かずわや
2018-02-21 17:17:16
4814文字
Public スターオーシャン
 

【SOA】シグムントとお父さん艦長

※途中で終わってる
インアンムン様の事情を全く知らない子持ち艦長がムン様との距離の取り方に悩む話です

虹色の光がとてつもない光量を放ちながら部屋全体を包むので、このときのために遮光眼鏡をレプリケーターで作ってもらおうかと、ぐっと目をつぶりながらぼんやり考える。老眼になりかけの目にはこのまばゆい光は堪える。まぶたの裏の赤みが消えて、おそるおそる目を開けると、柔らかく降り注ぐ透明な虹の光のなかでひとりの青年が佇んでいた。
「あなたがここの長か、よろしく頼む」
深い橙色の髪にすきとおる真っ赤な瞳。仰々しい鎧と、威厳の溢れた声色、口調は確かに逞しい武人のそれだったが、見上げてくる顔立ちは思ったよりも幼く、それで一瞬歩み寄りかけた足を止めてしまった。聞こえた声が低かったのと、聞いた話で想像するに良い年齢の大人かと思っていたのだが、案外幼い子どもではないか。
「よろしく頼むね、シグムント君」
そう言いながら手を出すと、彼はほんの少し逡巡した後、出された手を握り返した。手袋越しだが厚い手のひらだということが分かる。これまでも幾度の戦いを乗り越えてきたのだろう、そう思うと妙齢にしては細い自分の手首が恥ずかしくなった。
「まずは生活スペースを案内するね、ここが談話室
リーシュとシグムントを連れて広い艦内を歩く。談話室にいたミキが「艦長!新しい人?」と懐っこく駆け寄ってきた。
「うん、シグムント君だよ。仲良くしてね」
「よろしくー!」
よろしく、と穏やかに返す彼の声を聞きながら、ざっと談話室を見回すと、リムルとメリクルがこそこそと隅に行こうとしている後ろ姿が見えた。はて、何をそんなに隠れているのだろうか……目線をミキに戻すと、彼女がにこーっと笑う。それがやけに不自然に見え、
「あっ」
「ぎくっ」
「ミキちゃんたち、またおやつ食べてた!?」
「ミャミャッ!?」
ミキ、リムル、メリクルが飛び上がり、その拍子にメリクルの手からお菓子の袋がばさばさと落ちるのが見えた。ミキがあちゃ〜という顔をしている。先にミキが駆け寄ってきたのも、艦長が来たということを二人に知らせるためと、視線を逃げる二人に向かわせないようにするためだったのだろう。
「夕飯前におやつを食べるのはだめって言ったよね?」
ごめんなさい……としょげる三人の頭を見下ろすと、息子のことを思い出す。こうやってガミガミと頭ごなしに叱ったとき、息子は強く反発して口をきかない時もあった。それに怒ってまた叱り、息子も怒って……という悪循環がいつも続いていて、こうして宇宙に漂っているときもまだ、息子との喧嘩は続いているのだった。そのことを思い出すとぐっと胸を締め付けられる感覚がする。そして彼らの幼い顔を見ると、それが自分に反意を持つ息子と重なって見えた。
……次からは、気をつけなさい。いいね?」
「はーい、艦長」
三人の背中が遠ざかっていく。
「艦長、やっぱり甘いわよねー」
「そ、そうかな!? 厳しくしたつもりだったんだけど……
「怒ってもあんまり怖くないし。手加減されてるというか、心の底から怒ってない、っていうのがわかっちゃうのよね。まあだからこそみんな艦長に懐いているんでしょうけど」
三人の背中を見送っていると、夕飯の前におやつは駄目なのか、とひとりごちる声が聞こえてハッと目を見開いた。そうだった、手を貸してくれるこの年若い武人に対してまだ何のおもてなしもしていない。育ち盛りに見えるし、お腹も空いていることだろう。動転しながら、
「そういえばシグムント君、君は来たばかりだしおやつ食べる? 好きなものとかある!?」
と訊くと、
「いや、そうではない。間食をすると夕飯が入らなくなる……なるほど道理だ。私も子も気をつけなければと思っただけだ」
「子……?」
「あっ艦長、そろそろ夕飯の時間よ。案内はまた後にしましょう」
「ああ、もうそんな時間……
きびすを返す拍子に捉えた、丸みを帯びた頰。大きな目。鼻先。どれを取っても妙齢の自分には子どもにしか見えない。だが、この違和感は何だ。そこに彼を当てはめてはいけないような。17歳の、息子の姿が頭をよぎった。身体は成長したが中身はまだまだ子どもで、その子どもらしさが愛おしくもあり、危なげで、いつも見ていなければという責任があった。今も、この艦に搭乗している乗組員のなかでも特に若い子たちからは目を離さないようにしている。いくら戦う術を積んだ勇士たちであろうとも、彼らは本当は庇護されるべき子どもだ。彼らを大事に育ててきた親御さんもいるはずなのだ。大人として、子どもは守らねばならない。
いかに勇士であろうとも。
それは目の前にいる武人でさえも同じである。
だが、彼の立ち居振る舞いと喋り方は、まるで。
(ま、あ、気のせいかな)
喋り方ならベルダという例もある。そこまで深刻に捉えなくてもいいだろうと思う反面、自分の中に戸惑いがたしかに生まれてきていた。


「どうしたのよ艦長、いなくなるなりデータ漁ったりして。あの人のことそんなに気になる? あんまり無いのよね、世界が違うから……
最後の方はごにょごにょと何か口ごもりながらだったが、リーシュが心配してくれているのはよく分かっていた。確かにリーシュの言う通り、出てきた情報は、異なる世界で月を解放する旅に尽力していたことと、彼が17歳だということだけだ。深いため息を吐く。データが少なすぎる。
「そ、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ! 言葉も通じるし、今までもいろんな人とちゃんとやってこれたじゃない!」
「でも……
「何を心配してるの? 艦長、誰が来たってそんなにオドオドしてなかったじゃない。へなちょこ……控えめなのはいつもと変わらないけど」
「リーシュちゃん酷いよ……
確かに自分は度胸がない。用心深いのだと言われればそうだと言えるが、純粋に臆病なのだと自分では思う。この探査艦の艦長に選ばれたのは候補のメンバーよりも長く積み重ねてきた経験があるからで、決して突出した才能があるからではないのだ。遥か彼方の宇宙から地球へ帰る旅路の途中で、様々な才能を持つ人々--「英雄」と地球では呼ばれる人もいる--と出会い、この艦内も賑やかになってきたが、自分に胆力がついたとは到底思えない。
それでもこの旅は悪いものではなかった。伝承の中でしか知らなかった人や、人間ではない種族と出会えたこと、彼らと様々な価値観を共有し合いながら同じ時間を過ごせることは楽しかった。それは本当にそう思う。
だが。
「ねえ、リーシュちゃん」
「なに?」
「17歳って、なにが好きなのかな……
「は?」
「リーシュちゃんの弟っていくつ? 何が好きだったか覚えてる? というかここの船にいる若者ってみんな何して遊んでるんだろう!?」
「きゅ、急になに!? 落ち着きなさいよ艦長っ!」
ばちーん!と気持ちの良い乾いた音が両頬から聞こえた気がして、目の裏側で綺麗な星がちかちかと舞った。衝撃と共に椅子に倒れこむと、容赦なく揺れてにじむ視界をリーシュが覗き込んでくる気配がする。
「落ち着いた?」
「すこし……
荒療治にほんの少し口をほころばせる。自分が消極的な分、リーシュが積極的で強引だと本当に助かる。
「私には息子がいてね」
椅子に座りなおしながら言うと、「ああ、喧嘩したままって言ってたわよね」とリーシュが合槌を打ってくれる。
「その息子が彼と同じ17歳なんだよ。口喧嘩をしたまま出てきてしまって、こうして宇宙を彷徨う羽目になってしまったから、連絡も取れてないし……。息子と同じ歳だと思うとどうも気まずくて」
「でもあの人全然17歳に見えないじゃない?」
「それが問題なんだよなああ……
ずるずると椅子から崩れ落ちる。行儀が悪い、とも言いたげなリーシュの視線が突き刺さるが、気づかなかったふりをする。
「他の若い子たちみたいに、元気で快活としていて健全なら全然訳ないんだよ。私もはっきり、子ども扱いというか、そういう目で温かく見守ってあげられる。でも彼は、」
赤い鋼をはめこんだような瞳。冷たさと憂いと、ほんの少しの慈愛を感じさせる横顔。スッと通った頰の輪郭は、そこらの大人と比べるとまだ丸みがあって、しかし彼が紡ぎ落とす言葉は何十年も生きてきた人間のようだ。
だから、どう接すればいいか分からない。
子どもだと思えば大人で、大人だと思おうとすると幼さの残る顔立ちが邪魔をしてくる。思考を掻き回されて定まらない。
頭を抱えながらそう言うと、
「そんなに気負わなくてもいいと思うわよ」
あっけらかんとしたリーシュの声が降ってきた。
「すこしずつ慣れていくでしょ。あんた、へなちょこ……控えめだけど、頑張ってることみんな知ってるし」
「でも」
「まずは挨拶とか会話からでしょ? 艦長がいつもやってることじゃない」
にっこり微笑んだ彼女の顔に女神の面影を見出し、思わず床にひれ伏し手を合わせると、なにやってるのよ、と呆れかえったような笑いを含んだ声でリーシュが言う。
「ふふ、年下の子に慰められるなんてちょっと恥ずかしいね」
「今更でしょ!」
リーシュの笑顔につられて自分からも笑いがこぼれる。
そうだ、すこしずつ慣れていけばいい。今までのように。シグムントもきっとよそよそしいからと怒る人ではないだろう。


向こうから橙色の人影が歩いてくる。しっかりと背を伸ばし、顔を上げたその姿はまさに堂々たる「英雄」だ。並の人間なら、足を止めて彼が通り過ぎるのを息を詰めて待ってしまうだろう。
……どうした、艦長」
並の人間なのでシグムントの前で足を止めてしまった。道を譲るように壁沿いへ寄ったのを見て、彼が不思議そうに振り返ってくる。
「あ、いや、ははは……お、おはよう、シグムント君」
「ああ、おはよう」
時刻は午前8時。ここでは多くの者が既に活動を開始している時間だ。きっちりと鎧を着込んだシグムントも早くから目を覚ましていたのだろう。
たとえ彼が異なる世界の英雄であろうとも、この艦内にいるときは、艦長である自分のほうが立場が上だ。それはわかっている。わかっているのだけれども、彼が放つ威圧感とも違う何か、近寄りがたいオーラに気圧されて、どうも萎縮してしまう。しかし、彼はこう見えても17歳なのだ。大人の自分がしっかりしなくてはいけない。
まずはリーシュが言った通り挨拶、そして会話からだ。
「こ、これからどこかに行くのかい?」
「バトルシミュレータに」
「へえ! 意外だなあ」
バトルシミュレータは毎日誰かしらが訓練だったり親睦を深めるために利用していて賑やかな場所だ。寡黙な彼がその中に混じって使うのは想像できなかったが、いいことを聞いた。等身大の若者らしいところもあるのだとほっとする。
「鍛錬はいつどこにいても欠かさないようにしている。それに、今日は誘われていてな」
「えっ誰に?」
「フェイトやエッジ達だ。稽古をつけてくれと言われている」
「おお、シグムント君が同じ若者たちと交流を……!」
思わず熱くなった目頭を抑えると、シグムントはますます不思議そうな顔をした。
「なんでもない、頑張ってね。怪我しないようにね」
「ああ、わかった」
遠ざかる背中に手を振りながら、すこし父親顔をしすぎたかもしれないと苦笑をこぼす。息子だったら「いちいちうるさい」とつっけんどんに返されていたかもしれない。宇宙開拓の歴史のなか、若い子達が活躍していたのは記録にも残っているし、こうして共に戦っていても大変頼もしいと感じることばかりだが、やはり子を持つ父親から見ると無理して欲しくないと思うことが常だ。武人の青年に対して「怪我しないでね」はないかもしれないが、それでも毎回丁寧に「わかった」と返してくれるのは、武人だからというだけではなく育ちがいいのだろうと思った。