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かずわや
2017-10-03 22:21:05
3189文字
Public
刀剣乱舞
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【元主】夢を見た槍
いつも通りねつ造満載の、元主と夢を見た槍の短い話です。
夢を見た槍
空から降る穏やかな陽射しが、格子のはめ込まれた窓枠から滲み入り、誰もいない板張りの床を照らしている。慌ただしさが絶えることのなかった城内は水を打ったように静まり返って、時折階下から女中の話し声がひそひそと聞こえてくるだけであった。城主も主だった家臣もみな大坂のほうへ出払っている。もう夏になるであろうことが陽の光の強さで知れた。
誰もいないと思われた部屋だったが、光の届かぬ隅のほうに、膝を抱えて背中を丸めた人影があった。ぎし、ぎしと外の廊下が足音で軋むたびにそれは顔を上げ、しかし誰も部屋に入ってこないことがわかるとまた首を垂れる。柔らかな枯茶の髪が形のよい耳にかかり、一度開かれた同じ色のふたつの眼は、遠い夢を探し見るようにまた閉じられて、『かれ』は人の少なくなった城の片隅に取り残されていた。
最初は炎の夢を見た。生まれて最初に見た光景だろう。カンカンと堅いものを叩く音と、ごうごうと逆巻く風のような炎の音を眠りのなかで聞いていた。
次は人の手の夢を見た。豆だらけのしわがれた手が優しく己を撫でてくれていた。次第にその手は厚みを増し、熱い体温の通う若々しい掌になった。それらの手に撫でられていることが幸せだった。また、もっと強く握ってほしいと願うようになった。その手に握られ、振るわれたかった。
夢見ることはそればかりになっていた。
彼はいくさを知らぬ槍だった。
些細な音にさえ彼は瞬時に顔を上げる。だが期待のものでないとわかると、また立てた膝に顔をうずめる。もうどれだけそうしていることだろう。ここはかつての当主が使っていた寝所で、彼が亡くなってからは息子であり現当主である若君(槍の付喪神は未だにそう呼んでいる)の部屋となった場所だった。前当主が亡くなってから八度ほど季節が巡り、代がかわって、若君が成長し、江戸の幕府を巻き込んだ大騒動が起こった間も、槍の付喪神はずっとこの寝所で膝を抱えていた。
槍の付喪神の名は「御手杵」と言う。
突然馬のいななきが聞こえた。御手杵は今までよりも速く激しく、肩を揺らして顔をあげた。このツンと漂う臭いは、硝煙だろうか。付喪神の耳は夢の音をとらえ、まなこは遥か遠くを見晴るかす。虚空を見つめる御手杵の視界に彼が夢見た景色が広がりゆく。
馬のいななき、地を蹴るひづめの音。ほこりの混じった風の臭い。思い思いの鮮やかな甲冑に身を包んだもののふ達が、まるでひとつの大きな生き物のように群れを成し、そのかたまりがいくつも山の合間や草原の上に配置されている。
そのなかで、開戦の合図を待たずしてぱっと駆け出した一隊があった。しかめた顔つきにまだ幼さが残る、頬のまるい若武者が率いる隊だった。白い旗に葵の御紋が翻る。
(若君だ)
御手杵の目の前で、地を揺らしながら何千頭もの馬が駆け抜けていく。その一隊に続かんとばかりに次々と周りのかたまりがくずれ出し、遅れて誰かがあげた雄たけびが、後方へ波のように広がっていった。
猛る人の声、腹の奥が揺れて震えるほどの怒号に近いざわめきは、やがて鋼が打ち合う重厚な響きに変わる。このいくさが最後とばかりに、誰もが鬼気迫った表情をしていた。
「いくさが始まったぞ」
この日ノ本を揺るがす最後のいくさが。
声は冷えた暗闇に落ち、誰も返事をしなかった。
御手杵は足をくずし、気だるげに周りを見渡して、また夢見るように呼び掛けた。
「一番槍は若君の隊だ。気が逸ってるんだろうな、無茶しなきゃいいんだが。ちょっと心配だよなあ。誰か俺も連れていってくれよ、なあ
……
」
主のいない部屋は沈黙を守っている。
前当主が生きていたころは、気が向いたときにたまにそうしたものだった。帰ってくる時間を見計らい部屋の隅で幽霊のように膝を抱えて、戸を開けた男が驚いた声をあげるのにけらけらと笑った。慣れてくると、男は待っていた御手杵を見るなり呆れたように深いため息をついた。女がいたときもある。そのときばかりは不服ながらも御手杵は寝所に行かなかったけれども、誰もいないしずかな夜は、主たる男が寝付くまでたわいのない話をした。だいたいはいくさの話だった。
たとえば、賤ヶ岳の七本槍。聞きかじったその名を七条の名槍のことだと思っていた御手杵が、七人の槍の使い手と知って落ち込んだのを、男は子どもに向かってするように笑った。
「だが中には天下に聞こえた誉れ高い槍もある。“日本号”という日の本一美しい槍だ、見たことはないか」
「聞いたことはあるぞ。あんたの知り合いが持ってなかったか」
「酒の席で自慢されただけだ、見たことはない。しかしそのような名槍、一度目にしてみたいものだな
……
」
「ふうん」
「何をむくれている」
主は城を空けることが多かった。大きないくさのために領地を離れるのなら自分も連れて行ってもらえたのかもしれないが、あいにくそうではないらしい。人の事情は槍にはわからない。しかしその空ける期間が次第に短くなっていって、今度は数日ごとにどこかへ行き、城へ帰るのが増えていった。しきりに出かけるのは変わらなかったけれども、必ずこの部屋に帰ってくるのを御手杵は喜んだ。
主が病に罹り、その身体がすこしずつ限界へ近づいていたことを知ったのは、もはや部屋で待たなくとも、朝から晩まで主がそこで寝たきりになってからだった。
どうするんだ。病気になんかなったらいくさに行けないじゃないか。枕のそばでそう言うと、男は子どもに向かってするように笑っただけだった。
ほどなくして、主たる男のやせ細った身体はどこかへ運ばれ、二度とこの部屋に戻ってくることはなかった。まだ朝晩冷える春のことだった。
膝を抱えて幾度も主の帰りを待った。まだ幼い若者が代わりに出入りするようになっても、御手杵は部屋の隅で待ち続けた。
たまの夜ごとに交わした短い会話を思い出す。いくさに出たいと御手杵がねだると、「ああ」と頷きながらすまなさそうにした、湿疹で赤く腫れた主の顔を思い返した。
あのときもうわかっていたに違いない。自分が二度と戦場の地を踏めぬこと、その願いを叶えてやれないことを。御手杵の耳と眼は未だに激しいいくさの音をとらえている。ぐわんぐわんと頭が揺れる。現当主の若君は御手杵のことが見えない人間で、会話もできない。御手杵は部屋の隅から床につく若君の姿を毎晩黙って見ていた。父に対する憧れと、羨望と、怒りと、この世に対する高慢と恐怖がない交ぜになったまるい頬の横顔を、黙って見ていた。長いこと声を発していなかった。その涸れた喉から「ああ、」と言葉が漏れる。
いくさは始まっている。耳の奥でからみついた夢が離れずに、御手杵は静寂が満ちる冷えた部屋でいっそう背中を丸めて縮こまった。
誰かあいつを連れていってくれ。手柄を立てる機会を望み続けて、ついぞ日の目を見なかったあいつを。遅れたら手柄をとられてしまう。俺みたいに膝を抱えたまんまにさせないで。
そらかぶとを用意しろ、鎧も仕立て直せ、あのやけに派手な赤い陣羽織も引っ張り出して。そうだ、立派だろう。遅れたって、そうだな、手柄はとられるかもしれないが誰も怒りゃしないさ。あんたは大将なんだから。そうしてあいつがそこに立ったら、隣に俺を立ててくれ。ほこりの混じった風を受けよう。錆びても構わない。すぐに俺を掴んで走り出せるように馬も何頭か用意しておこう。とびっきりいいやつだ、見劣りなんか絶対にしない。
あんたの隣にいたいよ。
そして、そして、そして。
遠くでズドン、と火の噴く音が聞こえた。しずまり返った城の中で、いくさの音は延々と続くように思えた。その音を視界に映しながら、槍は追いかけるように目を閉じた。
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