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かずわや
2022-02-23 23:40:28
2320文字
Public
ワンライ
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【ワンライ】古き良きものと共に新しきを目指せ【ブロマンス】
水曜日のワンライ
お題:並ぶ、雪解け
オリジナルブロマンス的な何か
並ぶ
遠かったエンジンの音がだんだん近づいてくるのが聴こえて、横たわっていた身体を起こした。このアパートの壁は薄い。夜に隣人がテレビを見て笑っている声も、上階の住人が苛立たしげに歩き回る音も、静かにしているとよく聞こえる。ここの住人はほとんどが車を運転しているから、バイクでやってくるのはミヒロだけだった。
モーターの音がほどよい距離のところで止まる。寝すぎて痛む頭をおさえながら、窓ににじり寄ってみると、3月に入ったというのに空は灰色の雲が重く垂れ込めて、犬を散歩させてゆく人は分厚いダウンを着込んでいた。
「お、起きてるな」
染めた茶髪を無造作に後ろでくくった大柄な男が、勝手知ったると言った風に部屋に入ってくる。黒のライダースジャケットを玄関先に放り、ワンルームのリビングにすべりこんでくると、「さむっ」と大きな身体を縮こませた。
「お前、こんな寒いのに暖房もつけてないのかよ」
「布団、被ってたから
……
」
「ものぐさだなあ。ええと、ストーブ、ストーブはどこだ
……
」
「ストーブはもう持っていったから無いよ。あるのはこれだけ」
部屋隅の鉢を指差すと、ミヒロはぱちくりとまばたきをしたあと、「ひばち!?」と素っ頓狂な声をあげた。
「お、おまえ、明治時代じゃないんだから
……
」
「それしかない」
「はあ
……
。使い方、わかるのか?」
「まあまあ」
「この古いアパートといい火鉢といい、お前ってほんと時代錯誤なやつだよなあ」
「時代錯誤なのは親のせい」
難しい顔をしながら、火鉢とその他諸々の道具を引きずってくる。
「
……
でも、もう東京に行くし」
「そうだな」
火おこし器に炭をいれ、そのままガスコンロにかけ、弱火で炭をあたためる。ミヒロの視線が背中に刺さるような気がして、布団を被ったまま移動しなかったことを後悔した。
レトロ趣味な親の仕事の都合で東京に引っ越すことになり、その時代錯誤な親の荷物たちもみんなほとんど東京へ行ってしまった。自分はまだ大学の授業があるからここにとどまっているが、卒業を待って向こうへ行くことになる。
「
……
それに、ミヒロもここから離れるんだろ」
「まあな。仕事は九州になりそうかな」
ミヒロは大柄な身体で怖がられることも多いが、笑顔は愛嬌があるし人懐っこいから、どこに行ってもやっていけるだろう。
だけど、自分は。
今までずっと古いものに囲まれて生きてきたのに、急に新しい生活に投げ出されたらうまくやっていけるかどうかわからない。今までミヒロの愛嬌さに助けられて生きてきたようなものだ。
寒そうに擦り合わせた手を火鉢にかかげるミヒロの、その厚い手のひらをじっと見つめる。
「
……
大丈夫かな、僕は」
ふと落ちた言葉に、ミヒロはわかっていたように目を伏せた。
「本当なら、俺が連れて行ってやりたいところなんだけど」
「え?」
「あ、いや。失言。なんでもない」
深く息を吸ったあとに、ミヒロはにかりと笑った、笑おうとした。素直な奴だから、うまく笑顔になりきれずに結局真顔になってしまった。僕はめざとく気付いてしまった。
ついていってもいいかな。
声は本当に小さく火の中に落ちて、ぱちんと爆ぜた。
でもここは、静かにしていれば、隣の音だって聞こえるくらい静かな場所なのだ。この狭い畳の上で、逃げる場所はどこにもなかった。
沈黙が続いたのを訝しんで顔を上げると、ミヒロがひとつ真剣な顔をして、窓を見ていた。
なにかをずっと考えているようだった。
「な、あ」
──お前は向こうでやることあるの?
暫くして、ミヒロはたどたどしくそう言った。灰色の空はさっきよりも重さを増して、周りも薄暗くなっていた。ミヒロの顔が見えづらい。
ない、と答えた声は震えていた。
なんだか、「ついに答えてしまった」というような感慨があった。無いと頷いて良かったのか、そもそもその問いに答えて良かったのか、心のどこかで自分を責める自分がいる。
ただ、震えた後は変に気が大きくなっていた。
「ないよ」
どうせ親のあとに着いていくだけだ。ひとりではないが、その後自分が生きることになる将来には不安しかない。
それなら、せめて。
安心できる相手と一緒にいたいと、思う。
炭がにわかに明るくなって、ミヒロの顔が見えた。
しっかりと大人びた顔に幼い表情が乗っている。買ってもらえると思ってなかったお菓子を与えられて困惑する子どもみたいな顔。思わず笑うと、ミヒロも「はは、」と声をこぼして笑った。今度は上手に笑えていた。
「あー、あの、向こうで家とか探してるんだけどさ。どうせならちょっと良いところ住みたいし、家賃も折半してくれるならすごく助かるんだけど」
レトロなところじゃないけど、とおどけて付け足す。うるさいよと言って笑って、「そっか」ようやく責めていた自分も、事態を、感情を飲み込めたようだった。
「迷惑かけるかもしれないけど」
「お前の迷惑なら慣れてる」
「かけないように頑張る」
「おっ、ものぐさなお前がめずらしい」
ミヒロはけらけらと笑った。
そして、これも持っていくか、と火鉢を指差す。「案外良いもんだな、これ。二人で使うのに丁度いい」
「そうかな? つけるの、面倒臭いけど」
「そこが良いんだろが」
火鉢越しに肩を叩かれて思わず笑い声が出る。このままひとりでいるより、この先も、大事な友達と並んで過ごせるなら、それが何よりもきっと良いことだとただそう思った。
外はどんどん暗くなる。けれども火鉢の炭はいつまでも明るく火をつけて、狭い部屋をあたたかく照らしていた。
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