かずわや
2017-06-18 22:19:44
3550文字
Public 刀剣乱舞
 

【蜻蛉杵】似合うとか似合わないとかじゃない!!

合わせたら一個になるタイプのストラップをお互いの携帯につけているサラリーマンとんぼ×高校二年生おてぎねくんです

初夏の日差しが白いアスファルトを照らし、昼近くになってまた気温が上がったようだった。玉のような肌を惜しげもなく晒した少女達が、きゃらきゃらと笑いながら通りすぎていくのを、喫煙場に集った数人の男達が見定めるように眺めている。
日傘を差し、チワワを連れた上品そうな女性が、目の前を歩いていく。女性に連れられたチワワの黒い瞳がぴょこんと御手杵を見上げたので、ひらひらと手を振ってやると、不思議そうに首をかしげたままチワワは遠ざかっていった。
なにあれ、カワイー。
視界の端から高校生らしき少女の集団の甲高い声がした。ひとりなら声かけちゃおっか。気だるさに背中を丸めたくなる。何度目かになるかわからない、脚や腕を露出した少女達の浮かれた声を聞きながら、御手杵はスマホについたストラップをこれ見よがしに揺らした。ハートの形が半分に切れたストラップだ。相手がいる、と分かってもらえたら良い。
(悪いけどあんた達はお呼びじゃないんだよな)
案の定、しばらくすれば、少女達はごった返す人混みの中へ消えていった。
はあ、とこれも何度目かになるか分からないため息を吐く。現れては消えていく人混みに目を凝らしても、待ち人はまだ現れそうになく、御手杵は日差しの照りつけるガードレールにずっと寄りかかったままでいた。
〔すまん、時間から10分ほど遅れる。待っていてくれるか。〕
ついたままのスマホ画面にはそっけないほどの一行が石のように鎮座している。そのメッセージが届いたのは御手杵が待ち合わせ場所にちょうど着いたときだった。会えると思うと嬉しくて、張り切って早めに着いたのに、こんな暑い日に待たせるなんて悪い奴だ、ほんと。
足元の石ころを転がして御手杵は思う。
近くのカフェに入って、涼しいエアコンの風を受けながら麦茶でも紅茶でも冷たい飲み物で喉を潤せばいいが、こんな暑い中あんたを待ってやったんだぞ、と言ってやりたい気持ちがあった。どうしようもない意地である。流石に木陰のほうに移動したものの、気温はめきめき上がっているようで、御手杵の額から首にかけて汗が流れていく。
[着いた]
ぴこん、とスマホが鳴った。はっと顔をあげて、人混みの中に一際背の高い、鮮やかな赤い頭を見つける。
「とんぼきり、」
足早に駆け寄ってくる赤い髪の偉丈夫に、御手杵は思わず破顔した。休みだというのにきっちりワイシャツなんか着ているから、彫りの深い整った鼻に汗の玉が浮かんでいる。
「すまん、待ったか。どこか店に入ってくれればよかったのに」
「大丈夫。俺も今着いたところだから」
「そ、そうか?」
汗だくの御手杵を見て蜻蛉切はしばらく困った顔をした。蜻蛉切は真面目なのだ。遅れるときはちゃんと連絡を入れてくれるし、暑い中立って待っていた年下の恋人にもきちんと謝る。真面目が服を着て歩いているような格好良い男である。初めて会ったときからそうだった。決して、こんな、不純同性交遊なんかに身を落とす奴だとは思っていなかった。
けれど、そうさせたのは御手杵で、蜻蛉切が「そう」なったのは御手杵のためだ。
そう思うと、それだけで御手杵はもうなんだか蜻蛉切のすべてを全部許してしまえるのだった。店にも入らず、太陽にじりじり焦がされながら待っていた意地も泡のように霧散する。元からそんなこと思ってなかったふうに都合よく切り替えられるのは、頭の出来が少々楽観的につくられているおかげだろう。
「とにかく、一度休憩しよう。このあたりで良い喫茶店を」
そう言って取り出した蜻蛉切のスマホには、御手杵と同じハートのストラップがついている。あれほど恥ずかしがったのにまだつけてくれているのか。そういう些細なところに気づいてしまって、御手杵はまた蜻蛉切に惚れこんでしまう。
「蜻蛉切、それさ」
「ああ……なんだ、今更になって似合わないと言うのか」
「そう怖い顔するなってえ。違うよ、ちゃんとつけてくれてんだなって嬉しくなっただけ」
自分のストラップを揺らすと、蜻蛉切はぐうと眉間に皺に寄せたあと、ぎこちなく微笑んだ。まだ照れ臭さは抜けていないらしい。
槍としての人生を終えて人間に生まれ変わった御手杵は、去年、槍だった頃の記憶を持たずに生きている蜻蛉切と偶然巡り会った。街中で、御手杵は部活帰りだった。午前練で終わったバスケットのチームメイト達と、どこか食べに行こうぜと話していた矢先、鮮やかなほど美しい赤い髪が、青空をバックに陽にきらめいたのを目の端で捉えた。
その瞬間に思い出した。やっぱり俺たちは、どうしようもなく、笑えてくるほどに、変な縁で結ばれているのだ。
とんぼきり。呼びかけた声は宙に浮いて、その日は、本丸が解体してから十数年ぶりに会った恋人には届かなかった。
蜻蛉切が熱意に折れる形で付き合いだした頃、御手杵が二人でおそろいにしようと贈ったのがこのハートのストラップだ。
「こういうのは、あまり自分には似合わないのでは……
「似合うとか似合わないとかじゃない!!」
「!?」
当時の、高校一年生だった御手杵は必死だった。ただでさえ真面目で、体格も良く、誠実でしかも格好良い蜻蛉切だし、勿論交際もしていたと言う。今巡り会ったタイミングでフリーだったのは運が良かった。今後ナイスバディなおねえさんなんかが迫ってきたら蜻蛉切もどうなるか分からないし、そのとき自分に勝ち目はない。御手杵と出会う前に一度付き合っていた人がいたのなら、心変わりしてしまうことも考えられなくはないのだ。
こうして蜻蛉切に近づくわるい虫が来ないように、御手杵は高校生のお小遣いの範囲で防虫剤を振りまいたのである。それは今もちゃんと役に立っているようで、御手杵は心底胸を撫で下ろした。
「にしてもあんた、休日なのにスーツってどういうことだよ」
「あまり見栄えのする服を持っていないもので……
大柄な体を縮こませながら蜻蛉切が言う。
仕事人間でやってきたので、趣味らしい趣味もない。服は安い量販店で大量に買い込み、二〜三年は着回すと言う。それなりのイマドキ高校生として人生を謳歌する御手杵に比べると、年上として格好良く見える服がスーツしかない。サラリーマンが高校生と付き合ってるってバレるほうがやばいんじゃないのかあ、と御手杵は思ったが、自分が制服を着てこなければいいだけだ。長身のおかげで、私服の時は高校生と思われないし、確かにスーツの蜻蛉切は格好いい。
ぶっちゃけ好きだ。
御手杵はおおきく頷いた。
「うん。じゃあ、服買いにいくか? 見てやるよ」
「本当か」
「ついでに俺の服も買ってくれたら嬉しいなあ」
「勿論だ、行こう」
「うええ」
冗談のつもりだったのに、こういうところはきちんと年上然とするのだから御手杵は困る。記憶の中では対等な二本の槍だったのに、今は自立して金を稼いでいる社会人と、庇護下にあって生きている高校生。その温度差に、すこし寂しくなる。
「御手杵、どうした。そうだ、先に飲み物を買ったほうがいいな。買ってくるからそこの木陰のベンチに」
「俺も行くよ」
分厚い蜻蛉切の手を取って、御手杵はずんずん歩き出した。後ろから戸惑ったような蜻蛉切の声が聞こえてくるが人混みのざわめきで聞こえなかったふりをする。


じゃあ来世では人間になってみるか、とかつての審神者の前でふたりは約束をした。槍の神格を人のかたちにむりやり当てはめるのだから、この記憶を継いで生まれてくることはできないかもしれない。それでもいいか。そう問うた審神者に、ふたりそろって頷いた。
俺たち三名槍だし、きっと次の世でもなんらかの縁が引き寄せてくれるだろ。そう言うと、蜻蛉切も笑った。
「御手杵は楽観的だな」
「湿っぽくお別れしたくないしさ。それでも本当にあんたなら俺のこと離さないと思うんだ。そうだろ? あんたは常勝の槍だ。自分のために、勝つ運命を引き寄せる。人間になってもきっと変わらないよ」
……そうか。貴方がそう信じるなら」
根拠のない言葉だとふたりとも知っていた。だが、また槍に戻って眠るだけの日々に帰るだけなら、人間になって、お互いこの関係を続けられるところまで続けたいと確定もしない未来に縋ったのだ。

蜻蛉切は、まだ完全に思い出していない。おぼろげながら、人間らしからぬ名前を名乗る高校二年生を大事にしなければならないと思っているようだが、どんな縁で繋がっているのかはまだ腑に落ちていないのだと言う。
御手杵は歩きながら割れたハートのストラップを見る。無理に思い出さなくてもいい。大事だと思ってくれているのなら、この防虫剤が効いているのなら。
ふたりの頭上を夏が過ぎていく。