カッパ巻き大車輪
2023-11-02 22:03:16
3928文字
Public 小説
 

スネ6♀の小説

平和じゃない時空で地獄を繰り返す話。色々突っ込むと自壊してしまうのが妥当な末路なのでコーラルをイッキ後に雰囲気で読んでもろて…。



目覚めたそこは見覚えのない部屋だった。
視線を巡らせるとベッドの上らしく、警戒しながらゆっくりと体を起こす。
病院だろうか。
しかしなぜそんな所にいるのか思い出せなかった。
不意に扉が開き思わず身構える。
入って来たのは長身の男だ。
「あぁ目が覚めたのですね」
知らない男だった。
安心したというように呟いた男はこちらの戸惑う様を気にする事なく備え付けられた椅子に腰掛ける。
男はスネイルと名乗った。

ここは星外企業アーキバスが保有する医療施設で聞けば自分はACを用いた作戦行動中に撃墜され重傷を負ってここに運び込まれたらしい。
正確には企業の所属ではなく発行された依頼を受けて参加していた独立傭兵だという。
何一つピンとこない様子の私に無理に思い出そうとしなくて良いとスネイルは告げた。
「貴女は大怪我を負って随分長く眠っていたのですよ。記憶が混乱するのも無理はない。今は体を休める事です」
それからいくつかの検査を受けつつ病室で過ごす日々を送る間、スネイルは随分とまめに様子を見に来てくれた。
記憶もなく会話が途切れがちな私にも呆れることなく相手をしてくれる。
どうしてそんなに親切にしてくれるのか不思議になって尋ねると暫しの逡巡の後に記憶を失くす以前私達は交際していたのだと告げられた。
「こうさい」
「記憶の無い貴女を余計に混乱させると思い黙っているつもりでした」
「恋人なの?」
そうなります」
小さく笑った彼はまだ知らない男の顔をしていた。

治療や検査を重ねながら過ごすうちに夢を見るようになった。
夢の中の自分は冷たい床に伏してぼんやりと虚空を見つめている。
視界に入った手足は打撲痕に塗れ全身を鈍い痛みが満たしていた。
ふとすぐ傍に人の気配を感じのろのろと目線を上げる。
男がいた。逆光で顔は見えない。
男の手に握られた黒く光る警棒が振り上げられるのを見つめながら縋るように口にした名前があった。
それは音にならず空気に溶けた。

「っ……!」
目覚めると心臓は早鐘を突くように脈打っていた。
本当に夢なのだろうか。
記憶がない事も相待って不安が高まる。
失った記憶が戻りつつあるのか、だとしたらあの恐ろしい光景は何なのか。
思い出そうとすると頭に靄が掛かり記憶の輪郭は急速にぼやけてしまった。

「顔色が優れませんね」
今日も訪ねてきてくれたスネイルは顔を見るなり心配そうに言葉を掛けてくれた。
「検査が負担ですか?調整するように指示を
「ううん、大丈夫」
未だ自身に関することで悪夢以外の手掛かりが何もない中、いつも気に掛けてもらえる事が嬉しかった。
恋人、の自覚は正直まだない。
それでも自然と頼りにし、依存していった。


次に見た夢はまさに悪夢だった。
冷たい処置台の上、男に組み敷かれ泣き叫ぶ自分がいた。
涙でぼやけた視界に映る男の顔はよく見えない。
望まぬ熱に身を苛まれながら助けを乞うように呼んだ名前があった。
それは自身の悲鳴に掻き消された。

「っはぁはっ
飛び起きて自分自身をきつく抱きしめる。
何度もただの夢だと自分に言い聞かせても震えは止まらず涙が溢れた。
ただ心細くて一人でいたくない一心で思わず病室を飛び出す。
足元の非常灯のみが灯る通路は薄暗く進むことを尻込みさせた。
それでも立ち止まっているとあの悪夢が追いかけてくるようで当てもなく歩き出す。
似たような風景をどれだけ進んでも誰にも会えず、まるで出口のない迷路に迷い込んだような心持ちになり耐え切れず座り込んでしまう。
だれか
誰かの名前を呼びたいのに思い出せない。
どうして誰の名前も呼べないのだろう。
いつも自分を気に掛けて慈しんでくれる誰かが、確かにいたはずなのに。

どれくらいそうしていただろう。
床を蹴る硬質な音が近付いてくることに気付き顔を上げる。
そこには息を乱したスネイルの姿があり彼が何か口を開くより先にその胸に飛び込んでいた。
少しもよろけずに受け止めた男は困惑した様子でそれでも抱きしめ返してくれる。
病室にいないと連絡がありました」
何があったのかは聞かずただ寄り添ってくれる彼に今までのことを打ち明ける。
恐ろしい夢を見たこと。それが夢か現実かわからず不安で仕方がないこと。
一人でいたくないこと。
「夢、ですか
何か思案している様子のスネイルは涙の跡を拭いながら「それなら、」と目線を合わせてくる。
「それなら私の部屋に来ますか」
いいの?」
「貴女が良ければ」
元々恋人という関係だったと告げる相手からの誘いに含まれる意味を解せない程子供ではない。
それでも身を包む暖かさを手放せず彼の誘いを受けた。

通された部屋はやはり記憶にないものだった。
肩を抱かれたままベッドまで導かれる。
並んで横たわると抱き寄せられ穏やかに背を撫でられた。
その感触は不思議と懐かしさを感じさせた。
「前にもこんなことがあった気がする
そう呟くとスネイルは僅かに驚いた表情を浮かべた。
ええ、以前も怖い夢を見たと言って泣く貴女にこうした事があります」
回された腕は温かく少しずつ瞼が降りてくる。
「安心して眠りなさい」
ただ寄り添って温もりを分けてくれる彼に思わず縋り付く。
私が呼びたかった名前はこの人なのだろうか。
そうだったら良いのにと願ううちにやがて眠りに落ちていった。
悪夢は見なかった。


全ての検査を終えてこれからどうするかとなった時、スネイルからはこのままここでそのACの腕を活かさないかと打診があった。
検査と並行して行われていた簡単なACの操縦テストでは記憶の有無に関係なく体が覚えているらしい技術が見られこのまま訓練すればすぐに全ての感覚を取り戻すだろうとの事だった。

ふと目覚めると未だ夜明け前なのか窓の向こうは薄暗く静まり返っていた。
背中からスネイルの静かな呼吸が聞こえ、後ろから回された腕をそっと抜け出し衣服を整えベッドを降りた。

外の様子が窺える通路まで出ると夜のうちに雨が降ったのか地面が濡れていた。
ACの操作技術は取り戻せても記憶は取り戻せないままだ。
それでも支えてくれる人がいる場所でその想いに応えたいと思った。
やがて空は夜明けを迎え朝日が昇る。
暗闇を裂いて差す光が濡れた地面に反射し一際強く目を眩ませた。


光。
強い、光が。

閃光。轟音。衝撃。
自分を呼ぶ声。途切れる通信。
繰り返し呼んだ名前。
呼びたかった名前。
それは、

「いないと思えばこんなところで何をしているのですか」
心臓が波打つ。
視線を落としたまま僅かに顔を向けると視界の端に自分を探しに来たであろうスネイルが立っていた。
あんなに温かかったのに、まるで知らない男に見えた。
床を見つめ黙していると様子が違う事に気付いたスネイルが歩み寄り気遣うように手を伸ばす。
本能的に震えた体にぴたりと手を止めた男が一言も発せずこちらを見ているのが気配でわかる。
ゆっくりと視線を上げる。
緩く着崩されたシャツの胸元から感情のない口元を辿って目と目が合う。
振り下ろされる警棒の先に、そして暴かれる屈辱の中で見た冷え切った双眸が見下ろしていた。

がっ!」
後ずさるより早くスネイルの手が喉元を掴んだ。
そろそろだとは思っていました」
冷淡な声色と共に容赦なく喉元を締め上げられ反射的に涙が滲む。
「痛みで従わせても快楽で屈服させても似たような破綻がすぐに訪れる。ですから記憶を操作し情で絡めとる方法にシフトしましたが今回はなかなか上手く行っていた。結果こそ前回と同じですが有意なものがありましたね。検証の価値がありそうだ」
「っ前と、おなじっ?」
「前回も悪夢を見ると騒いだ後に貴女は全てを思い出した前例があるお陰で監視は楽ですね」
バラバラになっていた記憶のピースが繋がっていく。
全て仕組まれていて、全てがこの男の掌の上だったのだ。
酸欠に喘ぎ弱まる抵抗にスネイルは今気付いたとでもいう様に拘束を解いた。
膝から崩れ落ち激しく咳き込みながらのろのろと男を仰ぎ見る。
「かはっ、はっ……なんで……
「上は独立傭兵レイヴンの懐柔に随分拘っていましてね。その能力を余す事なく利用する為にも人格を破壊せず自らの意思で服従するまで教育せよと言って聞かないのです」
……ウォルターは、どこ?」
探し続けようやく取り戻した名前を縋るように呼ぶ。

「二度と会うことはありませんよ」

「ぁ……
投げつけられた残酷な言葉を受け入れられず座り込んだまま後ずさる。
震える脚は力が入らずどこにも行けない。
逃げられない。知っている。
逃げられなかった自分を既に知っていた。
いつの間にか自身の前に膝をついたスネイルは手つきだけは優しく項垂れた顔に掛かる髪に触れた。
「バスキュラープラントも完成しコーラルの星外移送も目処が立った。時間だけはいくらでもありますから教育のやり直しといきましょう」
そのまま髪を鷲掴みにされ強く引き寄せられる。
「また忙しくなる」
うんざりと吐き捨てた男にそのまま強く床に叩きつけられ意識はそこで途絶えた。




目覚めたそこは見覚えのない部屋だった。
視線を巡らせるとベッドの上らしく、警戒しながらゆっくりと体を起こす。
病院だろうか。
しかしなぜそんな所にいるのか思い出せなかった。
不意に扉が開き思わず身構える。
入って来たのは長身の男だ。
「あぁ目が覚めたのですね」

知らない男だった。