Momosei808
2024-06-16 14:23:04
3525文字
Public SD(リョ花)
 

ピアスの約束

ワンライ:リョ花×放課後×おそろい

その日の放課後の部活の時間。
長いかったるい授業から解放されて、部室で着替えて体育館にやって来たリョータは、何気に周囲に目を巡らした。
その途端に視界に入ってくる、誰よりも鮮やかな色彩。
真っ赤なリーゼントの男が、何やら得意げに胸を反らしていた。
よくよく見ると、赤い髪の男の周りに、人垣が出来ている。
いつもよりざわざわと騒がしい体育館の様子に、リョータは友人の安田の元にやって来て、聞いた。
「どーした? 何か騒がしいな」
「リョータ! 見てみなよ、アレ」
「アレ?」
安田が指差した方を見て、リョータは目を見開いた。

真っ赤なリーゼントの男──後輩の、桜木花道。
彼の左耳に、銀色の光が輝いていた。
リョータのつけているそれと似ているようで少し違う、やたらギラギラと光るようなそれ。

……ピアス?」

思わず呆然とした声を上げると、傍らの安田も頷いた。
「今日、部室に来たと思ったら、『どうよ、コレ!』って得意げに見せびらかしてたよ~」
続けて安田は何事かをリョータに語っていたが、既にリョータの耳には届いていなかった。

はなみちが、ピアス。
しかも、左耳に。

別に、元ヤンキーで今でも見た目は完全なヤンキーの花道が、ピアスをしようがどうということは無い。
それでも、今見た情報を整理するために、リョータの頭はフル回転していた。

「よし、全員揃っているな! 集合!!」

そうこうしているうちに、キャプテンの赤木がやって来て、部員一同は一様に、顔と気を引き締めて整列した。
リョータも整列に倣いながら、横目でじっ、と花道の方を見つめていた。

*******

「お前、どーしたの、コレ」
埒が明かないと思ったリョータは、練習の休憩時間に、そっと花道に詰め寄った。
徐々に蒸し暑さを増してきた気候のなか、体育館の床付近の、小さな送風口のような窓は、恰好の涼み場だ。
床近くの開けた窓のそばに座っていた花道のすぐ左隣に、リョータは腰を下ろした。
すると花道は、きょとんと幼げな表情を見せた。
リョータよりも遥かにガタイが良い癖に、リーゼントの下の顔立ちは時折幼く年相応に見える。
花道に微笑みながら、リョータは指先を伸ばした。
つん、と花道の左耳の耳たぶに、そっと触れる。
「んひっ りょーちんっ!?」
珍妙な声を上げて身を揺らした花道を見遣って、リョータはなおも尋ねた。
「昨日まで、ピアスなんてつけてなかったよな? いつ開けたんだよ」
──しかもそんな、俺と同じ、左耳だけ、なんて。
そのことは口に出さず、リョータは最初に浮かんだ疑問を当人にぶつけてみた。
花道はリョータを見ると、少しばかり躊躇いがちに口を開いた。
「クラスの、女子が」
「女子が? 女の子から開けて貰ったのかよ!?」
「ちげーっての!! クラスの女子が、何かの雑貨、学校に持って来てて。刺青とか、ピアスの、シールみてーなヤツ」
「あ~~~。本当に入れるんじゃなくて、見せかけだけするタトゥーシールな」
リョータ自身、そういう類のものはファッション雑誌の広告欄に見かけたことがあった。
「んで、ピアスのシール、良さげだったから、つけて貰ったんだよ」
続いた花道の言葉に、リョータは目を見張った。
ふらふらと、先ほど触れた花道の左耳に、再び手を伸ばす。
成程、ふっくらとした耳たぶの裏側には、留め金が無い。
耳たぶの表側だけに、ぽこんと銀色に輝く粒が、付いていた。

リョータは、花道の耳たぶをふにふにと弄りながら聞いた。
「にしても、お前さぁ、シールなんだから、剥がれるんじゃねーの?」
「ぬ……、今のところ大丈夫だぞ」
「しかも、クラスの女子にな~~、つけて貰ったんだよな~?」
「ふぬ……
揶揄するように言うと、途端に花道は顔を赤らめた。
先ほどまで、何の気なしに女子に密着され、ピアスのシールをつけて貰ったという事実を、今更のように思い出したらしい。
その様子が、何故だか、酷く面白くない。
腹の底から湧き上がる不快感のままに、リョータは花道の耳たぶからようやっと手を離した。
立ち上がりながら、傍らの図体のデカい後輩に、言ってやる。
「晴子ちゃんに、言いつけちまおうかな~~~?」
意地の悪い笑みを湛えて宣うと、花道はすぐさまリョータは捕まえようとした。
「ふぬーーーーっ!! リョーちんの意地悪野郎!!!」
そう叫んで手を伸ばしてきたので、リョータはすかさず花道の元から逃げ出した。
花道も即座に立ち上がり、長い脚をバタバタと動かして、リョータを追いかけ始めた。

そうして、じゃれ合いのような追いかけっこをしているうちに、休憩時間が終わり、地区予選も佳境を迎えたバスケ部の練習が再開されたのだった。

*******

「無い……
あれから部活も終わり、居残り練習も終わって、一年生は体育館にモップ掛けをする時間だ。
今日掃除当番だった花道は、掃除用のモップをかけながら丹念に体育館の床を見つめては、そのたびに深い溜息を吐いた。

今、花道の左耳には、件の銀色のピアスシールはついていない。
リョータの懸念通りに、激しい部活の最中のどこかのタイミングで剥がれて、落としてしまったらしい。
今日一日つけていた左耳の空白を恋しがるように、花道は自分の耳たぶを撫ぜた。

「花道~、まだ終わらねーの?」
体育館の入り口から声をかけてきたのは、リョータだった。
既に制服への着替えを終えて、花道を待っているのは、ここ最近ずっと、一緒に帰宅しているためだ。
リョータは、大きな背中に哀愁を背負っている後輩の様子に気付き、花道の傍に歩み寄った。
「リョーちん……
凹んでいるらしい声にリョータは、おや、と眉を寄せる。
大きな背中を撫でてやると、花道は訥々と話し始めた。
「ピアス……、せっかく、つけてもらったのに」
「うん」
「いつの間にか……、落としちまった」
……うん」
「すげー大事に、したかった、のに」
………ん」
相槌を打ってやりながら、リョータは内心、酷く面白くなかった。

花道、てめー。
晴子ちゃんという者がありながら、女子から貰ったモンがそんな大切かよ?
いや、人から貰ったモンを大切にするのは、イイことだと思うけどよ??
そんな凹むこと無えんじゃねーの???

そんなことを、保ったポーカーフェイスの裏側で悶々と考えていると、次の瞬間に。

「リョーちんと、ピアス、お揃いになると思ったのに」

花道が言ったその言葉に、リョータは息を飲んだ。

(え? え??? 花道、お前、オンナノコから貰ったモン無くしたから凹んでるんじゃなくて、オレとお揃いのつもりのピアス、無くしたから凹んでるの??? ハ? ……ハぁ!?!?!?)

瞬時にぐるぐると思考が巡る。
その傍らで、花道の爆弾発言は、更に続く。
「ずっと、リョーちんのピアス、かっけーって思ってて。でもピアスって高えよな、って思ってたら、シールでもくっつけられる、って聞いたんだ。んで、リョーちんとお揃いになるように、左耳だけにつけてもらった。リョーちんのと似た感じの、銀色のヤツ」
………………
リョータは、花道の告白を既に言葉も無く聞いていた。
花道のことを、可愛い後輩だと思ってはいたが。まさか。
これほどまでに懐かれているとは。
揃いのピアスをつけたいという願望を抱かれるほどに。

リョータは、思わず赤く染まった自分の顔を覆った。

「リョーちんがおそろい、キモチワリーってんなら、やめる
言いかけた花道に、リョータは食い気味で返した。
「キモいなんて言ってねーだろ!! あ~~、もう!! 分かった!! いつか、オレと揃いのピアス、お前に買ってやる!!!」
真っ赤な顔のまま叫ぶように言うと、花道は目を輝かせた。
「ホントか!? リョーちんっ!!」
「あー、もう、マジだよ! 良いか、花道。それまで、他の誰にもピアス、開けさせんじゃねーぞ? オレが全部、やってやるから」
リョータが言い放った途端、目の前が真っ黒に染まった。
むぎゅむぎゅと押し付けられる温かい感触と、汗臭さ。
不快な感じがしないそれに、漸くリョータは、自分が花道に抱きつかれたと悟った。
「リョーちん、約束だぞ!? お揃いのピアス、つけてくれよな!!!」
「あー、分かった、分かった!! 分かったから、離せコラ!!!」

他に誰も居ない体育館でじゃれ合うようにしながら、リョータはいずれ花道の左耳に開けるピアスを何にするか、どのタイミングで開けてやるかに思いを馳せるのだった。


<終>