かずわや
2022-01-20 13:28:35
1170文字
Public ワンライ
 

【ワンライ】銀河鉄道

水曜日のワンライだったはずのものだが、時間も越したし日付も越してしまった!アデュー!

お題:銀河鉄道
今回はいつもよりスピリチュアルです。約1100文字。

銀河鉄道


「────、」

 それは、忘れ物をした子を優しくなだめるような声色で、眠っていたエッジの耳に届いた。
 開いた瞼の中に白い光が満ちる。途端に眩しさに目を閉じて、そしてまたうっすらと開いた。
 眩しいのは外のせいだった。
 開け放たれた窓からは、白い花がこぼれんばかりに咲く丘が、ずっと向こうまで続いているのが見えた。まるでガラスか、よく磨かれた宝石のように光って、まばたきをする間に白い線になって通り過ぎていく。
 座席のシートは上等な赤い革で出来ていた。肘置きや背もたれは、緻密な意匠が施された木造りで、ニスをかけられてツヤツヤと光っている。ほのかな木の香りがした。
(木の匂い、久しぶりに嗅いだ──)
 そう思いながら、座席に深く腰掛ける。地球上の植物は第三次世界大戦でほとんど炭化してしまって、加工物は今はもうほとんど出回っていない。
 背もたれに沈めていた身体を、エッジはハッと起こした。
 だからこんなものは、今エッジが生きている時代にはあるはずがないのだ。

(僕は今、バロックダークに突入しようとしていて。銀河の進化を歪める元凶を倒そうとしていて──)
 緊張感に満ちていたカルナスの船長席もオペレーションルームも綺麗さっぱり消え失せてどこにもなく、落ち着いたブラウン調の四人掛けのボックス席、細い網目の荷物掛け、木目の床や天井が、窓からの花の光を受けて穏やかに光っている。乗客は誰もおらず、列車は驚くほど静かに走っていた。
(なんだか夢を見てたみたいだ)
 バロックダークからの激しい砲撃に耐え忍んだこと。その砲撃で、味方の艦がいくつも墜とされたこと。
 その戦いの最中、とても大事な、大事だったものが、永遠に喪われたと感じ取ったこと。
 けれど、流れていく車窓の風景を見ていると、その惨い記憶もだんだん本当のことだったのか分からなくなってくる気がした。ひとつひとつに薄いカーテンが引かれていって、形の朧げな影になって、最終的には忘れてしまう。この列車があまりにも静かで、穏やかな旅を提供しているからだった。
(だって、今ここに──)
 白い花畑から目を逸らし、向かい合う座席に視線を移す。
 あれが夢だったらいいと思いたくなるような微笑みを浮かべながら、窓枠に肘をつき、こちらを見やる人がいる。こぼれんばかりの光を受け止めた赤い髪は薄桃色にさえきらめいて、頬も唇も血色がいい。あの戦いに、死にそうな身体で飛び込んできた姿と到底違う。
 口を開こうとして、やめた。ひどい緊張が心臓を動かしていた。
 「彼がそこに生きている」というだけで、あの一瞬をすべて夢にしてしまいたくなった。

「なんでお前がここにいるんだよ」

 それは、忘れ物をした子を優しくなだめるような声色で、震えるエッジの耳に届いた。