かずわや
2023-10-10 20:18:14
4658文字
Public スターオーシャン
 

【エジクロ】「銀河鉄道」

前に「銀河鉄道」というワンライのお題で書いたエジクロに加筆しました!
1100文字→4500文字
少しだけ悲しい話なので元気な時に読んでください。

銀河鉄道


「────、」

 それは、忘れ物をした子を優しく叱るような声色で、震える耳に届いた。


 開いた瞼の中に白い光が満ちる。あまりのまぶしさに途端に目を閉じて、そしてまたおそるおそる開いた。
 まぶしいのは外のせいだった。
 開け放たれた窓の向こうには、こぼれんばかりの白い花が咲く丘が、地平線のずっと果てまで続いているのが見えた。まるでガラスか、よく磨かれた宝石のように光って、まばたきをする間に白い線になって視界を通り過ぎていく。
 周りを見渡して、そこでようやく自分は『列車』に乗っているのだということに気づいた。上等そうな赤い革が張られた座席。肘置きや背もたれは木の材質で造られており、緻密な意匠が施され、ニスをかけられてツヤツヤと光っている。車内はほんのりと木の香りに満ちていた。
(木の匂いってこんなに落ち着くものだったんだ)
 そう思いながら背もたれに深く背中を預ける。地球上の植物は第三次世界大戦の被害で大部分が炭化してしまって、今出回っているのはレプリケーターで再現された精密な紛い物がほとんどだ。香りまでは再現できない。
 ハッとして、背もたれに沈めていた身体を勢いよく起こした。
 だから、こんな列車自体、今エッジが生きている時代にはあるはずがないのだ。

(僕はどうしていたんだっけ。そうだ、バロックダークに突入しようとしていたんだ。宇宙の進化を歪める元凶を倒そうとしていて──)
 霞みがかっていた脳を急いで起こす。しかし、慌てたところで景色が変わることはなく、列車はすべるように白い花畑の間を走り続けている。
 緊張感に満ちていたカルナスの船内も、共にいたはずの仲間達の姿も綺麗さっぱりここには無い。代わりに、落ち着いた四人掛けのボックス席、細い網目の荷物置き、木目の床や天井が、窓からの光を受けて穏やかにきらめいていて、まるで夢のような情景だった。

 もしかしたら本当に夢を見ていたのかもしれない、と思った。今までずっと。

 禍々しい凶星からの砲撃に耐え忍んだこと。その激しい戦闘の中で味方の艦がいくつも墜とされていくのを、歯噛みしながら見るしかなかったこと。そして最後にとても大事な──大事だった人が、永遠に喪われたと感じ取ったこと。
 そういうことがあった、さっきまであったのだと確かに分かるのに。身がちぎれるような焦燥とは裏腹に、車内はそんなエッジを包み込むようになだめるように凪いでいて、どこかへ連れていこうとしている。
(だめだ、もどらなきゃ)
 どうにかしてここから出ないと。きっとまだみんな戦っている。自分一人だけこんな場所にいるわけにはいかない。
 流れていく花畑から目をそらし、立ち上がろうとして前を見た瞬間、エッジは呼吸を失った。
「な、んで」
 向かいの座席に人が座っていた。
 頬杖をついて窓の外を眺めていた男は、灰色の目を静かにこちらに向けた。艶やかな赤い髪、傷一つ無く血色の良い顔。あの戦いに傷だらけの身体で飛び込んできた姿と到底違う。
 夢なのか。どこからどこまでが。
「なんで、お前がここにいるんだよ」混乱しながら絞り出した言葉に、
「お前こそ」
 男は肩を小刻みに揺らして笑った。いつもとなにひとつ変わらない笑顔だった。
「いき、てるのか」
「変なこと訊くなあ。こうして喋っているんだから生きてるだろ」
「本当に……?」
 生きてる。こいつが。惑星一つを潰すくらいの爆発の中心にいて、生きていられるわけなんかないのに。──だとしたら。

 エッジは笑った。
 クロウが生きている。それだけで、あのすべてを「夢」にしてしまいたくなった。


 この列車はどこに行くのか分かっているのかと訊いても、クロウは首を横に振った。
「見覚えもないよな、こんな列車なんか」
「小さいときに読んだ古い本に出てくるやつに似ている気がするけどな、それだけだ」
 ふうん、とエッジは相槌を打つ。クロウが知っているのならレイミも知っていそうだ。戻ったら教えてもらおうか。
「とりあえず座っていても仕方ない。先頭車両に行ってみよう」
 進行方向の車両の扉を開けるエッジの後ろにクロウが続いていく。

 ──クロウがいるなら百人力だ。
 探索を始める前にそう伝えた。クロウは驚いた顔をした。
「なんだよ、変なこと言ってないけど」
「ああ、まぁ……。そう思ってくれていたとは」
「アカデミー全員の合い言葉みたいなものだっただろ」
 どの訓練のときもクロウがいるチームは一番成績がよかったから、みんなして積極的に高戦力を獲ろうとしていたことを思い出す。そんな中で、自分はクロウに並ぶ成績を獲ろうと無茶をしてはいつも同じチームのレイミに叱られていた。そんなことを思い出して、苦笑が漏れた。USTAアカデミーを卒業してからは同じチームを組むこともなくなっていたから、こうして一緒に行動するのは本当に久しぶりだ。
 自然と頬がゆるんで、身体が先へ先へと走ろうとする。「落ち着けって」後ろから聞こえるたしなめるような声にすらなぜか浮き足立った。
「楽しそうだなあ」
「訓練のときを思い出してさ。懐かしい」
「おいおい、ここがどういう場所なのかまだ分かってないんだぞ? はしゃぐなよ」
「はしゃいでない!」
 振り返って睨むと、クロウは「はいはい」と適当に返し、更に歯をむいたエッジを見てけらけらと笑った。

 事実、はしゃいでいたのだろうと思う。周囲は人の気配もしなくて、列車は静かに走り続けていて、外は目を奪われるように美しい花畑がただ続くばかりで、車内は穏やかな木の香りと凪いだ光に満ちている。
 どこを見渡しても危険はなさそうだ。だけど油断はしていない。未知の場所にいるのだという警戒心はあった。ここを調べ、どうにか「レイミ達のところに戻る」という使命感に燃えていた。けれど、それ以上に。
「行くぞ!」
 まるで、叱られるのを承知で車内を走る子供のように。二人は遠慮もなく座席の間を駆け抜けていく。その表情には確かに笑みが浮かんでいて、その心は確かに弾んでいたのだろう。


 先頭車両──操縦席から身を乗り出して前を見ても、景色はただ真っ白だった。窓から見えていた景色と同じように、地平線の果てまで続く白い花畑をどこまでも突き進んでいくだけ。
「有力そうな手がかりは無しか……。止まりそうか?」
「いや……蒸気機関車なら石炭を燃やして走ってるはずなんだが、なにも入ってない。何を動力にして走ってるんだ、この列車は」
 ガラン、と音を立てて石炭庫の扉を閉め、クロウは腕を組む。火室で炎が燃えている様子もなく、もちろん銭湯の煙突からも煙は出ていない。ただ静かに列車は定められた線路を走り続けている。
「仕方ない、一番先頭まで行ったら次は一番後ろだ! 行こう!」
「おい待てって。もうちょっと調べてから、って早っ!」
 言うや否や機関室を飛び出していく背中を、大きな息を吐いたクロウは、一拍置いて追いかける。

「そういえば、昔読んだ本ってどういう話なんだ?」
「ん、ああ。『銀河鉄道の夜』って言ってさ。二人の少年が宇宙みたいなところを走る列車に乗って短い旅をする話だよ」
「ふうん。それ、二人はどうやって列車から降りたんだろう」
「どうだったかな。……いや、一人は降りていないんだ、多分」
 エッジが続きを促す前に、二人は最後尾の扉に着いた。目を合わせて頷き、エッジがおそるおそる木造の取っ手を掴んで扉を開ける。一瞬強い風が吹いて二人は目をつぶった。
 隣でため息をつく気配がして、エッジは目を開いた。
「──!」
 暗闇が広がっていた。
 いくら目を凝らしても向こうに見えるものは何もなく、口を開けた暗闇が、逃げる列車を飲み込もうと迫っている。
 ただその暗闇にはところどころチカチカと小さな白い光がひらめいているのだった。それはあの花畑に咲いていた花の花弁で、列車が削り取っていった景色から逃れた一枚一枚が、一瞬の輝きを放ちながら次々と消えていくのが見えた。

「──、──!」

「? なんだろう、声が聞こえないか?」
 エッジは柵を掴んで遠く暗闇の向こうを見ようとした。風の音がうるさくてよく聞こえないが、誰かの名前を呼ぶように短い一単語を繰り返し叫んでいる。
「レイミの声が聞こえる気がする」
「クロウ、本当か!? ってことはもしかして」
 じゃあ、ここから飛び出してあの暗闇に落ちていけば。
 エッジは息をのみこんだ。指が震える。足がすくむ。確かじゃない方法だ。もしそれが正解だとしても、走る列車から飛び降りるなんてあまりしたい経験ではない。
「怖いのか?」
 クロウが隣に並んだ。エッジはハッとして不敵な笑みを浮かべる隣の男を見やった。
「こわ、くないよ」
 無意識に掴んでいた。隣で揺れる手を。
「お前がいれば何も怖くない」
 そうだ。昔からそうだ。
 いつも先を行くクロウを追いかけて、追いつく為ならどんな無茶もした。やめるつもりは毛頭無かった。目標とするものがあったから。それはいつだってエッジの無茶に付き合って、一緒に叱られて、そしてそっと視線を合わせ、次は何をしようかと共に悪知恵をめぐらせてくれるのだ。
 エッジは、湧き上がる高揚のままに、胸の深くまで息を吸って言った。

「クロウ、一緒に行こう」

 ──彼は、仕方なさそうに眉を下げて笑い。
 手を振りほどいて、その暗闇へエッジの身体をそっと押し出した。
 バランスが崩れ、足が地から離れる。身体が不安定な宙へ投げ出される。エッジは叫んだ。伸ばした手は空気だけを無意にかすめて、クロウは手を伸ばさなかった。

「お前一人で降りるんだ」

 それは、忘れ物をした子を優しく叱るような声色で、震えるエッジの耳に届いた。
 花弁が一際強く吹く。エッジは叫んだ。光が暗闇で散った。列車は微笑む影だけを乗せたままどんどん花畑の向こうへ遠ざかっていく。


「──ジ! エッジ!」
 目を覚ますと、よどんだ暗い空の手前に、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたレイミの顔が見えた。
「レ、イミ……
「よかった! 全然バイタルが安定しなくてっ、全然目を覚まさなくてっ。クロウさんだけじゃなくてエッジまでいなくなったら、どうしようって、私……!」
 髪を振り乱しながら胸にすがりついてくるレイミの頭をなでて、エッジは周りを見渡した。様々に安堵した様子の仲間達の顔の向こうに、先ほども見た不吉な色の天、そして荒れ果てた紫色の大地が地平線まで続いている。惑星バロックダークの中だ。
 まだ嫌な動悸が続いている身体に鞭打って、エッジは起き上がる。
「えーたん、こわい夢でも見たのよ?」
 目がまっかっかなのよ、とリムルが自分の袖でごしごしエッジの瞼をこする。痛いよ、と笑いながら、首を横に振る。

 おもむろに自分の手のひらを見つめた。クロウの手を握った感触が、今でもまだしっかり残っている。血が通っていた。幻でもなんでもない、本物のあいつだった。
 あの列車に揺られて行くべき場所へ行ったのだろう。それは多分『死』とは違う場所で。ただの希望かもしれないけれど。だから、きっと、多分。まだどこかで。

 レイミと二人で支え合いながらゆっくりと立ち上がる。荒れた大地を踏みながら、
「行こう」
 とエッジは強く呟いた。