カッパ巻き大車輪
2024-01-26 19:03:37
1704文字
Public 小説
 

スネ6♀の小説

動くぬいぐるみの話です。



キラキラした瞳で食い入るようにこちらの手元を見つめるレイヴンを前に、まさかそんなに食い付くとは予想外で思わず自分の手の中にある物を再確認した。
企業ロゴをモチーフにデザインされたアーキバスのマスコットキャラ、アーキ坊やのぬいぐるみだ。
素材が刷新されたとかで記念にと職員に一つずつ配布されたそれの見ていて気の抜ける緩い表情は、少女の笑顔に通ずるものがあるかもしれない。
そっと差し出すと、レイヴンは大きく見開いた瞳でこちらの顔と手元を忙しく見た。
「スネイル、こ、これ……くれるの⁉︎」
「ええ、どうぞ」
ありがとう!と感激した様子で受け取る姿に、ぬいぐるみ一つがそこまで嬉しいだろうかと渡しておいて思ったが、ぎゅうぎゅう抱きしめて頬擦りする少女の姿は見ていて悪い気はしない。
かわいい、と笑うレイヴンに満足して自分も小さく笑ったのだった。
そ の 時 は 。

……
ある時夜中に目が覚めて、いつもなら自身の腕の中で眠るレイヴンがそこに居らず不思議に思って横を見ると、すぐ側で寝てはいるがこちらに背を向けた状態で何かを抱え込んで小さく丸まっている姿が見えた。
上半身を起こして覗き込むと少女が大事そうに抱えているのは先日贈ったぬいぐるみで、柔らかなそれに顔を埋めて幸せそうに眠っている。
確かに枕元にいたのは覚えている。
一人じゃ寂しいだろうから抱いて寝てあげるのだと譲らないレイヴンに、せめて枕元でいいだろうと実に下らない押し問答があった為だ。
渋々とぬいぐるみを枕元に添えて、その後は大人しくこちらの腕の中に収まった少女に満足し眠りについた筈だった。
いつの間にかすっかりレイヴンを独占していたらしいぬいぐるみの、少女の腕の隙間から覗く間の抜けた笑みが、この時ばかりはまるでこちらを嘲笑っているかのように感じられて思わず眉間に皺が寄る。
広報がこだわってリニューアルしたと豪語していた触り心地の良い布地を容赦なく鷲掴み、レイヴンの腕から抜き取ると手加減せずに放り投げた。
広報の言に嘘偽りは無かったらしく、放物線を描いた柔らかな体は壁に激突しても見事に衝撃を吸収し、音もなく床に転がった。
……?、んー?」
眠ったままだが、急に腕の中の物を取り上げられて流石に違和感を覚えたらしいレイヴンは、探るようにシーツに指を這わせ、やがて寝返りを打ちこちらを向いた。
尚も彷徨う指先を掴むと、お目当ての物を見つけたとばかりに微笑んで体を寄せてきたレイヴンは、再びこちらの腕の中に収まった。
それに優越感にも似た充足を得て、今度は逃げられないようにとしっかり少女を抱え込み眠りについた。

ないっ、いない!」
レイヴンの慌てた声に起こされ目を開けると、ベッドの上でキョロキョロと何かを探す少女の姿が目に入った。
……何がいないんです?」
「ぬいぐるみ!どうしようスネイルどっかいっちゃった!」
おろおろと上擦った声で訴えるレイヴンに昨夜のことを思い出して横になったまま指先だけで位置を伝えると、遥か部屋の片隅に転がる哀れなぬいぐるみに気付いたレイヴンは黙り込んでしまった。
ぬいぐるみをじっと見つめて固まっている少女に、昨夜の大人気ない自らの所業を何と説明したものかと考えあぐねていると、徐ろにこちらを向いたレイヴンはまるでぬいぐるみから声を潜めるように耳元に顔を寄せると囁いた。
……あそこまで自分で歩いて行ったの?」
予想外の言葉に今度はこちらが固まる番となり、思わずじっと少女の顔を見つめる。
それをどう解釈したのか、レイヴンは口元に手を当てると愕然とした表情を浮かべた。
まさか目の前にいる男が腹立ち紛れにぬいぐるみを投げたとは思いもよらなかったのだろう少女の出した突拍子もない結論に、その厚い信頼を喜ぶべきなのか、それを裏切った自分を省みるべきなのか複雑な心境になり苦笑する。
横目で気付かれないように彼方のぬいぐるみを見遣ると、なす術なく床に転がった無力な姿に昨日の苛立ちはすっかり消え失せ、もう一眠りする為に傍らで未だ驚愕に固まっているレイヴンを機嫌良く引き寄せた。