溶けかけ。
2024-06-16 18:42:16
2185文字
Public ほぼ日刊
 

みんながしあわせになる方法

ヌが来る数年前に仲良くなった人間が、フを引きずり下ろそうとする勢力のせいで死んでしまってから一定の距離を保ち続けるフのお話。
暗いです。

「はい、どいて、どいてー」

 警察隊が物言わない骸を運んでいくのをぼんやりと眺める。

「なあ、あれってフリーナ様の……

「しっ……!滅多なこと言うんじゃないよ……!」

「ふん、ざまぁみろだ。俺達のフリーナ様に近づいた罰だ」

 聞こえてくる声はどれも嫉妬や怨嗟ばかりで耳を塞ぎたい気持ちになった。

「どうか……安らかに……

 深夜。警察隊もマシナリーもいない、血痕の残る事件現場に花を手向けた。やっとのことで紡いだ言葉は震えていなかっただろうか。





「フリーナ様。休憩しませんか?」

 香り高い紅茶と甘いケーキの香りが鼻腔を擽る。それを持ってきた彼女の声も表情も優しく甘い。

……キミは神に対して無礼だという自覚はあるかい?」

 冷酷な声で彼女に問いかける。彼女はさあ……と波が引くかのように顔を青くさせた。

「そ、そんな……つもりは……し、失礼しました……

 ごめんよ、と心の中で謝る。神の仮面を被る以上、人々に下に見られることがあってはならないのだ。例え、それが不器用な優しさや善意であっても。見る人が見れば、他人の言うことを容易く聞く神だと侮れることもあるのだから。

……ケーキや紅茶に罪はないからね。キミの無礼を許そうではないか。さあ、キミも掛けるといい。特別に共に座する栄誉を与えよう」

 ――――僕は今日も嘘をつく。




「フリーナ様、お茶の時間でございます」

 応接室の鍵を掛けた彼女は僕の前にケーキと紅茶を並べた。本来ならばケーキスタンドを並べた形式こそ神に相応しいのだが、生憎そんなに悠長にしている時間はない。

「キミも座りたまえ」

「はい……美味しいですね」

「ふふ……そうだね」

 彼女が僕の側近に選ばれて半年。
 彼女は初めの頃とは比べ物にならないくらいに立派な側近に成長した。常に気を張り、お茶会の時間になれば盗聴器を探したり、鍵をかけたり……少しでも僕が休めるように気を使ってくれている。

「随分、お茶を淹れるのが上達したんじゃないか?」

「そう言って頂けて光栄です」

 そう言うと彼女は話をする。病気の妹の話、猫の集会所、流行りの服や歌劇の話――まるで、普通の友達みたいだな、と思うだけで胸の辺りが暖かくなる。

「それで、彼ったら……

「また、デートすっぽかしたんだっけ?これで何回目だい?」

「5回目ですよ!もう……

「ふふっ……それでも許しちゃうんだからキミも大概じゃないか」

「そうなんですよねぇ……やっぱり、好きだからですかね」

「はいはい、ケーキより甘いお話、ご馳走様」

「もう!フリーナ様!からかわないでくださいよ!」

 たった、数分。それでも僕にとっては自分に戻れる貴重な時間だったのだ。




「さようなら、フリーナ様」

 初めて会った時、孤独な人だと思った。神様なのだから当然だと言われればそうなのだけど、私には迷子の子どものように見えたのだ。

「おい、何して……!」

 懐からナイフを取り出すと、喉に当てて一思いに引いた。首からは血が溢れ、急速に体温が下がって行く気がした。

「ごほっ……ざまあみろ……これ、でおまえらの……望み……はかな……わない」

 笑え――あの人のように。辛いなんて思うな。

「こいつ、イカれてる!」

 男たちが逃げていく。ああ、よかった。これであの方の秘密は守られる。

「ははっ……ごめんね……ダメなお姉ちゃんで……ごめんなさい……結婚……したかったなぁ……

 眠気を感じて目を閉じる。指輪、折角貰ったのに無駄になっちゃったなぁ、と思った。脳内を今までの幸せな光景が巡る。走馬灯って本当にあるのね。

 妹、今は亡き両親、恋人――――フリーナ様。

 すいません、もう、お茶、できないみたいです。
 けれど、あなたの弱みを握ろうとする人たちに屈しなかった私を褒めてくれたら嬉しいです。

「心配だなぁ……

 優しい貴女はきっと私の死を悼んで、自身を責めてしまうでしょうから。


 貴女の瑕疵にしかなれない私をどうか、お赦し下さい。

 



「今のキミと私は友人だと思っていたのだが?」

 ヌヴィレットに壁際に追い込まれてそんなことを言われた。
 
 一体、なんなんだ。

「そうだね。それで、キミは僕に何が言いたいんだ?」

 彼を睨みつける。僕は親密な人を作ってはいけない。それは人になった今でも――――

「君はもう人だ……恐れることなど何もない」

「何のこと?」

「君の側近のことを調べた」

 目を見開く。なぜ、彼女のことを……

「なぜ、知っているという顔だな」

「だから何?僕に同情でもしてるのかい?それこそ余計なお世話だよ」

 彼の腕から脱出してゆっくりと、でも確実に出口へと歩を進める。

「お茶、ご馳走様」

 彼が引き止めなかったことに安堵する。

 執務室を出て、人気のない路地裏で早く脈打つ心臓を押さえる。
 僕のせいで誰かを苦しめるくらいなら一人でいい。だって数百年間ずっとそうやって生きてきたのだから。

「大丈夫……僕は大丈夫」

 踏み込ませるな、一定の距離を保つんだ。
 それが一番、みんなが幸せでいられる方法なのだから。