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桐子
2024-01-19 06:44:44
1633文字
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花束をきみに①(父水)
びゅう、と風が吹いた。その冷たさに震えながら、コートの前を合わせる。
「今日は寒いですね」
「ええ、本当に」
隣の家の奥さんに声をかけられた水木は、愛想よくそう返しながら駅へと向かう。ここに引っ越して2年になるが、大家さんもいい人で、近隣の住民もそれなりに親切だ。水木は今の生活をとても気に入っていた。できるだけ長く住み続けていたいものだ。
コートのポケットに手を突っ込むと、ふと下腹に触れた。柔らかい丸みを帯びたその感触に、水木は目を細めた。
(お前はいつ出てくるんだろうな)
腹の中の子は、ぽこ、とかすかな胎動を伝えてくる。生きているよと言うようなその音に安堵して、また歩き出した。
水木がゲゲ郎の子を孕んでから、もう2年近くになる。
「水木よ、遅いではないか」
帰るなり、不機嫌そうなゲゲ郎に出迎えられた。水木はマフラーをほどきながら言い訳をする。
「同僚が無理言われて困ってたんでな。手伝ってた」
「またそれか。お主は優しすぎるぞ。もう一人の体ではないんじゃ、無理はするな」
「すまん」
謝ると、ゲゲ郎はまだ何か言いたそうにしていたが、「もうよい」と言って口をつぐんだ。水木が妊娠してからというもの、ゲゲ郎はずっとこうだった。腹の子のことが気になって仕方がないらしい。
コートを脱いで掛けていると、ゲゲ郎がそっと歩み寄ってきた。そして後ろから水木の腹に触れてくる。
「まだかのう」
「まだだなあ」
この会話も何度目だろう。その度に水木は苦笑する。
ゲゲ郎の血を分け与えられ、水木は幽霊族のようなものになってしまった、らしい。年も取らないし怪我の治りも早い。腕力も強くなった。だが、ゲゲ郎や鬼太郎のように髪を伸ばしたり放電したりすることはできない。中途半端な存在だった。子どもがなかなか生まれないのもそのせいではないかと水木は考えている。
なにせ二年だ。普通は十月十日で生まれるものがその倍の長さ、腹の中にとどまり続けているのだ。最初は水木もいつ生まれるのかハラハラしていたが、最近はなるようになるさ、と達観している。そもそも、幽霊族の子の生まれるのをゲゲ郎も見たことがないらしく、水木の妊娠期間が長いのか短いのかも分からないのだ。鬼太郎の母親は十年ほど身籠り続けていたらしいが、妖力を使い子の存在を隠すためにそうしていただけで、通常ならばもっと早く生まれていただろう。それが人間と同じ十月十日なのかどうかは分からないが。
しかも水木はもともとは人間だったのだ。純粋な幽霊族と同じであるとも考えにくい。水木はそっとため息をついた。
「俺みたいな中途半端な親のせいで、お前も苦労するな」
「水木」
ゲゲ郎は水木に向き直ると、肩を強く掴んだ。
「冗談でもそんなことを言うでない。お主を中途半端な存在にしたのも、一緒になろうと言い出したのも、子を孕ませたのもわしじゃ。責任はわしが取る」
真剣に言ってから、ゲゲ郎は水木を優しく抱き締めた。
「水木や、お主らはわしの宝じゃ。頼むから、そんなこと言わんでくれ」
「
……
悪かったよ。俺が悪かった」
そう言ってゲゲ郎の背中に腕をまわす。ひやりとした体温はゲゲ郎が幽霊族であることを思い知らせてくる。だが、その冷たさこそが、水木にとっては愛しかった。
「
……
さ、そろそろ離してくれ。腹が減った」
「ああ、そうじゃな」
ゲゲ郎が名残惜しそうに腕を解く。水木は背の高いゲゲ郎の後頭部に手を回し、自分の方に引き寄せた。水木の意図を理解したゲゲ郎が身をかがめる。
「ん
……
」
唇が重ねられる。乾いた唇はすぐに離れてしまい、かわりにお互い熱っぽい目で見つめ合う。
「腹が減ったのではなかったのか?」
「口寂しくなったんだよ」
いつでもしてくれるんだろう?と問えば、ゲゲ郎は顔を赤くして口をとがらせた。
「やれやれ、禁欲中じゃというのに、お主の母が煽ってきてわしは大変じゃ」
「はは」
こっちだって禁煙中なのだからお互いさまだ。
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