桐子
2023-12-10 22:56:19
1928文字
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完全なる飼育①(父水)


目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。
水木は二、三度まばたきをしてから、深いため息をついた。頭が痛むのは二日酔いか。これほど深酒するなんて初めてのことで、気分も悪く吐き気もする。
自分はいったいどれほど眠っていたのか。窓から入ってくる明かりから考えて、もう午後になっているのだろう。
起き上がった水木はぎょっとした。やはり見覚えのない部屋だったからではない。壁一面に木で出来た格子がはめこまれていたからだ。
水木は呆然としながら、部屋を見回した。明らかにここは座敷牢だ。何故自分がこんなところにいるのか、皆目見当がつかなかった。
「なんだってこんなことに……
とりあえずここを出られないか、格子のあちこちを調べてみる。だが、頑丈な造りで、とても壊して抜け出せそうにない。
「誰かいませんかー?」
大声で叫んでみたが、返事はなかった。そもそもここはどこなのだろう。昨日のことを懸命に思い出してみるが何も思い出せない。おぼろげな記憶の中で、誰かと酒を飲んでいたような気がするがはっきりとは分からない。水木が頭をかかえていると、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえた。カラン、コロン、という軽やかな下駄の音が少しずつ近づいてくる。
やがて、足音の主の全容が見えた。水木は顔を上げ、格子の向こうに立っている男の顔を見た。
(誰だ……?)
男は白髪だった。かといって老人でもなさそうだ。上背など水木よりもあるだろう。浅葱色のすりきれた着物を着た男は、ぎょろりとした目で、格子越しに水木を見下ろしていた。
「あの、ここはどこなんですか? 僕は水木といいます。何かの手違いでここにいるようですが……
そう声をかけても、男は何も答えない。ただ、水木の顔をまじまじと見ているだけだった。
「あの……
男はのそりと歩いてきて、水木の正面に立った。そして格子に顔を近づけて、物も言わずにじいっと水木の顔を見つめ続けた。
「あの……?」
もう一度問いかけても、男は黙ったままだ。
(なんなんだ、こいつは……
気味悪くなって、水木は男から顔を背けて部屋を見回した。この部屋には格子以外に出入り口が見当たらない。天井近くに小窓が開いていてそこから光がさしているだけだ。
キィ、という金属がこすれる音がした。男が牢の錠前を開け、入り口をくぐったのだ。
水木は後ずさった。男は、ゆっくりとした足取りで入ってくる。
「おい、あんた」
そう声をかけても反応しない。男はとうとう水木の腕が届く範囲にまで近よってきた。逃げようと立ち上がったが、肩を摑まれてそのまま布団に押し倒された。
「何すんだ!」
水木は抵抗したが、男の方がやけに力が強く、身動きが取れない。もがいているうちに、男は後ろから水木を抱きしめ、首筋に顔をうずめてきた。ゾッとして水木は叫んだ。
「やめろ! 気持ち悪ぃ」
男は全く怯まない。それどころか、暴れる腕を細い糸の束のようなもので拘束されてしまい、とうとう身動きできなくなってしまう。「おい、何なんだよ! あんたは誰なんだ!」
叫びながらもがくが、男は反応しない。ただ水木の肩口に顔を埋めているだけだ。
(こいつ、頭がおかしいんじゃないのか)
「離せ!ちくしょ……うぶっ」
男のひんやりとした手のひらが、水木の口を塞いだ。静かにしろ、とでも言うように。水木が何を言っても、もごもごとしか聞こえなかった。
男は腰にもう片方の腕を回して、水木の体を自分の方へ引き寄せる。身体を密着させられ、水木は全身に鳥肌がたった。
(このままじゃまずい)
世の中には男に劣情を抱く男がいると聞いたことがある。水木は女が好きなごく普通の男だ。男になど興味はない。それなのに、まさか自分が男に犯される日がくるなんて。
(冗談じゃねえぞ!)
なんとか隙をうかがい、逃げ出さなくては。水木は暴れるのをやめ、息を潜めて様子をうかがった。するとどうだろう。物の数分で男は寝息を立て始めた。
(こいつ、寝やがった)
水木は唖然とした。狸寝入りかとも思ったが、身体に回された腕の力の抜け具合といい、規則正しい寝息といい、本物のようだ。
(今のうちに)
水木は身をよじり、男の束縛から逃れようとした。すると、男は水木を拘束する力を強めた。まるで、逃げるなとでも言うように。
(こいつ、起きてるのか……?)
水木は急に恐ろしくなった。逃げるのを諦めると、男は満足したように再び寝息を立て始めたが、水木の体から腕を放す気はないようだった。
今すぐにどうこうされる訳ではないようだ。それなら、今するべきことは少しでも体力を温存することだろう。
水木はようやく体の力を抜き、男の体温を感じながら目を閉じた。