょっと奮発したが、たまにはいいだろう。
「お前たちと飯を食うのも久しぶりだからな」
「水木さん……」
鬼太郎は嬉しそうにほほ笑んだ。
先にビールが運ばれてきて乾杯する。料理が来るのを待つ間、水木は鬼太郎に言った。
「妖怪ポストの仕事は危険はないのか?いくら妖怪と人間のためとはいえ、あんまり危ないことはするなよ」
「今のところ平気です。もし危ないことがあっても、仲間がいるから平気ですよ」
「そうじゃよ、わしもおるしのう」
餃子をつつきながら鬼太郎たちの近況を聞いていると、ラーメンが運ばれてきた。
「うまそうじゃあ!」
「いただきます」
いつもはクールな鬼太郎も、チャーシュー大盛りラーメンを前にして目を輝かせている。さっそくつるつると麺をすする音がし始めた。
「うまいか?」
ラーメンに夢中な鬼太郎は、小さな口いっぱいにチャーシューを頬張り、幸せそうに咀嚼しながらこくこく頷いた。
「それはよかった。チャーハンも食えよ」
「はい」
水木も湯気の立つラーメンをすすった。この店の食べ物はだいたい何でもうまいが、いつもよりずっと美味く感じた。
鬼太郎は育ちざかりらしく、ぺろりとすべてをたいらげて、少し膨らんだ腹を撫でた。
「久しぶりだから、ちょっと食べ過ぎました」
「ラーメンは久しぶりか。いつもは何食べてるんだ」
水木は食後の一服をしようと煙草に火をつけ、なんとはなしにそう聞いた。
「ええと……今朝は干し芋で、昨日は干し芋ときのこの焼いたの、それから蛙を焼いたのと……」
ゲゲ郎は必死に「止めてくれ」と目で合図を送ろうとしたが、鬼太郎は気づかず話し続けた。
「蛙は塩味がついてるからそのままでもおいしいんですよ。あと、蛇汁も」
ゲゲ郎はついに諦めたらしく、がっくりと肩を落とした。話を聞くうちに水木の眉間の皺はどんどん深くなっていった。
「ゲゲ郎」
「ひっ!」
笑顔で、静かな怒りをこめて呼ばれた名前に、ゲゲ郎はすくみあがった。
「……俺の息子に何食わせてんだ、おい」
「す、すまん!」
一緒に暮らしていた頃は、きっちり三食野菜も魚も食べさせていたのに、なんという変わりようだ。母親が蒸発した父子家庭のような有り様である。いや、もっとひどい。
「水木さん、僕は別に平気ですけど」
鬼太郎は本当に平気そうだったが、水木としては心苦しかった。幽霊族の食生活は人間の常識とかなりずれているから仕方ないとはいえ、鬼太郎の体はまだ育ち盛りなのだ。蛙の丸焼きや干し芋など、ろくなものを食べていなければ、いくら人より体が丈夫とはいえ、あっという間に栄養失調になってしまうだろう。
「もっといいもの食べさせてやれよ」
「そうしたいんじゃがなあ……わしは料理は苦手じゃし」
そもそも調理して食事をするという概念が薄いのだろう。確かにゲゲ郎も人間の食事をうまいうまいと食べるものの、放っておいたら生のままの大根やじゃがいもも平気でかじっていた。
かといって、三食外食させるなんて贅沢させるわけにもいかないし、水木が毎日仕事を終えて帰ってきてからゲゲゲハウスまで食事を作りに行くとなると、こちらの負担が大きい。
「鬼太郎、いつでもうちにご飯を食べに来なさい」
「いいんですか?」
鬼太郎は嬉しそうに目を輝かせた。
「構わんさ。ゲゲ郎は連れてこなくてもいいぞ」
「意地悪じゃ!」
「当たり前だろ、お前は自分で何とかしろ」
鬼太郎は父親たちのやりとりを見てくすっと笑った。ゲゲ郎は口をへの字にして水木のわき腹をつついている。
会計をすませて店を出ると、鬼太郎は頭を下げた。
「ありがとうございます」
水木は照れくさくなって、鼻の頭を掻いた。
「いいんだよ。俺はお前の父親のつもりだからな」
ぽんと頭を撫でると、鬼太郎は嬉しそうにした。
思えば不憫な子だ。生まれた時に母を亡くし、父親も目玉の妖怪で、血縁でもない水木に育てられたせいか、遠慮ばかりする子に育ってしまった。あまり感情を表に出さないが、もっとわがままを言ってもいいと思う。
「今度、旅行に行かないか」
言いながら名案だと水木は思った。ずっと前から、鬼太郎をどこかに連れて行ってやろうと思っていたのだ。
「旅行?」
きょとんとした顔で鬼太郎は聞き返した。
「今の会社もそろそろ辞め時だからな。次の仕事が見つかるまで少しゆっくりするよ」
「水木さんと旅行……」
鬼太郎は嬉しそうに目を輝かせた。
「行きたい、かな」
「決まりだな」
どこへ連れていってやろうか、と水木はいろいろ考えを巡らせた。
「水木や」
「お前は留守番だ」
水木が言うと、ゲゲ郎はうなだれた。
「水木はどうしてそう、わしにばかり意地悪を言うのじゃ」
「はあ!?お前自分がしたこと考えろよな、この前だって」
人をさんざん好き放題して、おかげで隣の部屋の住人に「お盛んですね」と嫌みを言われたんだぞーーーなどと、鬼太郎の手前言えなかったが、言いたいことは山ほどあった。
「水木さん……父さんも一緒がいいです」
鬼太郎は父親と水木の間に入り、二人をなだめた。
「鬼太郎……おぬしはなんて優しい子なんじゃ……」
ゲゲ郎はうるうると目を潤ませている。
「お前……鬼太郎の優しさにつけこんでんじゃないぞ」
水木は小声で文句を言った。まったくこの父親は息子のことになると大げさすぎるのだ。
「ついてきてもいいが、目玉の方で来いよ。電車代が浮くからな」
「承知」
ゲゲ郎はやや不服そうだったが、頷いた。
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