かずわや
2019-06-05 16:11:37
6393文字
Public 刀剣乱舞
 

【さよおて】それが告白だとずっと後になって気づく話

コンセプトはタイトルだそうです
何年か前に書いたけど、どんな形で締めるのか忘れてしまったので供養

それが告白だとずっと後になって気づく話

 第二部隊が重傷で帰還したらしい。
 蔵で備蓄の確認作業をしていた小夜がそれを知ったのは、隊員のほとんどが手入れ部屋へ運ばれたあとだった。
「小夜ちゃん!」
蔵へ慌ただしく走りこんできたのは粟田口の脇差兄弟で、「手伝い札を何枚か! あるだけ!」「兄弟、6枚だ。必要な数だけでいい」と、鯰尾は青ざめた顔で、骨喰はいつもと同じ調子で——しかしやや息が上がっている——小夜に言う。
「なにかあったの」
「第二部隊がほぼ動けるひとがいない状態で帰還したんです! 小夜ちゃんも早く来た方がいいですよ!」
はっとした。第二部隊には兄の江雪左文字が編成されていたはずだ。あの、戦うことを厭うくせに、鎧のように堅く、強い兄が、大けがをして帰ってくるなんて。信じられない思いだった。
「資材を!」
続けて山伏国広が肩を弾ませて飛び込んでくる。ジャージが泥と黒ずんだ血で汚れている。
「資材は、どれだけ」
「とりあえずありったけだ! 小夜殿は先に行ってくれ、資材は拙僧に任せられよ!」
木炭が山のように積まれた桶を、盛り上がる筋肉が持ち上げる。それを尻目に、鯰尾が濡れた髪を翻しながら外へ出ていく。追いかけて蔵から出ると、前が霞むほど大粒の雨が降っていることに気づいた。
「この雨だ」
 濡れながら骨喰が呟く。
「雨で視界が悪くなっていたところに後方から奇襲をかけられたらしい。その前にも、御手杵が傷を受けていて、すこし休憩してから本丸に戻るつもりだったみたいだ。その油断を突かれた」
……詳しいね」
「傷が一番浅かったのが御手杵だった」
 それは。
 思いもかけなかった彼の名前を聞いて、思わず表情が変わる。いや、「思いもかけなかった」なんて嘘だ。心のどこかでは、ずっと引っ掛かっていた名前だった。そういえば第二部隊は江戸の調査を行うために、太刀、大太刀、槍という比較的大柄な刀剣男士が編成された部隊だったはずだ。そのため手入れにかかる資材も相当で、多くの人数が手当の手伝いに駆り出されているのだろう。
雨の庭を走りながら、手入れ部屋で不貞腐れているであろう彼を思い描いた。
御手杵。
彼は、顕現してから小夜が世話をした刀剣のひとりだ。近侍を務めることの多い小夜は、刀剣男士の世話も数多くしてきたが、御手杵はその中でも、とりわけ扱いの難しい刀剣男士だった。だが、気性の激しい個体だったとか、身体のどこかが著しく欠けていたとかそういうことではない。
——でも、¨欠けていた¨ということはあったかも)
今はもう小夜の手を離れ、第二部隊の隊長として立派に武功をあげているらしい。
らしい、というのは、御手杵が部隊へ配属されてから、会うことも会話することも減ったからだった。
小夜は夜戦部隊に配属され、三条大橋へ向かうことが多くなった。小夜離れ(一部の刀剣男士はそう呼んでいる。そのくらい小夜は御手杵につきっきりだった)した御手杵は、個人的に趣味の合う刀剣男士とつるむようになり、もともとお互い他人に絡むことの少ない者同士だったので、それからめっきりと二人の時間は減ったのだった。
今思い返すとあれほど他人とくっついて過ごした日は初めてだった。ちゃんと五体があるのに、御手杵の腕や足はまるで人形のようで、‘人の体’としてほとんど機能しなかったのだ。「扱いが難しい」というのはそういうことで、なんとか歩くことだけはできたのが幸いだった。己の本体すら持てず、そうなると刀剣男士としての使命を果たすこともできず、それゆえに、御手杵の手足の代わりとなったのは世話係の小夜だった。
手がかかる、と零した小夜の言葉を、じゃがいもを茹でながら、陸奥守吉行に笑われたことがある。
「弟ができゆうがか」
「弟?」
「あれは弟というより子どもじゃないのかい? 飯も小夜坊の手から手ずから食べているし、なにかにつけてはさよ、さよ、って。まるで鳥のヒナかと思ったよ」
「まっはっは! そうじゃのう!」
 次郎太刀が口を挟む。
 確かに弟というよりはちいさな子どもの面倒を見ているようだった。だが、御手杵は、自分よりも数倍大きな体の刀剣男士だ。世話は一筋縄ではいかない。それでも投げ出そうと思えなかったのは、彼が、小夜の手から逃れようとしながらも、驚くほど従順だったからだろう。
 御手杵は純粋だった。思い通りにならない自分の体に嫌悪しているのが、すぐ顔に出た。それを隠そうとしているのも。それでも、世話をする小夜に始終「ごめんな」と「ありがとう」を律儀に繰り返すところは、元来そういう性質なのだろうと知れた。それでも嬉しそうに施しを受ける姿は、確かに子どもと変わりなかった。放って、見捨てていいものではない。それにほだされていたのかもしれない。兄弟でもない、所詮は縁のない同士なのに。
 それが二ヶ月ほど前のことだ。

小夜が縁側へ上がると、様々な喧噪で空間が満ちていて、そこかしこから慌ただしい声が聞こえてきた。ふつう手入れは妖精に任せれば終わるが、この本丸には手入れ部屋が3つしかない。残りの三人は大広間に寝かせられているのだろう。
「陸奥守! 第二部隊の容態は」
「おお、小夜。損傷が激しいんは太郎太刀じゃ、しんがりを務めちょった。けんど、他も全員重傷。江雪と数珠丸、太郎太刀は手入れ部屋に行きゆう。残りは大広間じゃ」
「ありがとう」
 手入れ部屋のほうへ行きかけた小夜の手を、陸奥守が引き留めるように握る。
「江雪んとこは先に宗三が行っとるみたいじゃ。小夜は、先に御手杵んとこへ行ったほうがええ」
「え、なんで……
 呼んじょった。陸奥守の、珍しい有無を言わせぬ顔に、小夜はこわごわと頷いた。
 大広間に近づくごとに喧噪が大きく広がってくる。襖を開けると、鶯丸と膝丸が白い敷布団の上に寝かされていた。傷を受けた箇所は既に包帯を巻かれ、応急処置は終わっているようだ。しかし、刀剣男士は手入れを受けなければ直らない。横たわっている二人の眉間には皴が寄り、見ているだけで小夜も体が痛くなりそうだった。
 首を巡らせてみる。すこし離れたところに御手杵の布団があった。骨喰の言っていた通り、二人よりも損傷が少ないらしく、横になっている二人とは違って上体を起こし、じっと手元を見つめている。
 御手杵。大きな声を出すのは苦手だった。それに二ヶ月ぶりに名前を呼ぶのだ。声が震えた。喧噪に紛れるようなちいさな声で呼んだつもりだったが、御手杵には聞こえたらしい。はっとした顔で、小夜を見た。息をのむ。汚れた頬が緩んで、申し訳なさそうに眉を寄せてへらへらと笑んだ。
「情けないよなあ。隊長なのにさ、突っ走りすぎちゃって。みんな俺のこと守りながら戦ってくれてさ、俺だけ傷が浅いんだ。合わせる顔がなくて困る」
訊かなくても御手杵は喋った。明日には元通りになる、傷だらけの手を見て弱弱しくそう呟く。その手を見守りながら目線を下ろして、小夜は度肝を抜かれた。
「でも、脚が」
 御手杵の右足は膝から下が無くなっていた。傷が浅いなんて嘘だ。これで浅いのなら、他はどうなっている。へら、と笑った御手杵が言う。
「このせいで、最後は戦えやしなかった」
 馬に乗せられ、太郎太刀と江雪が時間を稼いでいる間に連れられて逃がされたのだと言う。人間のようにけがをしたり、骨が折れたりするのに、脚ごと無くなってもなんでもないように生きていられるのだから不思議だ。もっとも、御手杵は昔からそういう痛覚にも鈍かった。何度か「痛み」というものを教えてやって、隊長になった頃はけがをすることも減ったからやっと覚えてくれたのだろうと思ったが、彼の中で、それはあまり実を結ばなかったらしい。
「そういや、江雪のところ行かなくていいのか?」
「あなたが呼んでたって、陸奥守が」
「えっ俺が? ……気のせいじゃねえかな、ごめんな。俺はこの中じゃ一番平気だからさ、兄さんとこ行けよ」
 明らかにごまかすような、追い払うような御手杵の声に、小夜は自分の中でぞわぞわと何か嫌なものが這い上がってくるのを感じた。陸奥守はよく気がつく、聞き間違えたなんてない。あそこで嘘をつく必要もない。唇を思い切り噛み締めたい気持ちに駆られ、寸前でこらえた。
「御手杵、笑わなくていい」
……なんだって?」
「笑っても、辛くなるだけなら」
 枯茶の髪が目元にかかった。御手杵が首をかしげて——太くたくましい首も包帯に覆われていた——小夜に笑いかける。
「あんた、前と反対のこと言うんだなあ」


 まるく切り取られた窓から桜が吹雪くのが見えた。夏が近づく、濃い青空も桜から透けて見え、遠くで子どもが騒ぐような甲高い声も聞こえてくる。和やかで、鮮やかな外とは対照的に、部屋の中は薄暗かった。
 いつまでここにいればいいのだろう。いつになったら出ることができるのだろう。いや、いつまでたっても出られやしまい。この「体」はまったく使い物にならないのだから。使えない、振るえない武器は仕舞われるだけだ。使われなくなっても、大切にされて、飾りものにされて、誉めそやされるのを受け止め続けるだけならまだいい。捨てられて無碍にもされない、暗く静かなところで眠るだけになったら。それこそ本当に武器の終わりだ。嫌だと思う、それにも別に慣れている。今までずっとそうだったのだ——本当にそうだった?
「いっつ……
 記憶が曖昧だ。頭が痛い。桜が吹雪いている。子どもの声が聞こえる。懐かしい、と目を閉じる自分もいるのに、そんなことあっただろうか、と首をかしげる自分もいる。体も満足に動かせないくせに、頭のほうも足りていなかった。とにかく自分は今、肉の体を手に入れたまではいいのだが、ひとりきりでどこかの部屋に放置されていたのだった。畳の青いにおい。清潔さは保たれているが、手狭だった。寝ころべばつま先が壁に当たり、髪の先がもう一方の壁に触れる。こんなところで寝泊まりさせられるのか。これではまるで牢ではないか、蔵よりもよっぽど酷い。薄暗い部屋で、御手杵は寝転がって、流れていく桜の雨を眺めていた。
 その部屋には必ずひとりの来訪者があった。ちいさな、青い髪の、痩せたねずみのような少年だった。この場所に来た時、一番初めに見た顔だ。それ以外の顔を御手杵はあまり覚えていなかった。小夜左文字と名乗る少年は、この部屋に来ると必ず最初に待遇について詫びた。よく審神者から言い聞かせられているのだろう。このちいさな少年が自分の世話役に就くのだと聞かされたときは驚いた。
 これは、御手杵、あなた自身を守るための待遇でもある。狭いし退屈だろうけど、どうか我慢して。
 御手杵は頷くしかなかった。幸い歩くことはできるが、どうも体が重くて自力では数メートルの距離しか移動できない。逃げたところですぐに捕まり、また連れ戻されるだけだろう。確かに退屈ではあったが、どうせ何もできない身なのだし、好きにしてくれと投げやりに思う。その適当さが顔ににじみ出ていたのか、小夜はわずかに困った顔をした。
 憐れむという感情が、少年には備わっていたのだろう。
「なにか、持ってくるよ。食べ物を……食べなきゃ、肉の体は生きていけないから。食べたいものはない?」
「そうだなあ……
 気も無げに、外の方を見やる。
「初日に食べた、あの、茶色い奴。肉かな? あれが食べたいなあ」
「から揚げ……?」
「うん、それ」
 食べることは楽しいと思えた。それも幸いだったのだろう。小夜が箸で挟んだから揚げを口を開けて待ちわびる。カリッとした衣は食に慣れない舌にはすこしからくて、しかしすぐに噛み締めた油がじゅわりと舌の上で溶け、あとには肉の甘さだけが残る。この世にはこれほど美味いものがあるのかと、身体が興奮で震えた。そういうところはしっかりと機能しているようだった。
「ああ、これだ、美味いなあ。これいいよなあ」
……うん」
「あんた、ごめんなあ。こんな介護みたいなことさせて」
……構わないよ」
「あんたも戦うのか?」
「戦うよ。僕は、復讐しなくてはいけないから」
「へえ、そりゃ穏やかじゃないな」
 でも、羨ましいな。
 から揚げを頬張って、頬をぱんぱんに膨らませたまま、御手杵は屈託なく笑った。そうすると、小夜の鉄面皮がほろりと崩れた。
「羨ましいの」
「だっていくさに出られるんだろ」
「それは……そうだけど」
「俺もいくさに出たい。いくさに<出なきゃいけない>理由がほしい」
 ぐっと眉を中央に引き寄せて、御手杵はまた外の方を仰ぎ見た。小夜もつられてそちらを見る。うすい雲がたなびき、遠くから数人のざわめきが途切れ途切れに聞こえてきた。出陣していた第二部隊が帰ってきたのだろう。
「それなら、今は訓練だね……
「訓練。訓練かあ……
「食べることも訓練だよ。ほら」
 差し出されたから揚げをまた口に放り込む。口の中に広がる味に、図らずもまた頬がゆるんだ。
「まあ、これだけ美味いなら、こんな訓練でもいいかなぁ」
「あなたは……その、そのほうが、いいね」
「そのほうって?」
……笑った、ほうが」
御手杵は目をしばたたかせた。突然何を言うのだろう、意味を理解するのが数秒遅れた。彼と話した日々は短いが、そんなことを言う性格には見えない気がしたのだが。痩せた少年は、崩した鉄面皮を戻さないまま続けた。
「笑うと、万事うまくいくような気がするだろうって、よく言われるんだ。長い間、僕には笑うのが良いことだとも、うまくいくものとも思わなかったけれど、あなたを見ると、ほんとうにそんな気がする」
 
あなたは、笑っていたほうがいいね。
 彼にとっても、その言葉は誰かからの受け売りでしかないのだろう。だが、大切そうに呟かれたそれは、大切にしなくてはいけないように思えて、御手杵は本心からその言葉を受け止めた。
 その日から御手杵はよく笑い、小夜について回るようになった。体はまだ満足に動かせなかったけれども、桜が若々しい緑に変わり、蝉の声がけたたましく庭を包む頃になると、御手杵はまるで「興味」を覚えた幼児のように、めまぐるしく成長していった。
 御手杵が使っていたあの部屋は、からっぽになった。


……笑えって言ったの、小夜だろ」
 あの日、狭い牢のような部屋の中で見た、不満そうな顔で小夜を見下ろす。そうだ、確かに言った。だけどそんなときまで笑ってほしいわけじゃない。思えば、他の刀剣男士と同じ棟に移ってから、不満を隠さない、機嫌の悪そうな顔を一度も見かけたことがなかった気がした。
 御手杵くんは、人間っぽくなったね。
いつか伊達の刀が嬉しそうにこぼしていたのを思い出す。まだ危ういところもあるけど、あんなふうに笑えるなら、よかったって思うよ。御手杵は庭先で脇差たちと落ち葉を集めていて、特に冷える日だったのに防寒具をなにもつけていなかったのを脇差たちに笑われ、寄ってたかって首巻や耳あてや手袋をつけられていた。やはりまだ気温の変化や感覚に乏しいところがある。寒々しい庭に、笑い声が響いている。それを見ながら小夜も頷いたものだった。歌仙の言った通り、笑えばうまくいくのだと感心したのだ。
 

「殺せる理由があるやつは、いいよな」
 投げやりにそう呟いたあと、御手杵ははっと目を見開いて、さよ、と途方に暮れたような声で言った。
「ごめんな、別にそんなつもりじゃ」
「僕は。……僕は、そういうふうに、我慢してるみたいに笑ってる御手杵は、好きじゃない」

それが告白だとずっと先になって気づく話
さよおて