桐子
2024-01-02 00:12:43
1324文字
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完全なる飼育⑧(父水)


「おかえり、ゲゲ郎」

ゲゲ郎は目を見開いていた。まあ、それもそうだろう。パンツ一枚で浴衣を洗っている姿を見たら、誰だって驚くに違いない。
「長いこと洗濯してなかったからな。勝手に使わせてもらってるぞ。お前の洗い物もあるか?」
ゲゲ郎はしばらく唖然としていたが、小さく首を横に振った。そして、水木の隣に座り込んで浴衣を洗う様子を見守りはじめた。座敷牢の外に出たことを咎める様子はない。水木は内心ほっとしていた。
「何かおもしろいか?」
そう言うと、ゲゲ郎はじっと水木の顔を見つめて、小さく頷く。
石鹸の香りと、じゃばじゃばと洗濯物を洗う水音。穏やかな時間だった。
「ところで、俺の着るもんがなくなってまったわけだが、何か貸してもらえないか?」
すっかり洗い終わり、水気を絞った浴衣を干してしまってから、水木はそう言った。さすがに下着一枚でうろうろするのはどうかと思ったのだ。
そう頼むと、ゲゲ郎はどこからかワイシャツと黒のズボンを取ってきて、手渡してきた。彼は水木よりも上背があるのでぶかぶかだろうと思いきや、ズボンの丈はちょうどよい。
「ありがとう。……そうだ、よかったら風呂にも入らないか。風呂釜も洗っといた」
ゲゲ郎はぱっと嬉しそうな顔をした。風呂が好きなのだろう。いそいそと風呂場へ向かおうとするので「これから沸かすんだが」と苦笑した。自分を閉じ込めた相手になにを尽くしているんだと思わないでもなかったが、嬉しそうに笑うゲゲ郎の顔を見ていると「まあいいか」という気がしてくるのだから不思議だった。
ゲゲ郎が風呂につかっている間に、そういえばともらった煙草を持ってきた。風呂釜の火を小枝にうつし、煙草に点火する。ふぅっと一息吹かすと、懐かしい味がした。
ーーーうまい。
こんな煙のどこがうまいのかと昔は思っていたが、今となってはないとひどく口寂しく感じてしまう。
壁にもたれて一服していると、いつの間に風呂からあがっていたのか、横からゲゲ郎がじっと水木のことを見つめていた。手をくい、と動かしているのは「一本寄越せ」ということだろうか。
「ほら」
吸いさしを口許に持っていくと、ゲゲ郎はそれを受け取り、煙草を一吸いしてふうっと煙を吐き出した。煙草をもつ指は長く、妙に色気がある。しっとりと湿った髪からのぞく耳も、首筋も、うっすらと上気していて目を奪われてしまう。
すると、視線に気が付いたのかゲゲ郎がふと笑った。大人の男の色気というのだろうか、思わずどきっとするような微笑みだった。



その日から、水木は家事を一手に引き受けるようになった。することが他にないからだ。それに、水木が世話をやくとゲゲ郎が嬉しそうにするものだから、ついあれもこれもと面倒をみてしまうのだった。
相変わらず、寝るときは座敷牢を使っているが、もう鍵はかけられていない。二人で一つの布団を使い、抱き締められて眠る。
「これじゃ夫婦だな」
ついひとりごちると、ゲゲ郎は不思議そうな顔で見つめてきた。
「いや、なんでもない」
男同士で夫婦もなにもないだろうに。自嘲めいた笑いをこぼしながらも、この暮らしに慣れていっている自分を、水木は認めないわけにはいかなかった。