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元プラズマ団員とトウヤ②


なまえ「気にかけて欲しい子がいるのよ」

 なんて唐突な。そう思ったのは記憶に新しい。
 数年ぶりに故郷へ帰ってきた俺を捕まえて、アララギ博士がひとつ頼まれてくれないかと持ちかけてきた。何の話だと話を促すと、詳しくは話せないんだけどねと少し困ったような顔でこう続けていた。

「面倒を見ている子がいるんだけど、これから数ヶ月くらいイッシュを離れなくちゃいけないのよ。帰って来たってことは、あなたしばらくこっちにいるんでしょう?たまにでいいから様子見てあげてくれない?ね?」
「まあ、別にいいですけど……

 そのくらいならと二つ返事で請け負ったのが2日前。
 アーティさんのところでジムの受付をしていて、チョロネコを連れているという。病弱そうな奴がいたら助けてあげてくれとの事。ジムに行けば会えると思うから。大雑把というか細かいところはあまり気にしない彼女からの情報は以上で終わりだ。ほぼ丸投げ状態でほんの少し引き受けた事を後悔し始めていた。

「会えるから!って言われてもさ……困るよなぁ」
 
 ヒウンアイスのキッチンカーの列へ並びながら、思わず愚痴をこぼす。隣で一緒に並んでいるはずのジャローダはアイスのショーケースに夢中でな様子で、生憎届いていないようだけど。
 急にジムに顔を出したところで、別にアーティさんは快く迎えてくれるだろう。彼はコミュ力の塊みたいな人だし久しぶりに帰ってきたから寄りました!なんて適当な理由で顔を出すのもいいかもしれない。

「食べたら一回行ってみるか」

 お目当てのアイスを目の前へ差し出すと、ジャローダは尻尾の先で器用に受け取りぺろりと舌を出す。これで当分は大人しくなるはず。ヒウンアイスは彼女がツタージャの時からの好物だから、帰ってきてから早く連れていけと煩かったのだ。
 それにしても、久しぶりだからか街の様子が違って見えて新鮮だ。五年ぶりくらいのヒウンの街並はなんだか知らない街のようで、うっかりしてると迷うかもなと独り言のように呟いた。確か、ヒウンジムは一番西側の通り沿い。博士がくれた最新のマップを片手に方角を確認していると、あっという間にカップの中身を空にしたジャローダが、今度は俺の手元のカップにまで手を出そうとしていた。慌てて窘め自分の胃袋へかきこんだ。

「あーあ……、そういえばアイス食べるの下手だったな」

 アイスでべたべたになっている顔を見て、彼女がジャノビーからジャローダへ進化した時の事を思い出す。
 長い尾の代わりに手が退化してしまって、大好きなアイスが持てなくて大泣きしたのだ。すごく悲しそうな顔で泣くもんだから、流石に可哀想でしばらくの間は食べさせてやっていたんだったっけ。結局すぐに尻尾の先を器用に扱えるようになったけど、カップの中に顔ごと突っ込むもんだからすぐにべたべたになってしまうのだ。そんなことを思い出して少しだけ顔が緩んだ。
 満足そうな顔でニコニコしている相棒にそろそろ行くよと一声かける。
 とりあえずは、だ。ジムへ行くにも自分の顔を舐めている彼女の口元を何とかしてからじゃないと、これではボールにも戻せやしない。この先に噴水があったはず。あそこならベンチもあるし、少し荷物を広げても問題ないだろう。
 たぶん、アイスにまみれているのは顔だけじゃないと思う。いい匂いがするから本人的にはアリなんだろうけど、トレーナー的にはすぐにでも全身洗ってしまいたいところだ。またどこかタイミングをみてしっかり綺麗にしなければいけないなと、頭の中でポケモンたちを泡まみれにする予定を立てた。
 噴水の水でタオルを濡らし、ジャローダの顔を一通り拭う。ついでだからと甘い匂いのする尻尾の先にも手を伸ばすと、さらっと躱されてしまった。ああやっぱりな。あの様子ではべったべたになっていることだろう。気持ち強めにその隠した尻尾を出せと促し続けて三分ほどで、ようやく綺麗になった。

「アイスはさ、虫ポケモンが寄ってくるの知ってるだろ?かじられて痛い思いするのはお前だよ」

 聞いているのかいないのか。拗ねてこちらを見ない相棒だが、まあ、ほおっておけばそのうちかってにご機嫌も戻るだろう。気分屋なところがあるからこういう時は構わないに限る。
 思ったよりも時間がかかってしまったが、今日の本題はジムに行ってアララギ博士の知り合いの様子をそれとなく確認することだ。

「ジャローダそろそろアーティさんとこ行くよー……ジャローダ?」

 ジャローダへ声をかけるが全く反応しない。そんなに嫌だったのか、困ったなと深く息を吐き出しかけたところで、どうやらそういう訳でもなさそうだと気付く。目線を追うと、一匹のレパルダスがベンチに座る何かに向かって擦り寄っていた。さらに目線を移すと、青白い顔でベンチに横たわる女性がひとり。彼女がレパルダスのトレーナーだろうか。
 心配そうに何度もベンチを覗き込んでいるレパルダスを、これまた心配そうに見つめるジャローダ。なるほどなと、納得してベンチへと近づいた。
 どこからどう見ても具合が悪そうで、顔は真っ青なのに額には汗が滲んでいる。流石に放っておくわけにもいかず声をかけてみることにした。

「ねえ。お姉さん大丈夫?」
「えっ、……
「顔色悪いよ。ほら」

 突然声をかけられたからか、あからさまに硬い表情をした彼女へ見てみなよと背後の噴水を指さした。
 素直に水面をのぞき込み本当だと納得したところまではよかったが、すぐに先ほどより更に表情を強張らせ大丈夫だからと言い張りだした。どう見ても平気なわけがないのだが、自分のことは放っておいてくれと繰り返す。
 恐らく俺を追い払おうと振り上げた手が、力なく宙を掻いていった。それを反射的に捕まえたが、同時にあまりの細さにビックリしてしまった。
 ジムに行くのはもうすこし先になりそうだなと思ったところで、ふとアララギ博士の言葉がよぎる。
 チョロネコを連れている病弱そうな奴。そう言っていただろうか。チョロネコがもしレパルダスに進化しているとしたら、博士の言っていた気がかりはもしかして彼女だったりしないだろうか。

……お姉さん、もしかしてアーティさんとこで受付してる?」
「えっ何、いきなり」

 見るからに怪訝な顔をした彼女の反応を見て、多分アタリだなと検討をつける。思わぬ形で尋ね人が見つかった。
 ならなおさら置いていくわけにはいかなかった。アララギ博士からは、様子を見る以外に困っていたら助けてやってくれとも言われている。
 あまり体調も良さそうに見えないし、休んでいるより早くジムへ帰した方が良さそうだなと考える。ライブキャスターで彼女の勤め先へ手短にメッセージを入れると、アーティさんからはすぐに返事が返ってきた。

「ジムまで送ってくよ」
「いや、だから」
「もう連絡したから諦めな。流石に、そんな状態で置いていったら俺が怒られるし大人しく送られて」

 押しに弱そうに見えて案外頑固なんだな。納得していないその表情に、もう連絡しちゃったからと諦めるように話を進めていく。少し思案していたようだがすぐに諦めたらしく、差し出した手が握り返された。俺の掌にすっぽり収まってしまうくらいの小さな手を掴みなおして引っ張り上げてやる。
 確かに病弱そう。あとはなんだろう、あまり人を寄せ付けないようにバリアを張ってる感じもする。それだけではないだろうが、世話焼きなアララギ博士が心配してわざわざ俺に頼んでいったのも分かる気がした。
 支えるようにしてゆっくりと歩きだせば、レパルダスが心配そうな顔でついてくる。彼女の事が心配で溜まらないのだろう。見知らぬ男に声を掛けられていたら多少反抗しそうなものだが、レパルダスはきっと俺に任せる方が安全だと判断したんだろう。とても賢い子だなと思った。
 
「よく懐いてるな」
「レパルダス?もうずっと一緒なの」

 先ほどまで拒否を前面に出していた彼女の表情が、レパルダスを見るなり優しいものに変化する。あれは大切なものを見る時の目だ。そんな顔もできるんだと少しだけ見入ってしまい、慌てて顔を逸らす。
 ジムに付くと、先ほど連絡を入れたからかアーティさんが入口で待っていた。彼女を引き渡し、軽く挨拶を交わしながらジムの中をぐるりと見渡す。俺が挑戦したのは五年も前の事だから内装もガラッと変わっていて、相変わらずぶっ飛んだジムだなあと圧倒されてしまった。だけどアーティさんは相変わらず明るい人で、変わらない様子に安心感を感じる。

「アーティさん。あの、彼は?」
「トウヤ君?君と同じ年くらいじゃないかなあ。あぁ……確かキミ、カノコ出身じゃなかったっけ?」

 なんてことない近状報告を済ませたあたりで、連れ帰ってきた例の彼女がおずおずと口を挟んできた。こいつは誰なんだと俺のことを見ている目は先ほど広場でも見た気がする。
 見ず知らずの、先ほど会ったばかりの人間が自分の職場で馴染んでいたら確かにそうなるだろう。あまりいい第一印象では無さそうだなと他人事のように感じていると、アーティさんによるかなり雑な他己紹介が聞こえてきた。出身地以外にもっといろいろあるだろうに。不本意ながらこれでもイッシュではそこそこ有名だと思うんだけど、と考えてやっぱりこれでいいかと思い直す。英雄だなんて紹介されても別に嬉しくはなかった。

「彼女はなまえ 。アララギ博士の紹介で、五年前からうちで働いてもらってるんだ」
「改めまして、カノコ出身のトウヤです。だいぶ顔色戻ったんじゃない?」

 少なくとも、彼女の前ではカノコ出身のトウヤでいい。そんな気がした。