夜明 奈央
2024-06-16 13:46:07
1063文字
Public 中太SS
 

中太 酔ってプロポーズ失敗する中也の話

2024年6月3日初出

「だざい、けっこんして?」
 これは酔った中也の最近の口癖だ。可愛らしくこてんと小首を傾げるのも酒精で真っ赤に染まった顔も潤んだ瞳も悪くはないが、それとこれとは話が別である。
「はいはい、気が向いたらね」
 おざなりに返事をして目の前の酒盃を乾す。
 決して結婚したくないわけではない。どころか、ここで了承しないのはむしろ中也のためである。気障で格好つけでロマンチストの中也はこんなプロポーズ絶対に認めないだろう。
 何ヶ月も前から立派な石付きの指輪を注文し、来月にはわざわざポートマフィアと無関係のホテルまで押さえているのを知っている。それら全部に気づかない振りをしてあげているのに、当の本人は準備を始めた辺りからずっとこれだ。サプライズのつもりがあるんだかないんだかわかりゃしない。
「なーあー、だめ? これ、こんやくゆびわ」
 私の左手を取って何やら手遊びに興じているなと思っていたら、いつの間にか薬指に真っ赤なリボンが巻かれていた。クッキーの包装に使われていたものだ。
「私がこんな安物で頷くわけないでしょぉ? 出直しておいで」
 綺麗に蝶々結びされたリボンを解いてゴミ箱に放り込む。中也は残念そうにそれをしばらく見つめた後、立ち上がって自室へと消えていった。いい加減相手をするのも面倒になってきたし、そろそろ寝てほしいのだが。
 気分直しに酒ではなくクッキーを摘んでいると、中也が戻ってきて「だざい」と呼びかけた。
「これなら?」
 手の中の物を恭しく差し出されて、目を瞠らずにはいられなかった。中也の部屋のクローゼット、引き出しの下から2段目。数日前から隠すように置かれていたベロア生地の小さな箱。中身なんて、見なくてもわかる。
「それは流石にやめといた方がいいんじゃない?」
 まだギリギリ見なかった振りができる気がしてやんわりとお断りしたが、酔った中也には伝わらなかったらしい。
 私の左手を取って、丁寧に薬指に金属の指輪を嵌められる。
「貰ってくれねぇの?」
「貰うけどさぁ!」
 中也は私が受け取ったのが満足なようで、ご満悦でにこにこと笑っている。今までの我慢が完全に無駄になった瞬間だった。こんなことなら見つけたその日にでも揶揄って莫迦にしてやれば良かった。
「もう! 貰ったからには返さないからね!」
「あたりまえだろ」
 上機嫌で顔中にキスを降らせてくるのを拒むのも面倒で、されるがままに受け入れることにした。

 翌朝、私の左手に指輪が嵌っているのを見た中也が卒倒しかけたのはいうまでもない。


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