かずわや
2017-05-26 23:16:04
2565文字
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助けてバーサーカー!

うちのカルデアの、ちょっと怖くて甘味好きのかわいいかわいい狂戦士を自慢させてください!

——え。
全身に吹きすさぶ冷たい風。眼前には、いや更には右も左も、薄い雲がたなびく高い空。
空だ。
身体中が下に引っ張られて、ぐんぐん、自分が落ちているのが瞬間的にわかってしまった。
——!!」
叫ぶこともままならない。喉が風圧におされて、声が出ない。何も掴めるはずがないのに、無情にも天に向けて広げている両腕が見える。
よかった、五体は無事のようだ。のんきにもそう思った。レイシフトの座標設定にまたもやミス——もしくはこの特異点に潜むサーヴァントによる工作か——また空の中にひとり投げ出されたようだった。
そこまで分かったとしても何も手立てがない。いつもなら一緒にいるはずのマシュもいないし、そばにサーヴァントの気配もない。
まずい。
目を地上に向けるだけの余裕を振り絞って作ると、まだ落下までいくらかの猶予があることが分かった。詳しく時間にすれば、1分というところか。
いやそうじゃなくて、ほんとうにまずい。
この高さじゃ間違いなく死ぬ。考える前に死ぬ。
なにか、なにか。
誰か。助けて。助けて。助けて……

「助けて、バーサーカー!」

何故、あの時その名を呼んだのだろう。多くのサーヴァントが住まうこの記憶回路の中には、もっと他に適任がいたはずだった。空を飛べる者、身体が大きく、安定している者。
それでもまず頭で考えるより先に声に出た。我がカルデアにおけるバーサーカー、その名は、彼女を意味している——その瞬間、腕をぐいっと引っ張り上げられた気配がした。
——よりにもよってこの吾を呼ぶとは。流石、汝という事か」
跳ね上がる、無邪気な子どもの声。しかし古めかしい言葉遣いをするせいで、どこか掠れて聞こえる声は、老婆のようにも思える。はっと目を見開くと、眼前の空が、一面、黄金の炎に照らされていた。そのなかで光を迸らせる金の双眸。猫のように目を細めて笑ってさえいる童女の額には、ふたつの角がぐんと上を向いている。ヒャハ、と童女は牙を覗かせた。
「愚かなマスター。翼も空飛ぶ武具も持たぬ吾に助けを求めるその先見の無さ。実に浅はかだ。そして、実に愉快な事よ。……よいぞ、吾を呼んだこと、汝に後悔はさせぬ」
茨木童子は、自身よりも背が高く、重量があるであろう人間の体を難なく抱きかかえた。見た目通り少女らしい細い腕の、どこにそんな力があるのか。見るたびにふと不思議に思うけれども、そんなことはもう今更だった。
グランドオーダーを発令されて間もなかった頃、彼女は戦力の足りないカルデアの召喚に応じて参じてくれたサーヴァントだった。
指示の曖昧さ、弱さを時折罵しられながらも、特異点を回る果てしない旅と戦いに面白い!と叫んではついてきてくれて、何回彼女の馬鹿力に助けられたことか。ちいさな背中が幾度も頼もしかった。霊基を上げれば上げるほど傷を受けても粘り強く立ち上がり、執念深く喉元に食らいつくようになり、恐ろしいまでの「生き残る」力に目を見張ったものだ。
決して彼女が本当に人理を守りたいと思って来てくれているわけでなくても、ただ戦うことが好きだというだけでも、一緒に戦ってくれるだけで嬉しかった。
幾度も彼女に助けられた。その記憶が強く心に根付いている。
だから無意識に彼女を呼んだのかもしれない。
「この程度の高さ、鬼にとっては造作もない! せいぜいしっかり捕まっておれ、マスター!」
茨木童子が吼えた瞬間、高度がぐん、と下がった心地がした。
落ちる。どんどん落ちる。さっきよりもずっと速いスピードで、空から遠ざかっていく。茨木童子のちいさな頭にしがみつきながら、喉から自然と悲鳴が出た。
これはちょっと、いや、あまりに荒療治では!? バーサーカーの理性の吹っ飛び率舐めてた!!
今度は眼前に地上が広がってくる。まばゆい緑がさらさらと風になびいている草原だ。こんな最中でなければいつまでも見ていたい美しい光景だっただろう。
茨木童子の「口を閉じておれ。舌を噛むなよ」というささやき声が聞こえ、思いっきり口を閉じた瞬間、頭が吹っ飛びそうな衝撃が全身に走った。
「はひ…………
「ふん、着地成功か?」
二人の周囲は、半径50メートルに渡って円形の衝撃波に襲われたかのように土が抉られていた。恐ろしい高度から二人ぶんの体重が落下したにしても、ここまで酷くは抉られないだろう。鬼と呼ばれる存在の頑丈さと、バーサーカーの馬鹿力さに改めて顔色が悪くなる。
「呼んでおいたくせに不満なのか? 吾は大江の鬼を率いた首魁そのものぞ? 汝ひとり抱えて一晩で山を三つ越えることだって造作もないこと。それを見越して呼んだのではないのか」
裸足でしっかりと地面を踏みしめた茨木童子は、ヒヒヒ、と嫌な笑いを零しながらこちらを見た。幼い顔は火照り、髪はいつも以上に黄金に燃えている。草原の地平線はどこまでも伸びて、その地の太陽が、豪奢な衣装を身にまとう鬼をきらびやかに照らしていた。
恐ろしい化け物どもを率いて都を襲い、豪華を喰らい、贅を尽くして興に溺れ、狂に溺れた鬼の首魁は、その可愛らしい顔を愉快な色に染めている。
「また始まるのだろう?人理などというものを守る下らぬ戦が。よい、よい、吾は汝とゆくその道を好む。さあ征こうではないか! 血の滾るいくさばの向こうへ! 秩序も倫理もない、蹂躙の果てへ! ——嗚呼、やはり陵辱は心地よい!」
どっと疲れた。無理もない、思わぬ高さから落下したのだ。体は無事だったにしても精神が無事じゃない。そう思いながら、高らかに叫ぶ、童女の姿をした鬼をまぶしく眺めた。
あれはちいさな声だった。誰にも届かないと思っていた。バーサーカー、と口に出したのも無意識だったのに、頭に思い描いたその姿と寸分違わず、彼女は即座に来てくれた。ひとの子のちいさな声を、奪う側で殺す側であるはずの鬼が、悪逆を尽くしたその力強い腕ですくい上げてくれたのだ。
それがどれだけマスターにとって嬉しいことか、戦えるだけで頭がいっぱいのちいさな鬼には分かっていないのだろう。ため息を吐くが、顔は自然と笑っていた。
首魁の声に呼応するように気持ちが騒いだ。

でもそのことを素直に伝えれば、彼女はきっと顔を真っ赤にして怒ってしまうのだろう。