無窓居室
2024-05-04 09:52:57
2388文字
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夜伽

敵味方反転回の設定で書いてみた😈👹習作。
ちょっと辛気臭い感じになってしまってイメージ通りにいきませんでした。いつか設定を固めて退廃的な享楽に浸ってる二人も書いてみたいです。

 温度のない指を頸に感じて、ブラックに見られていることにアカネは気づいた。先ほどまで夢中で撮影していたはずの人間達の断末魔に、もうすっかり興味を失ったようだ。数字の出そうな過激な絵さえ撮れれば後はただの搾り滓。ブラックにとっては全てがそうだ。当たり前のことだった。

「今夜、オレちゃんの部屋へ」

 ブラックの同じ処を人差し指でなぞって了承の合図をする。丸いわりに険のある目つきが僅かに歪むので嬉しそうな表情に見えた。この悪魔の首筋に手など触れて無事でいられる者は少ない。閨事の最中に震えた爪がそこへ掻き傷をつけてすら、何の咎めも受けないのは側女の中でも格別の扱いを受けるアカネだけだ。
 足元に転がる人間が息絶えたようだ。隣やその傍に横たわっている者もそろそろだろう。屍に満たされた撮影現場を、立ち去る二人はもう振り返りもしなかった。


 ベッドの上で肌を合わせれば、ブラックの長い髪にアカネのそれが交わる。夜の闇に雛罌粟の赤い花が咲く。
 ブラックは寝所にまでモニターを設置し、再生数や流れるコメントを逐一チェックできるようにしていた。人の目には映すことも難しいほどの速さで変化する表示を全て把握しているだろうブラックに、〝自分と動画どちらが大切なのか〟などとアカネが問うことは無い。動画に決まっているし、それでいい。そういうブラックにアカネは惹かれた。全てを委ね、明け渡し、ブラックに望まれるままにした。ブラックもまたそれを喜んだ。アカネがよく身につけていた赤いパーカーはいつしかブラックのガウンと共布の上掛けに変わった。
 
「美しいですよ、アカネさん……そして強い。頼りにしています……

 いつも興奮に上ずっている躁的な声が、今だけは密やかな響きをもって聞こえる。それが語る言葉をアカネは信じなかった。ブラックが美しいと感じるものは崩れゆく世界が上げる炎だけで、頼みにするのは己の力だけだ。

「アナタの瞳は火の色をしている……壊れるものだけが上げる火の粉の」

 戯れにそんな嘘をついてみようとさせる何かを、ブラックが自分の中に見たのならそれも良い。肌を灼く熱い息と絞扼のように絡み合う髪を身体に受け止めながら、アカネは目を閉じた。
 どうせアカネにブラックが本当に求めているものなど分からないのだ。アカネにもブラックに求めるものは無い。昔はあったのかも知れないが、それすら全部ブラックに渡してしまった。


 目を覚ますとブラックはいつもアカネの傍にいない。ベッドの中にアカネを置き去りにして巨大なモニターに囲まれ、動画の編集作業に勤しんでいる。
 きっと今度の動画も圧倒的な反響を叩き出すのだろう、と考えるアカネの頭の中はどこか冷めていた。ブラックの内心もきっとそうなのではないか。人気と数字を何より好むブラックだが、目配せをすれば誰もが振り向く事態は笑えないジョークで、加算され続ける再生数と評価は空転する模様のようだ。けれどもう止まれはしない。アカネとブラックは互いの首に手を掛け合い、車のスピードを上げっ放しにしている。ハンドルは握れず、ブレーキのありかも分からない。せめて行く先に崖でも現れれば二人で同じ方向を見つめることは出来るのだろうか。

……カカカ」

 忍び笑う声が聞こえて我に返った。いつからアカネが起きていることに気付いていたのか、ブラックが振り返る。

「見て下さいアカネさん、なかなか傑作なんですよ」

 このところブラックは機嫌が良い。あの子どもとレジスタンスの連中が来てからだ。最後に出てきた神様気取り以外は大した力のない奴らだったと思う。自分は本気を出さなかったしマゼンタの代わりにモモが出るまでもなかった。
 しかし、子どもが元いたという別世界の出来事はブラックを面白がらせるらしい。中央のモニターに開かれたウインドウには、ブラックとアカネによく似た人物が映し出されている。どうやら例の子どもの世界に存在する自分達が撮影した動画のようだ。


まぁ、アカネさんも動物みたいなものですけどねぇ」
「ふざけんな!」
「というかピラニアですw」
「何か言った?」
「おっと、サメでしたか〜www」
「ぶん殴ってやるー!!」


 異世界の〝ブラック〟がからかうたびに異世界の〝アカネ〟は腹を立てて追いかける。追われる〝ブラック〟は楽しそうに逃げ回りながら助手にその様子を撮影させていた。まるで子供のじゃれあいだ。二色の鞠が転がって跳ね合うようだ。あの小学生でもやらないだろうままごとを演じる自分達を、嫌悪感もなく眺めることができるのを不思議に思う。
 〝アカネ〟を軽くあしらっているように見えて、動画の中の〝ブラック〟の表情には暖かそうなものがあった。夜ごと愛を囁くブラックがアカネ自身を見ていないだろうこととはちょうど真逆に。

「面白いことになりそうです」

 髪の陰から鋭い歯の覗く口が笑う。漠然とまだ見ぬ先に崖を、終わりの予感を覚えているアカネと違い、ブラックは何かの始まりを感じている。ここに至ってすら同じになれない自分達の前で、動画の中の〝二人〟は無邪気な追いかけ合いを続けていた。
 ──どこで間違ったのだろう、などという自分の思考をアカネは訝しむ。自分にとっての現実はこちらの世界だ。何も間違えてはいない。アカネが愛したのは目の前のブラックで、違っているのは動画の方なのに。
 思わず探った手を握り返されて固く体を抱かれる。一夜に二度の寵を与えてもらえるとは本当に機嫌が良いようだ。金属質の鉤爪に取られ、口付けられる髪に火の色を見て、壊れていく自分を思った。
 ブラックが好む炎に包まれた世界の一部に自分が含まれているなら悪くないと、アカネは唇に幸福な微笑みを乗せた。


 2024/05/04