かずわや
2022-02-11 01:22:40
2245文字
Public ワンライ
 

【ワンライ】夏の日【御手杵】

水曜日ならぬ金曜日のワンライです。
ワンライとは?時間をいつも守れない…
お題:ぽかぽか

いつものわや本丸における小夜と御手杵、そしてとんぎね

ぽかぽか

「御手杵、」

 困った顔で声をかけられ、ひなたにさらされていた大きな物体がもぞりと動く。それは緑色の身体をしており、自由に跳ねた枯茶色の髪を包み、さながら巨大なよもぎ餅だと小夜は思った。
「そこをどいてくれると嬉しいんだけど」
「んえ……
「また動けないの?」
 尋ねると、頭がこくりと動き、そしてその髪の下からばつの悪そうな顔が現れた。小夜でもわかる大人の整った顔立ちなのに、そんな幼い表情が妙に似合う槍である。
 洗濯籠を後ろに置き、小夜は縁側で横になった御手杵に向き直った。無造作に伸ばされた両腕を掴み、その細腕でぐいっと身体を持ち上げると、浮いた肩下の隙間にもぐりこんで御手杵を赤んぼうのように座らせる。
 顕現して3日目、箸の使い方もてんでダメな目の離せない槍である。

「また助かった。小夜が通りかからなかったら溶けるところだったぜ」
 人の体は溶けないよと言うと、そうなのか? と御手杵は目を丸くした。冗談で言っているわけではないところが希薄な存在に拍車を掛けているようだと小夜は思った。
「記憶は確かじゃないが、」
 そうだった気がしたんだよな。
 何気なく呟く御手杵に目を細める。
「なら、そうなのかもしれないね」
 小夜は異を唱えることはしない。
 いくら情緒が幼かろうとも、記憶が定かではなくとも、それは「御手杵」という槍が得た意思なのだから口出しすべきではない。
「もうすぐ第一部隊が帰るよ。そんなだらしのない顔をしてていいの」
「うえぇ」
 御手杵がどっと疲れたような顔をした。「俺はあいつがどうにもなあ、」自由に跳ねた髪先が上下に揺れる。
「──期待してもらってるのは嬉しいんだけど」
 そう言って大きくため息をついた。
 手足もろくに動かせないくせに所作は随分人間じみてきている。その感情が宿す答えにも気づく日が来るんだろうかと、小夜はへなへなと力をうしなう横顔を見つめた。そう思いながら見守ろうとしている自分も、やはり“人”に近付いている。
「なら、洗濯物干すのを手伝って。手を動かしていれば気も紛れる」
「んん、そういうものかなあ」
「そういうものだよ。ほら」
 手を伸ばして、自分の倍もある巨軀を引っ張りあげた。
 この手の痛みも、何故その人の前に出ると緊張してしまうのかも、いつかこの槍が理解する日が来るのだろうか。
……“刀剣男士”なのに」
「何か言ったか?」
「ううん、別に」


「小夜!」
 合戦場から帰ってきた小夜を出迎えたのは、縁側で何かしていたらしい御手杵だった。
「やれ元気がいいね」
 誉を獲って機嫌のいい歌仙が、はだしのまま降りてきたことに文句も言わない。
「さよすけと御手杵ってなんか仲良いよな。同じ家にいたってこともないんだろう?」
「あー、」
 豊前江に話しかけられ、和泉守兼定が長い髪をふりあおぐ。「ありゃ親鳥と雛みてぇなモンだ。顕現したばっかりの御手杵を小夜がずっと面倒見てたからな」
「それであんなに睦まじくなるか?」
「あいつは特別“手がかかった”のさ」
 和泉守兼定は遠い目をした。「蜻蛉切もかわいそうになァ……
「和泉守ッ」
 歌仙にぴしゃりと雷を落とされ、和泉守兼定は肩をすくめた。豊前江はきょとんとした顔をして、なにやら話しているらしい小夜と御手杵を見ながらも、ふたりに続きその場を歩き去っていく。

 ──あの夏の日から七年が過ぎた。
 縁側で溶けそうなよもぎ餅になっていた彼はもうどこにもおらず、左肩口にはものものしい尖った肩当てをつけ、よれよれだった赤いTシャツは糊の利いた白いシャツになった。
 修行に行く前からそうだったが、帰ってきてからは更に自信をつけたのだろう、蜻蛉切に抱えていた卑屈は綺麗さっぱり消えたらしい。
「今度、蜻蛉切と一緒にあじさいを見に行くんだ」
「そう」
 御手杵は楽しそうに話しながら、エビの殻を手際よくむいていく。昔、小夜が手慰みになると思って教えたものだが、まずつまようじを刺すのがお気に召したのかどんどん上手くなっていった。今ではエビの殻むきが御手杵の仕事のようになっている。
「夏は暑いのでってあいつは断るんだけどさ、俺が行きたいって言えば最終的には頷いてくれるんだよな。まあ、結局行くなら断るなよって話なんだけど」
「そうだね」
「俺が溶けたのなんてもう何百年も昔の話なのに、気にしすぎだよなあ」
 ふと見やった横顔は、喜色に満ちて晴ればれとしていた。
「そう、かもね」小夜はただ頷いた。

 身体の自由も効くようになり、武器の本分を思う存分振るえるようになり、幾度も夏を越えた。たくさんの経験を得た。だが、身体の痛みも、心の痛みも知ってなお、御手杵自身の存在の希薄さは拭いきれないように小夜には思えた。
 ──だから、ひなたに置いたほうがいい。
 溶けてしまうと怖がっても。もう怖がることはないのだけれど。
 縁側にずっと転がっていろとは言わないが、陽を浴びて笑っている方がずっと良い。
「気をつけていくんだよ……
「おみやげ、持って帰るからな!」
「うん」
 頷いた小夜を見て御手杵はますます嬉しそうにした。そのまま小夜を肩車して庭を走り回りそうな勢いだ。誰が教えたのかどこで覚えたのか、御手杵は肩車を「背の高い自分ができる特別なこと」だと思っているような節がある──まだまだ目が離せない槍である。
 小夜はしずかに口元をほころばせた。