かずわや
2020-01-10 22:40:49
4400文字
Public 刀剣乱舞
 

【途中】雪の檻

現パロ高校生の秀康と神様の御手杵です。途中…すみません…
富正がいっぱいしゃべる
世界観に疑問を感じない何でも許せる人向け

 ジジ、ジジと蝉がけたたましく鳴いている。太陽の光は容赦なく白シャツの背中を焼き、またひとつ顎から汗が伝い落ちた。少し先のコンクリートの地面が揺らめいているのを見ると、まるで自分が目眩を起こしているのではないかと、もういっそのこと倒れ込んでしまえたらいいのにと茹だる頭で考えてしまう。
 昨日、富正が何の気なしに出した話題が妙に頭に残っていた。
「前世ってあると思います?」
「なんだ、藪から棒に」
「本で読んだんですけど、生まれたときから痣があったりしたらそこが前世での自分の死因なんだそうですよ」
 教科書、ノート、ペンケースを整理する手を止めずに、富正は続ける。
「あと、初めて会ったときから妙に馬が合う相手は前世で友達や恋人だった可能性があるだとか。私とあなたって、全然性格違いますけど入学当初からなーんかいっしょにいるじゃないですか。そう考えると、もしかしたら前世で縁があったのかもしれないと思ったんですよね」
……お前がそんな非科学的なこと言うなんて、珍しいな」
「やっぱりそう思います? まあ、ちょっとだけ気になっただけですから、気にしなくていいですよ」
 それより次は移動ですから、早く行きましょう。
 そう促されて、答える前にうやむやになってしまった前世の話を、あれからずっと考えていた。
 前世など信じていない。だが、仏教にも輪廻転生という言葉と教えがあるし、100年目にして誰かが生まれ変わった姿が自分なのではないかという想像なら、完全に否定できないわけではなかった。途方もなく昔から在る宇宙だ。その長い時間の中で生まれた、無数の命の中で、二度めの人生を生きている特異な誰かだっているかもしれない。
 ただ、ここで今いっしょにいる人物が、かつての同じ時代、同じ場所で、共に顔も名も知る間柄だったかという話は、あまりにも奇跡に近い可能性だろう。確かに富正は、高校に入学したその初日から3年になる今日まで仲が良く、親友と呼べなくもなかった。自分の意見をはっきりと言い、そのせいか周りと衝突しやすい自分を、おとなしいが冷静な富正がよく止めてくれた。気を遣わずに済む相手ではあるが、前世で縁があるかと言えば。
「無い。あるわけがない……
 生まれ変わってもずっと一緒だなんて気持ち悪すぎるだろ、それは。恋人ならまだしも。というかおとぎ話やロマンス映画じゃあるまいし。
 首の後ろにいやな寒気を感じたところで気を取り直して歩き続けると、ふと、丁度そこに何か冷たいものが触れたような気がして、思わず振り返った。後ろには今まで歩いて来たコンクリートの道が陽炎となって揺らめいているだけだ。首に手をやると、指先に水滴がついている。
「なんだ? 水……?」
 周りを見渡しても水撒きをしているような姿は見えないが、どこからか風に飛ばされてきたのだろうか。だが今度は頭に、腕に、何かがあたる感触がある。
 雨、のはずがない。こんな雲ひとつない快晴に。
 訝しげに瞬いた瞬間、視界のなかに落ちてくるものを捉えた。白く、ちいさな、まぶしい夏の日差しの中にそのまま溶けてしまいそうな、──雪?
「雪だ」
 呟いた瞬間、急に世界が真っ白になった。文字通り、真っ白に。視界が揺れる、今度は陽炎のせいじゃない。平静をたもっていられなくなりよろめきかけると、誰かの声が響いた。
「大丈夫か?」
 低く穏やかな声だ。あまりの眩しさに顔が見えない。そうだ、あまりにも世界が真っ白で驚いて目を閉じたはずなのに、まぶたの裏もどこまでも白の平原が続いている。
「大丈夫か、秀康。ゆっくり息をしろ、捕まってていいから」
 誰かにもたれかかってやっと息を止めていたことに気付いた。心臓は激しく波打ち、足と手がわなないて力が入らない。逃げ場のない白に閉じ込められている。感じるのはどこまでも白い世界と、強く支えてくれている誰かの太い腕だけだった。
 頰に冷たく乾いた風を受け、やがて、この視界いっぱいの白が重く冷たい雪だったということに気づく。
(誰だ? 俺は、いまどこにいる? 何をしている? これはなんだ?)
 彷徨った手を誰かが捕まえた。
「大丈夫だ、怖いところじゃない。こんなにたくさん雪が降るところだなんて、思わなかったよな。でも城の土台はしっかり造りこんであるし、ここの暮らしに詳しい現地の住人もいる。そう不便なことばかりじゃないさ」
 何を言っているのか全く分からないのに、そうか、それなら大丈夫だな、とどこかほっとする自分がいた。気づかずにそう口から出ていたかもしれない。
 ああそうだ。雪がこんなに恐ろしいものだとは知らなかった。自分が暮らしていた場所は雪など滅多に降らなかったし、お前が降らせる雪は、人をいとも簡単に押しつぶしてしまうものとは違って、もっと優しく、柔らかだったから。
──『お前』とは、誰だ?
 ハッと我に返ると、もう何事もなかったように景色は元通りになっていた。眼前に迫っていた白い雪の檻も無い、支えてくれていた誰かの腕の力強さも、跡形も。だが頭はまだあの冷たい世界から戻れずに、足も動きそうになかった。注ぎ続かれる太陽の光に焼かれながら、ぼうっとその場に立ち尽くす。
 あれは一体なんだった?
 確かに俺の名前を呼んでいた。
 何もかもが記憶として無い中で、ひとつだけ、ただの白昼夢として片付けておくには気にかかるものがある。
 あの声。低く穏やかな、男の声。
 あれだけは忘れてはいけないものだ。そんな気がするのに、覚えていようとすればするほど開いた栓から水がこぼれていくように声のかたちが薄れていく。
 くそっ、くそっ、くそっ。
 どんな数学の公式よりも、どんな英単語よりも強く強く覚えておかなければと思うのに。何度も思い出そうとすればするほど剥がれ落ち、  そして最後に、鮮烈なあの白だけが残る。
 人は声から忘れていくのだとどこかで小耳に挟んだことがあった。ぼんやりと立ち尽くすこの耳に蝉の鳴き声が騒がしく出入りする。

「どうかしました? 今日一日元気ないように見えましたが」
 部活も終えて、日の傾き始めた帰り道は暑さも和らいでいた。富正はぱたぱたと首を手であおぎながら「夏バテですか?」と至極まじめな顔で訊いてくる。秀康は「いや、」とかぶりを振りかけたが、
「変な夢を見た」
 俯きながら言った。嘘はついていない。もう内容のほとんどは忘れてしまっている。強烈な雪に押しつぶされそうだった、そういうことだけを話した。
「こんなに暑い日が続いているのに雪の夢……それは確かに変ですね」
「なんだ、何か気になるか?」
「いえ」
 富正はすこし考えるようにして、
「昨日私が前世の話をしたせいで、影響されてしまったのかと」
 表情を崩さずに言った。
「はあ?」
「私の話がトリガーとなって、あなたの前世の記憶が無意識的に引き出された。そんな可能性があるとは思いませんか?」
「俺の前世の記憶?」
 そんなものがこの俺にも本当に存在していたのだろうか。
「それに、『夢とは深層の願望を映し出すもの』などとよく言いますし、連日の暑さに参った秀康が、雪に飛び込みたいと無意識に思ったのが夢となって出てきたということも考えられます」
「そうだな……
 真面目な顔をしてアホらしいことを呟く富正に、呆れと苦笑が漏れ出る。
 確かに授業の合間や部活の間にそんなことを一度でも考えたことがあったかもしれない。だが。秀康は胸の奥から迫り来る、急かされているような焦燥感に、顔をしかめた。
 ただそれだけのことならあんなに恐ろしい思いをする必要はないはずだ。ただ眠っている間に見る夢でいいし、すぐに忘れたって構わない。ただの夢ではいけない理由が、覚えておきたかった理由が、あの恐ろしい雪の景色にはあった。
 だが、分からない。思い出せない。なにか嫌な夢を見た記憶と感情だけが胸に残って、遠くの山に陽が落ちていく。

「そういえば、話は変わるんですけど、平安時代では、夢に出てきた人が自分のことを愛している人だと信じられていたそうですよ」
「へえ、自分が好きだから夢に見るんじゃなくてか」
「でもまあ結局、その人に会いたがってるのは自分なんでしょうけどね」
 富正が珍しく声に出して笑った。それが富正なりの、変な夢を見て気が動転している自分に向けた慰めだと言うことに気付いたので、秀康もはは、と笑った。

 その晩も白い雪の檻の夢を見た。
 びゅおお、と吹雪が吹き荒れ、白くかすむ景色の遠くに、ぼんやりとした城影が見える。見たこともないものなのに、雑誌やテレビで見たのか、天に向けてそびえる天守閣にどこか心がひかれるような気がして、一歩、一歩と雪を踏みしめ歩いていく。
「落ちるぞ」
 そこで声がかかった。びくりと足を止めて振り返ると、白煙のなかににゅっと伸びた長い影があった。
「そら。見えにくいかもしれないが、そこには百間の堀があるんだ。あんただって自慢してただろ?」
 昼間に聞いた声と同じ声。その影が一歩ずつ近づいてきて、目の前にそびえ立つ。自分も小さいほうではないと自負していたが、相対してみるとその影は自分よりも遥かに大きかった。180、いや190は超えているだろうか。バスケ部の連中でもここまでの長身はいない。
 立ち塞がる壁のようだが、その実、恐怖はなかった。昼間既に会ったからかもしれない。漏れ出る声が、威圧を含んだものではなかったからかもしれない。
「おまえは、誰だ?」
 やっと声が出た。水中にいるかのようにうまく動けなくて難儀した。冷たい雪の風に閉ざされて、その顔は未だ見えない。だが、見えないその顔が苦笑に変わったように思えた。
「安心してくれ、悪いものじゃあないぜ」
 そう言うわりには、一歩距離を取る。
「じゃあ何だ、」
 近づくと「あ、いや、あのさ、」と取り繕うような声が届いた。
「悪いものじゃないけど、良いものでもないんだ。あんまり近づき過ぎるとあんたを奪っちまう」
「奪う?」
「今の、戦の無い世の中からさ」
 戦の、無い? 戦とは、戦争のことか。社会の授業で学んだ事柄がふいと頭をよぎる。
「ここはどこだ?」
 そう尋ねると、長い影は一瞬沈黙した。びゅおお、びゅおおと騒がしく風が鳴る。あの低い声では、呟く言葉が聞こえないだろうと思って一歩近づくと、また影は一歩後ずさった。
「どうして遠のく。さっきは腕を掴んでただろう」
「さっきはさっきさ。あんたがあまりにも倒れそうだったから」
「俺は倒れそうになどなってない!」
「負けず嫌いは相変わらずだな」
 やはりその声がひどく懐かしかった。どこかで聞いた、覚えている。だが、肝心なところが思い出せない。