桐子
2023-12-29 20:43:05
1357文字
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完全なる飼育⑤【父水】


明かり取りの窓から、黄昏の赤い光が射し込んでいた。
(いかん、退屈だ)
暇を潰せるような道具もないし、話し相手もいない。やることもないので毎日ごろごろしているだけだ。ゲゲ郎は相変わらず日に二度の食事を持ってくるときと夜寝るときにしか姿を現さない。一言も話さなくても、誰かがいるというだけで気が紛れるし、表情のかすかな変化を見るだけで何を考えているのかなんとなく分かることもあった。
カランコロン、と下駄の音がして男が姿を表す。いつしか水木はそれを心待にしていた。
「よお」
ゲゲ郎はこちらを一瞥すると、座敷牢の鍵を開けて中へ入ってきた。盆には二人分の食事がのっている。いっしょに食事をしようと誘って以来、ゲゲ郎は水木と共に食事をするようになっていた。ここに自分を閉じ込めた犯罪者であっても、一人で食べるよりはましだ。
「いただきます」
手を合わせて食事を始める。
「うまいな」
男はぴくりと眉を動かして反応したが、すぐになにもなかったかのように食事を続けた。彼の無表情にもすっかり慣れてしまったので、水木は特に気にせず話し続けた。
「お前が作ってるのか?」
男は頷いた。
「うまいぜ」
もう一度水木が褒めると、ゲゲ郎は少し嬉しそうな顔をしたように見えた。
実際、男が作ったという料理は派手ではないがどれも口に合う。肉じゃがなど、母親が作ってくれたものによく似ている。
ゲゲ郎は肉じゃがの入った小鉢を手に取ると、水木の前に置いた。
……お前のだろ」
男は薄く笑って、首を左右に振る。水木は「いいって」と笑いながら言ったが、男はがんとして小鉢を引っ込めようとしない。ありがたくそれを受け取り、もそもそと口に運ぶ。
……うまいよ」
男は満足そうな表情をした。
この男が何を考えているのかは相変わらずよく分からない。だが、水木のことを憎んでいるわけではないらしい。そうでなければこうして世話をしたり、食事の世話を焼いたりしないはずだ。
……お前、俺が憎いのか?」
そう聞くと、男は俯いて、やや強く首を左右に振った。
「お前の目的はなんなんだ?身代金なら期待できないぞ」
やはり男は答えない。水木はため息をつくと食事に戻った。この調子だと、いつまでたっても会話にならないだろう。
「ごちそうさま」
ゲゲ郎は食べ終わった二人分の食器を盆にのせると、いつものように外へ出て行った。
そして夜になるとまた来て、水木を抱き締めて眠るのだった。
ーーふと、夜中に目が覚める。
明かり取りの窓から月が見えた。
ーーああ、月が出てるのか。
水木はぼんやりした頭でそう思った。そしてふとゲゲ郎の方を見る。白い髪が青白い光できらきらと光って見える。横顔だけ見ると通った鼻梁や薄い唇など、整った顔立ちをしていることが分かる。
ふと、いつも前髪に隠れた左目を見てやろうと思い、そっと前髪をかきわけた。手枷はもうずいぶん前から嵌められていない。それが信頼によるものなのか、慣れなのかは分からないが。
男の顔は目を閉じているせいで幾分かあどけなく見えた。印象的なぎょろりとした目が見えないせいかもしれない。
水木はそっと髪をもとに戻し、目を閉じた。何故かはわからないが、安心しきったように寝入っているゲゲ郎の姿を見ると、胸が痛むのだった。