いまち
2024-06-16 10:38:22
4946文字
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浮かれ沸き立つ恋心

勝手に新婚気分に浸るリリアちゃん。注釈まみれだし8割は勘違い。

 しっちゃかめっちゃかになりながらもリリアは己の内で煮え滾る愛を伝え、それを受け止められた。
 けれどそれは互いの思い違いにより、リリアの思いは意中の娘にはまるで伝わっていなかった。そんなことに気付かぬまま夜は明け、鳥たちは忙しない一日の始まりを告げている。

 一夜明け、リリアは浮かれていた。それこそ地から足がやや浮くくらい浮かれていた。けれど、そんな浮かれ模様も隊員たちを前にすればなりは潜める。思春期をこじらせようが、右大将の肩書きは伊達ではないのだ。
 そしてリリアは皆の朝食をこさえる娘を横目に朝礼に取り掛かった。隊員たちと今日の行方不明者の捜索ルートを取り、夜の番をとっていた者たちの聞き取りを行い、黒鱗城・野ばら城からの伝令を確認する。一通り済めば後は食事支度が整うまで間が空く。ある者は斥候に出掛け、ある者は装備の点検を行い、ある者は二度寝を決めようとしてバウルにどつかれていた。

 そんな慌ただしくも各々が支度にかかる中、隊の長であるリリアがすることといえば――
「何作ってんだ?」
「麦とお野菜のスープとお肉を焼いたものです。さっき窯を組んでもらったのでパンもありますよ」
……ふぅん」
 できたてほやほやの恋人(※違)へのちょっかいであった。
 生まれて初めてできた恋人とぺたぺたいちゃつきたいというほの甘い欲求である。その辺の岩っころで組んだ窯でせっせこ料理する娘をじっと見ては「これが俺のカミさん……(※勘違い)」と夢に浸り、忙しなく娘の周りをうろついたりと非常に落ち着きなくしていた。
 当の娘といえば、なぜリリアがこんな奇行に走っているのか知る由もなく、やたらめったら寄ってくるリリアを怪訝に思った。リリアに隊の一員として認められたのに(※誤)、まだアヤシイと思われているのだろうか。でもなんで? と、なぜなぜなぁにと疑問を頭の中でぐるぐるし、ぐつぐつ煮える鍋をこんこんかき混ぜながらどういうこっちゃと考えた。
 そうするうちに娘ははたと気が付いた。もしやリリアは腹を空かせているのではなかろうか、と。気付きを得た(※はずれ)娘は顔を上げ、忙しなくうろつくリリアに目を向けた。
「リリアさん、お腹空いたんですか?」
「別に?」
 まじで腹の空いていないリリアは「こいつ何言ってんだ?」と、うっすら疑問を抱きながら首を捻った。けれど、リリアが腹を空かせているものだとすっかり思い込んでいる娘は不思議そうにするリリアの顔を不機嫌なものととったらしい。ちょぴっとばかり焦った顔で鍋とリリアとを交互に見た。
「えと、もう少しで出来ますので。もうちょっと待っててくださいね!」
……じゃねぇよ」
 娘の勘違いにちょぴっとばかり拗ねたリリアはぷいっと唇を尖らせた。めんどくさい構ってちゃんムーブである。
 より機嫌を悪くしたリリアに娘はさらに焦りを覚えた。しかしそこは強いママみを持つ娘である。リリアの態度からさほど深刻でもないのではと読み取った娘はしょうがないなぁという顔をし、窯から焼きあがったパンをひとつ取り出すと、物欲しそうな目をしたリリアに差し出した。
「もー、ひとつだけですよ? 材料がないから、あまり焼けないんですから」
「は? え?」
 いたずらっぽく笑う娘にリリアはぽかんとしつつも胸はきゅんと高鳴った。
 これが噂に聞く愛する者への給餌というヤツなのだろうか。愛する者へ食料を分け与え、それを手ずから食べさせるというアレなのか――!? かような具合にまたも見事に勘違いをしてしまったリリアは出されたパンを前に狼狽えた。およおよキョドキョド狼狽えた。

 そりゃあ確かに自分たちは恋人であり、そういったことをしても問題ない。けれど、昨日の今日で交際を始めた身でそこまでしてもいいのだろうか。もう少し段階というものがあるのではなかろうか。そんな疑問がリリアの色恋に茹った頭の中を駆け巡る。幼き日に失恋したきり、恋愛のれの字もなく過ごしてきたリリアに恋路の歩み方なぞ知るわけもなく、差し出されたパンを前にリリアは固まった。ピキピキ音を立てて固まった。

 一方娘ははてと首を捻った。腹が減っているのだろうとよかれと思いパンを与えようとしているのに、当のリリアは青い顔を引きつらせ、その上歯をぎりぎり噛みしめ、そらもうおっかねぇ面をしているのだ。大抵のことでは動じない娘であるが、リリアのあまりの剣幕に判断を誤ってしまったのかとすぅっと背筋を凍えさせた。
 しかし、よろしくない気配を感じるも、原因が分からず娘は困った。大変に困った。そうして困りながらもリリアの不機嫌の理由を思いついた。もしかして、雑に出したのがいけなかったのだろうか、皿に乗せればよかったのだろうか。と。そうと考え、いやでもと娘は思い直す。ナイトレイブンカレッジに通っていた時のリリアも、今のリリアも極度に衛生面に気を使っている様子はなかった。なら、そうではないなら何故なのか? 理由が分からず困り果てながら娘は考えた。

 ――大人しい顔して大胆なことしやがる。ちったぁ驚いたがここで引いたら男が廃るというもの――リリアは意を決し、そのパンにかぶりついた。

 ――あ、もしかしてパンだけじゃ足りないって不満なのかも。じゃあ、お肉をちょっと挟んだらいいかな。リリアさんは隊長さんだし、つまみ食いもおまけしてもいいよね――そんな思い違いをした娘はパンを引っ込めようと腕を引いた。

 それぞれが考え、行動に移したのはほぼ同時だった。

「ぴょえっ!?」
 けれど、リリアの瞬発力は娘の緩慢な動作を上回った。平時さえ俊敏なそれは下心と照れを乗せマシマシのマシの爆速だった。娘の手からパンを食らい取ったリリアは無事恋人からの給餌(※勘違い)を受けることに成功したのだ。
「んめぇ」
 頬をパンパンにし、もきゅもきゅとパンを咀嚼するリリアを娘は唖然としながら眺めていた。
 突然のリリアの襲撃(※誤解)に驚いた娘であるが、遅れて恐怖が足元をくすぐった。なんせ、リリアの勢いはすさまじかった。それこそ、獣に襲われたのかと勘違いするほどに。
……ぁ」
 娘は魔獣退治や狩りをしていた身であり、自身と相手の力量差は当然読める。ゆえにリリアの襲撃(※誤)を敵わないものと頭より先に本能が知り、膝から崩れ落ちた。
「わきゃ!」
 その場で尻もちをついた娘はさらに遅れて、自身を襲った(※違)のはリリアであり、自身の命を害するものではないと気付く。危険はないはずだと安堵したところで強張っていた身体に血が廻った。
「ん?」
 うっとりとパンを味わっていたリリアは突然うずくまった娘に目を向けた。
 恐怖と痛みからか娘の濃いすみれ色の瞳は僅かに潤み、血行がよくなった上火の近くというのもありその頬はうす赤く染まっている。その表情にリリアの胸はまた「きゅん♡」と高鳴った。さらなる勘違いが付加された瞬間である。
 交際早々(※まだ)恋人に給餌なぞ大胆な行動を取った娘であるが、涙目で顔を赤らめているではないか。その意味を考えれば、女心知らずのリリアとて見当がついてしまうというもの(※違)。リリアと同じく当の娘もためらいや恥じらいがあったらしい(※死の気配に驚いただけ)。それなのに恋人らしいことをせんと頑張ったのだろう。娘のいじらしさ、それと、互いに同じ気持ちを抱いていた(※いません)と知り、リリアの胸は踊った。そりゃあもう踊りに踊った。
 けれど、思春期真っ只中のリリアには素直な想いを伝えるのは至難の技。ゆうべの件でその心は在庫切れを起こしている。そのため「思ったことそのまま言っちゃうのは恥ずかしいかも」と照れを隠したい気持ちが大いにあった。しかし、黙ったままというのも面白くない。愛に恋に背伸びする娘ともっといちゃつこうと考え、噛み締めたパンを惜しみつつ飲み込み、恥じらう(※真逆である)娘を見下ろした。
「はっ! なぁにビビってやがる」
 しかしリリアはヘタクソだった。イイ感じの文句のひとつでも囁いて甘ったるい空気を作ろうとする気はあったけれど、その文句は思いつかず、ぴよぴよする娘に対しわずかに頬を染めながらケタケタ笑うだけだった。自分だってはちゃめちゃにビビっていたくせにこれである。
 一方、娘はリリアの奇行をイタズラと受けとり、呆れ交じりのため息を吐いた。食事支度に忙しくしているところに意味もなくイタズラをふっかけられ、からかわれたこと(※違)に対し、ちょっとだけむっとしてしまったのだ。
「むー……
 娘はもやっとしつつよろよろと立ち上がり、眉尻を下げ、唇を尖らせた。その拗ねたような顔にリリアは「あ、かわい」と刹那に思い、恋の泥濘に足をとられてしまった。
 これだよこれ。と、望んでいたいちゃつきにリリアは内心ほくそ笑んだ。しかし、浮かれ大将リリアの気持ちなど娘には知るよしもなく、にやけるリリアに呆れきった顔を向けた。悲しいすれ違いである。
「もう、驚かさないでくださいよ」
「そりゃこっちのセリフだっつの」
「えぇ……?」
 先に仕掛けてきたのはお前だろう。そう思ったリリアであるが、娘にしてみれば「どこにリリアさんが驚くことがあったんだろ?」である。娘はただ物欲しそうにするリリア(※いちゃつきたいだけ)へ腹が減っているのだろう(※そうでもない)と朝食用に焼いたパンをひとつ渡しただけである。
 むしろ、突然ものすごい勢いでかぶりつかれたのだから、驚いたのはこちらの方だ。そう感じた娘はちょぴっとばかし不満に思ってしまった。けど、そんな不満を漏らしたところで、不自然ににやけている(※照れ)リリアがどれほど耳を貸してくれるのだろう。と、娘は思った。
 娘のよく知るリリア(七百歳)はいたずら好きでよく人をからかっているお茶目な妖精である。今ここにいる大きな責任を背負いながら職務に奔走する右大将のリリア(もうすぐ三百歳)でも、そういう賑やかな気持ちは持っているのだろう。と、勝手に解釈し、納得し、娘はやれやれとかぶりを振った。大ハズレである。
……もう、なんでもいいですけど、邪魔しないでくださいね。あとは盛り付けるだけなので」
「は? してねーよ」
「えぇ……
 拗ねたような顔をする娘に「照れやがって愛い奴め」と思うなどし、内心にやけながらリリアは背を向けた娘の後ろ姿をじっと眺めた。せっせと食事支度をする姿を見て、戦時中において決してそんなことはないはずなのに、平穏だと思ってしまった。いつかこんな日が日常になってくれたなら……そんな、甘い夢を見て、ひとときでも穏やかな空気に浸ろうとリリアはそっと目を細めた。

「人間ンン! 貴様性懲りもなく右大将殿の邪魔をしおってからに!!!!」

 けれど、穏やかな空気は一瞬で真っ二つにされた。川へ水を汲みに行っていたバウルが戻ってきたらしい。怒鳴られども娘は肝が据わっているもので、がく、と肩を落とすと、渋い顔で振り返った。ついでにリリアのほんわかした気持ちも砕け散った。
「してません。そうおっしゃるならリリアさんを引き取ってください」
「なっ!? ガキ扱いすんじゃねぇ!!」
「人間貴様ァ!! 右大将殿を愚弄する気か! 貴様は右大将殿の温情があって――
「もう、いいからお食事にしますよ! 他の方も呼んできますので先に食べちゃってください。パンは一人二切れまでですからね」
 娘はぷんぷこするバウルの話を無理やりぶった切ると。爆速で皿に盛った料理を並べ、めいめいに支度をする隊員たちを呼びに行ってしまった。
「あ――
 もう何もかもが台無しである。ぷりぷり去っていく娘を情けねぇ顔で見送ってしまったリリアは、空気をブッ壊してくれたバウルを睨み上げた。けれど、そこは善意のみで動いたバウルである。何を勘違いしてか、睨めつけるリリアに深く頷き、なんとなく「分かった」ような顔をしていた。
 それがなんとも腹立たしく、けれども娘への下心をバウルに漏らせるでもなく、リリアはがっくしと項垂れるほかなかった。