桐子
2024-01-01 21:14:19
1442文字
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完全なる飼育⑦(父水)


それからも水木が悪夢を見ると、決まってゲゲ郎が慰めるように抱き締めてくれた。男に抱き締められるなんて冗談じゃないと思っていたが、怖い夢、寂しい夢を見たときに誰かがそばにいてくれるというのは、思いのほか安らぎを与えてくれた。
「はぁ……う、ぐっ」
……
ゲゲ郎が水木の顔をのぞきこむ。無表情だが、どこか心配そうに見えるのは気のせいだろうか。ひんやりとした手で頬を撫ぜ、涙がにじむ目尻を指でそっと拭われた。
強くあらねば、他の者を蹴落としてでも上へ上へとのしあがらなければと思っていた。そうしなければまた使い捨てられる。力を持つことがゴールだと信じていた。ーーーだが、本当にそうなのか。こうして、辛いことや苦しいことがあったら誰かに抱き締められ、優しくして欲しかったのではないか。
「っ……ひっく……
年甲斐もなくしゃくりあげると、ゲゲ郎はそっと水木を抱き寄せた。ゆっくりと髪を撫でるその手つきにひどく安心し、再び涙が溢れてきた。彼の胸に頭を預けて子供のように泣きじゃくってしまうのをやめられなかった。
背中を摩ってくれる手のせいで、余計に泣けてくる。
ここには水木を傷つけるものは何もない。檻は水木を閉じ込めているが、世の中の恐ろしいものすべてから守ってくれる盾でもあった。

水木が眠るまで、ゲゲ郎は何も言わずにずっと髪を撫で続けてくれた。




「へへ、また会いましたね」
ねずみ男は相変わらず軽い調子でそう言って、牢の前に立った。またゲゲ郎はしばらく用があって来られないそうだ。相変わらず菓子パンばかりを差し入れられて、水木は閉口した。嫌いではないが甘いものが続くとさすがにうんざりする。
「それと、こいつはサービスだ」
「おお」
差し出されたのは煙草だった。しかも水木の好む銘柄だ。前回の帰り際、そんなことを言われていたがあてにはしていなかったので、喜びもひとしおだ。
「はは、悪いな。煙草代はあいつからせしめてくれていいから、ちょくちょく持ってきてくれるとありがたい」
「へへ、そうするぜ」
ねずみ男はそう言ってそそくさと去っていった。
「おっと」
早速煙草を吸おうとして、そういえばここには火の気がないことを思い出した。
「すまないが、火を……
座敷牢の向こうに向かって呼び掛けたが、返事がない。この分では残念だがゲゲ郎が戻ってくるまでおあずけだろう。
「くそっ」
苛立ち紛れに、座敷牢の扉を思い切り叩く。

ガシャン

なんの音だと訝しく思って辺りを見回すが、牢の中には何も落ちていない。まさかと思って扉の外をのぞきこむ。
牢の木材と錠前の金属の部分が外れて、ぶらぶらと空中で揺れている。おそるおそる扉を押すと、キィというかすかな音を立てて扉が開いた。
水木はごくりと唾を飲んだ。思いがけないときに望みはかなうものだ。彼はそろりと扉を押し、座敷牢の外へ出た。
階段を上がると、風呂場へ続く廊下へ出た。その途中にある、外へと向かう玄関の扉。かつてそこから外へ出たときのことを思うと、心臓の鼓動が早まるのを感じた。
おそるおそる扉に手をかける。すると何の抵抗もなくその扉が開いた。水木は外へ出ると、辺りを見回した。辺りには彼岸花が咲き誇り、さやさやと葉ずれの音を立てている。
水木は玄関先でしばらく立ちすくんでいたが、その足は先へ進むことはなかった。
(逃げたところで、また連れ戻されるだけだ)
そう思うと、逃げる気力も湧いてこない。水木は玄関の戸を閉めた。