桐子
2024-01-13 02:16:04
997文字
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蜜月の宿③(父水)


長年のしつこいほどの求婚に応じたからといって、生活に変化があるわけではない。
もとより一緒に住んでいるし、結婚式を挙げるわけでもない。ゲゲ郎は戸籍もないので婚姻届だって出せるわけがない。一つ変わったことがあるとすれば、ゲゲ郎が水木を他の妖怪に紹介する際、「これはわしの連れ合いじゃ」と言われるようになったくらいだ。照れくさいながらも、そう言われることは嬉しかった。

そんなある日のことだ。夕食を食べながら、ゲゲ郎が言った。
「昔馴染みの温泉宿に空きが出たそうじゃ。行かんか、水木?」
「温泉か、いいな」
最近肌寒くなってきたし、ゆっくりと湯に浸かってのんびりするのも悪くない。
「しかし、そんな贅沢する金はないぞ」
「昔、ちょっとばかり手を貸したことがあっての。その礼にいつでも泊まってくれと言われておる。人気の宿でむこう百年ばかりは予約でいっぱいだったんじゃが、空きが出たのでぜひにと知らせてくれたのじゃ」
「なるほど」
顔の広いゲゲ郎の人脈様々だ。旅行に行くなんて久々である。水木は心が浮き立つのを感じた。
「三人で旅行なんて初めてだな」
「僕は行きませんよ」
鬼太郎はたくあんを食べながらクールに言った。
「新婚旅行についていくなんて野暮でしょうし」
「し……っ、ん、こん旅行……
水木は絶句したが、向かいに座るゲゲ郎は泰然としている。どうやら二人の間ではそういう話になっているようだ。
「いや、しかしだな……
子供を放って二人で旅行なんて可哀想じゃないか、という気持ちと、せっかくだしゲゲ郎と二人でのんびりしたいという気持ちの間で水木が葛藤していると、鬼太郎が駄目押しで言った。
「水木さんはいつも忙しく働いてるじゃないですか。たまにはゆっくりしてきてください」
「留守の間は砂かけ婆と子泣き爺に来てもらうから心配いらんぞ」
妙に手回しのよい気がするが、そこまで言うなら甘えさせてもらおう。砂かけ婆たちはゲゲ郎の旧知の仲間で頼りになるから安心だ。
……じゃあ、そうするか」
お土産を買って帰らないとな、と心に留めつつ、二人きりでの旅行につい心を躍らせてしまう。
「それで行き先はどこなんだ?」
「遠野じゃよ」
「遠野?」
岩手県にある遠野のことだろうか。温泉で有名な土地ではない気がするが。怪訝な顔をする水木に、ゲゲ郎は言った。
「いいところじゃよ。楽しみにしておれ」