カッパ巻き大車輪
2024-05-24 21:35:03
1422文字
Public 小説
 

スネ6♀の小説

苛立ちの中ですり減っていくものを一緒にいることで満たしてあげたい621ちゃんと、最後は上手に受け入れられた閣下の話です。



訪ねて来た少女が、先に寝ている筈だ。
そう頭の片隅に留めていた事で、何とか足音を抑えられた。
ベッドルームを素通りし、バスルームへと足早に身を滑り込ませる。
洗面台に手を着き、押さえ込んでいた息を吐き出した。
目の奥に微かな痛みを覚え、強く瞼を閉じて深呼吸する。
ゆっくりと目を開けると、酷く顔色の悪い男が鏡に映っていた。
———まるで、人でも殺してきたかのようだ。
自嘲気味に口の端を上げてみても、少しも心は晴れず、再び瞼を閉じる。
今日執り行われた上役を交えた会合の場で、交わされた全てが不快だった。
現状への見積もりの甘さも、それを指摘したところで曖昧に躱すだけのお決まりな責任逃れも、現場を見下す随分と舐めた態度も、全て。
それでも、従わざるを得ない立場が、その場凌ぎの『提案』という名のふざけた『命令』に、張り付けられた笑みで諾と返す。
その瞬間、何かが擦り減っていき、虚ろになるのが分かった。
分かったところで、どうしようもない。
「スネイル」
小さく声を掛けられて、はっとして目を開ける。
鏡には、ゆったりとしたワンピースから伸びた白い足が映り込んでいた。
いつの間に起きたのだろう、僅かに体をずらすと、バスルームの入り口に立つレイヴンと鏡越しに目が合った。
少女はこちらが何も返さないことを不思議に思ったのか、近付こうと素足で一歩前に歩み出た。
「来るな」
そう言ってから、自分でも驚く程冷たく、鋭い声に動揺する。
足を止めたレイヴンが、小さく息を呑むのが分かった。
……ベッドに、戻っていなさい」
何か弁明しようとして、結局碌な言い訳も浮かばず、そう呟くしかない。
酷い顔をしている自覚があった。
見られたくなどなかったし、顔を合わせたところで、気の利いた対応が出来る気もしなかった。
レイヴンの視線から逃れるように、鏡から目を逸らす。
僅かに水滴の付いた洗面台を見つめていると、背中に小さな衝撃があった。
振り返るより先に、腹部に白く細い腕が回される。
先程まで寝ていただろう少女から、じわりと伝わる体温は高い。
小さな体を目一杯に擦り寄せる様は、傷を負い牙を剥く獣を必死に宥めようとしているかのようだ。
気が付くと、抱えていた虚ろな感覚は消え失せていた。
長く息を吐き、腹部に回された小さな手に触れる。
柔く解いて振り向くと、あれだけ強く拒絶されたにも関わらず、恐れを知らない少女は果敢に腕の中に飛び込んできた。
文句の一つも言わずに、力一杯に抱きしめられてしまえば、精一杯優しく抱きしめ返すしかない。
少女の白い髪に頬を寄せると、同じシャンプーを使っている筈なのに、離れ難い程に心地良い香りがした。
暫くの後、レイヴンはどんな顔でいるのだろうと体を離す。
呆れられてしまっているかと思ったが、そこには、いつも通りの甘い微笑みがあった。
……スネイルがシャワーから出るまで、起きて待っててもいい?」
「いえ、先に寝て……
首を傾げ見上げてくるレイヴンに答えようとして、言葉を止める。
……そうですね、待っていてください」
短く逡巡した後そう伝えると、レイヴンは嬉しそうに笑って背伸びをした。
触れるだけの口付けをして、少女はベッドルームへと戻っていく。
照明の落ちた薄闇の中に溶ける様に消えていく小さな後ろ姿を見送り、洗面台へと向き直る。
鏡には同じ男が映っていたが、先程よりも幾分顔色が良いようだった。