桐子
2024-01-09 00:09:23
1847文字
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蜜月の宿①(父水)


「わしと一緒になってくれ」

ゲゲ郎は真剣な面持ちで言った。いつもの飄々とした態度はどこへやら、ひどく真面目な声である。きっと本気だ。いい年をした水木の胸は、がらにもなくときめいてしまう。
そう、これが鬼太郎のおしめを変えている途中でなければ、うっとりと「はい」なんて答えてしまっていたかもしれない。
「おっと晩飯の用意しねえと、あー忙しい忙しい」
水木は手早くおしめを取り替え、鬼太郎の服を直す。さっぱりしたのか鬼太郎は嬉しそうだ。
「何で無視するんじゃ!」
ゲゲ郎は悲しそうに叫んだが、水木はそれを一蹴した。
「寝言は寝てから言うもんだ」
「この通りしっかり目覚めておる!わしは本気じゃぞ」
丸い目をかっと見開いたゲゲ郎は、今度は水木の前に正座し、畳に手をついて頭を下げた。
「水木や、どうか、わしと一緒になってくれ!」
「そりゃあできん相談だ」
水木はきっぱり断った。さて、野菜は大根があったから油揚げと大根と大根葉の味噌汁にしよう。頭の中で献立を考えながら立ち上がる。
「何でじゃ!」
「おおっと」
後ろから抱きつかれ、水木は危うく転びそうになった。上背のある男は全力でのしかかかってくる。

「やめろ、重いぞ」
「わしには……もうお主しかおらんのじゃ……

ゲゲ郎は、今度は水木の首にしがみついたまましくしく泣き始めた。この幽霊族、幼女かなにかだろうか。
「あー、とりあえず離してくれ」
上背のある男にのしかかられて首が苦しいし腰も痛い。ゲゲ郎はまだしくしく泣きながらも、「うん」と素直に手を離してくれた。畳の上に寝ている鬼太郎は、父親たちのてんやわんやをきょとんとした顔で眺めている。
水木は畳の上にすとんと座った。ゲゲ郎も同じように向かいに正座する。

「まず、俺は男で人間だ。お前の嫁にはなれん」
「じゃが、わしらは恋人同士じゃろう?」

確かにそれはそうだ。水木は記憶を取り戻して以来、ゲゲ郎に片恋をしていた。そしてある時、ゲゲ郎もそれに応えてくれたのだ。

「まさかまだ岩子に申し訳ないと思っておるのか?」
……それもある」

最初にゲゲ郎に抱かれた時、感じたのは喜びよりも罪悪感だった。夫を愛し子を愛した優しく強い彼女から、ゲゲ郎を寝取ってしまったのだと思って死にたくなった。入水しかけた水木を、ゲゲ郎が必死になって止めてくれたので我に返ったのだが、そのくらい、水木にとって岩子は偉大な存在だった。

「何度も言ったが、わしは水木を愛しておる。岩子のことも忘れることはない。それでいいとお主も納得したじゃろう。……それともお主は、わしの体目当てだったのか!?」

あまりに真剣な顔で馬鹿馬鹿しいことを問い詰めてくるので、水木は脱力してしまった。
「そんなわけないだろ。愛してるに決まってる」
「なら、なぜじゃ」
水木はがりがりと頭をかいた。それから、できるだけ言葉を簡潔にまとめた。

「俺は男で人間で、いつか死ぬからだ」

なにも、妻を亡くした夫がいつまでも貞操を守るべきだなんて思っちゃいない。その逆もしかりだ。だが、ゲゲ郎と鬼太郎は幽霊族で、人間の何倍も長く生きるのだという。もしゲゲ郎が後添えをもらうなら、同じ時間を生きられる人と、末長く幸せになってもらいたい。二人が幸せに生きることが水木の幸せだ。
本当はゲゲ郎が他の人と結ばれるなんて嫌だが、それは水木の我が儘でしかない。
「だからお前とは一緒になれん」
きっぱりと告げると、ゲゲ郎は力なくうなだれた。
……水木や」
「なんだ」
「すまん」
ゲゲ郎はいきなり、頭を畳に擦りつけた。いわゆる土下座だ。
「本当にすまん!」
「おいゲゲ郎、これは何の謝罪だ」
いやな予感を覚えつつ、水木は尋ねた。
……お主はあの村で幽霊族の血を浴びたじゃろう。ドバドバと、大量に」
「ああ」
斧で血桜を切った際に、血桜の中を流れていた幽霊族の血が水木にかかった。それは覚えている。
「それにのう……水木の中が心地ようて、つい中に出したじゃろう。ドバドバと、大量に」
「っ……!」
何を、とは言われなかったが理解した水木は、カッと頬を染めた。こればかりはゲゲ郎を責められれない。「中に欲しい」とねだるのはいつでも水木なのだ。

「お主は気付いておらぬようじゃが……幽霊族の体液を外からも中からも摂取したからのう。お主はもう、ほぼほぼ幽霊族のようなもんじゃて!」

あはは、と笑われ、水木は文字通り目の前が真っ暗になった。