るいざき
2024-06-16 02:18:56
2436文字
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転生したレイヴンが喫茶店マスターをしているかっこいいごすずんと再会した話

ウォル6?
ぬるい小娘は強火で灼け🐥

 天気予報が外れた。雨雫のビジューがスマホの画面に散りばめられ、期待外れの晴れマークを睨みつける。濃紺のセーラーはみるみるまだら模様になるので、湿った袖口で画面を拭いスカートのポケットへ押し込んだ。
 鞄を盾につぶてを避けて軒下へ駆け込む。溜息混じりに通りを見通すと、みんなは各々傘をさして何食わぬ顔で帰る。そりゃ当然か、夏季にゲリラ豪雨の備えをしないような人間は少数派だろうが、レイヴンはその括りに数えられる。お陰で家には無数のビニール傘が林立し、家族には呆れられている始末。
 レイヴン、とは今生の名ではない。そもそもその名自体は独立傭兵の名義であるので、今は異なる名前があるが、彼女の自意識はレイヴンであった。東の島国で再誕した生活は至って平穏だ。じめっとした教室の隅に追いやられたり、家族団欒は久しく遠く、親の顔よりも電子レンジのダイヤルメモリを見ることの方が多い。寂しいか?それは分からないな、とレイヴンは雲の切れ間を探す。だが駅前商店街の煤けたコンクリ壁と継ぎ目無くならされたような曇天はしばらく退く気配は無かった。
 すん、とレイヴンは鼻を鳴らす。なんだか良い香りが鼻腔を刺激するのできょろりと首を振り回すと、深緑に真鍮取っ手のレトロな扉が横に佇んでいる事に気がついた。無色なステンドグラス風の飾り窓には、どうも店名らしい筆記体と黒い肉球じるしが添えられている。ペットショップ?いや、今惹かれたコーヒーの香りはこの隙間から(あるいは換気扇から)香ってくるから、犬好きの喫茶店といった所だろうか。そうしてレイヴンは昼抜きの腹の存在を思い出し、ふん、寄り道買い食い禁止の校則など知るかと、古臭いデザインのノブに手を掛けた。

……いらっしゃい」
 まさに、喫茶店といった様相の店内だ。やはりここがあの深い香りの源泉だと、レイヴンは確信しながらカウンターに並ぶ不思議な機器を見る。
「何名様?」
 いち、と指を立ててレイヴンは突っ立っている。理科室の実験器具のような物どもに遮られた店主の顔はよく見えないが、「お好きな席へ」といった返答があるから、むこうからは見えたのだろう。レイヴンは、まあ距離感の良い所を探して窓際席に腰を下ろした。
「注文は決まっているか?」
……ふつうので」
「分かった」
 なんというか、こちらのせいではファミレスチェーン店くらいしか利用したことが無いので、ずいぶん無愛想なマスターだなあと壁の方を向いる店主の後ろ頭を眺めた。するときれいな装飾のガラス戸に目が移る。色んな豆や缶に銀色の袋、やっぱりレトロというかその時代からずっと使っているようなデザインのカップ、ソーサー、グラスが食器棚に所狭しと並べられている。その上段にはほこりひとつないフェイクリーフの飾り付けや、おそらく著名人が来店したらしいサイン色紙がいくつも並べられている。通学路にあるのに知らなかった、なんだかしっかり歴史のある店なのだろうな、しかもあの無愛想な店主は棚の上の掃除さえマメに行っているしっかり者、あるいは頑固マイスターかしら。ドリンクバーのベタつく床とは大違いだなと、なんだかこの空間を気に入り始めたレイヴンがいた。
「ふつうのだ。砂糖とミルクはそこにある」
 カウンターの方を眺めていたのに、いつの間にか席まで来ていた店主にやや驚いて身を引く。その時、思わぬものが目に入った。
……ウォルター」
「? ああ」
 ぱちくりと銀縁丸メガネのむこうの氷水色アイスブルーは瞬いた。
──時が止まった様だ。身をかがめてコーヒーセットを置いてくれる手、きちんと切りそろえられた口ひげと髪、それらは灰銀色をしている。それはレイヴンを導いたひとりのハンドラーそのままの姿だった。

「お、おい。どうした」
 眼を見つめたまま、気がつけば視界がゆるゆると歪んでゆく。たつたつと雫が叩き付けられる音がして、ほんとうに酷い雨だなとこころに同居する誰かがつぶやく。ひく、と喉が引き攣れ、前世のよすがが濁流となって決壊した。
……っ、……!」
 何も喋れなくなり、何も分からなくなった。
 ただひとつ理解したことは、彼はレイヴンを知らないという事実。
 当たり前のことだ、前世を覚えて生まれる人間なんてそういない。むしろ覚えてる方が不気味だろう。他人の空似? いやすべて清算したのか、罪も罰も、私だけが背負って生まれたから、彼は『普通の人生』を歩んでいるのだろうか。

 パニックに陥りながら、レイヴンは逃げるようにして店を飛び出す。どうすれば良いか分からない、嬉しいのに悲しい、苦しい、辛い。胸郭が割れて心臓が弾けそうになりながら、形にならぬ痛みを大雨の冷たさに溶かそうとする。
 無我夢中で走って、誰もいない家に辿り着き、がちがちに震える手でなんとか鍵を開いて玄関へもつれ込む。バタン、と風で勢い良く閉まる扉、冷えきった鉄板にずぶ濡れの身体を寄せて、ずるずると崩れ落ちる。
「う、うあ、ぁ……ッ、あああぁぁぁ……
 まだ雨が降るのか、いい加減止めよ。たたきにぼたぼたと降りしきる雫は数を増すばかりで、一向に止む気配は無い。

 我が悲願は叶ったのだ。惑星ほしひとつ焼き払うなど、我が最上のあるじを想えば容易い。その火種に友を焚べたとて。罪と罰すべて背負うつもりであの銀環を踏みにじったのだ。
──ああなんて、かみさま、あなたはひどいな。ほんとうにひどい。
 クラスメイトに吊るし上られるよりも、父母の興味を引けぬことよりも、いっとうひどいぞ。

 でも良いか。生きてるんだから。
「うぐ、う……やだ……。やだよう……っ!」
 別にウォルターの『普通の人生』に、猟犬は必要ってワケじゃないでしょ。平和な世界で狩りなんてしないから。
「さみしい…………ウォルター……
 烏滸がましいんだよ、犬畜生。
「ウォルター……っ」

 ちゃんと、願ってあげなよ。621。