かずわや
2016-10-17 23:56:00
2296文字
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【いおみつ】わたしのにいさん【紫横生誕祭】

イエーーイおめでとーー!約束のブツです 夏はさよおてありがとね!!

いおみつ

冷たい風が吹きすさび、木々が不安げに揺れる夜更けになって、一織と陸はやっと寮に戻ってきた。寮の窓からは既に光が消えておりみんなはもう眠ってしまったのだとわかる。夜更けまでここなの鑑賞会をしているナギも、明日は仕事があるとかで早々と寝入っているはずだ。兄さんも明日はMCの収録で、喉を大切にするために夜更かしはしていないはず。起こさないようにしなければ。
「七瀬さん、キャリーケースは持ちあげて歩いてください。ガラガラの音が兄さん達を起こしてしまうかもしれません」
「あっそうか。一織は気が効くなあ」
「七瀬さん声は静かに!」
「一織がいちばん大きいよ!」
小声で言い合いながら、そっとドアを開ける。いつもみんなが団欒しているリビングも静かな暗い海の底に沈んでいるようで、寂しさと寒気を感じた。陸もそう思ったのだろう、長居したくなさそうに足早に駆け抜けていく。
「じゃあ一織、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
体の弱い陸を夜更けまで連れ回して大丈夫だっただろうか、と案じながら陸を見ると、ちっとも疲れてなさそうな笑顔で陸は部屋の中に吸い込まれていった。
杞憂でしたか。
杞憂なら良い。無理もしていないようだ。陸の明日の仕事は午後からだしゆっくりできるだろう。一織は自分の部屋に戻ろうとして、ふと足を止めた。廊下の向こう、細い光がほんの少し漏れ出している。ドアの隙間からこぼれ出しているような。ごくりと息を飲んだ。誰かが侵入してきているのか。事務所に侵入者が入った事件を思い出すが、寮となると尚更怖い。誰かの私物を盗りにきたのか、しかし寮の住所がバレるなんて。誰かのあとをつけてきていたのかもしれない、今度社長に言ってセキュリティを上げてもらおう、自分の赤飯弁当と引き換えに……そこまで考えたところで、あそこは、和泉三月の部屋だと思い至った。
「兄さん……?」
電気を消し忘れたのだろうか。足音を立てないように部屋の前まで向かうと、ドアの隙間から、机に向かってなにか一心不乱にペンを動かしている三月の姿が目に入った。
幼げに見える、大きな瞳がまばたきもせずに机を見つめていて、その手は時々止まっては、また動き出す。なにか書いているようだ。明日は仕事だから今日は早く寝る。出迎えられないだろうから、ごめんな。そう言って朝送り出してくれた兄の声を思い出し、一織はむっとした。仕事だから寝るって言ってたのに。仕事は大事だからちゃんと寝てほしい。兄さんは尚更、頑張りすぎるところがあるから。そう心を配るマネージメント一織がのっそり顔を出せば、出迎えられないって言ってたのに! 帰ってくる気配もきっとしたはずだ、兄さんは私より仕事が大事なんだ……などと小学生のような弟の一織も忙しげに顔を出す。
「兄さん」
「ん?」
焦燥は声に出ていた。顔を上げた三月の充血した目と、視線が絡まる。「一織! 帰ってたのか、おかえり」そう愛しそうに名前を呼んだ三月だったが、眉間に皺を寄せた一織に、機嫌を損ねてしまったことを察した。
「あー、これは、あの……
「明日早いんですよね? 体を壊して困るのは兄さんなんですよ、早く寝てください。起きてるなら迎えに来てくれたって……いや、」
口走りそうになった言葉を必死にとどめて、それから三月の顔を見て遅かったことを知る。「一織」広げられた両手に、小学生の一織が待ちきれないというようにそわそわしだした。
「兄さん、あの」
「俺も寂しかったんだぞー。ほら、おいで」
「わ、私は怒ってるんですよ!」
「兄ちゃん、疲れちゃったなー。一織とぎゅっとしたいなー」
「ううーっ」
ひょろ長い背を折り曲げて、自分よりちいさな兄に覆いかぶさる。抱きしめられているのは自分なのに、自分が兄を覆ってしまっているようだ。それでもやはり兄はしっかり受け止めてくれて、背中をさすったり、頭をなでたり、いろんな手を尽くして大きな弟を甘やかしてくれるのだった。
こんなことしてないで早く兄さんを寝かせるべきだ。そう思うのに、身体は三月に引っ付いたまま離れられない。
たっぷり5分そうしたあと、一織はおずおずと三月から離れた。
「こんな時間まで何していたんですか……
目を充血させたまま居たたまれなさそうに笑うのが痛々しい。明日には治っていればいいがと思う。
「台本の台詞覚えるのと、流れの整理だよ。まあここで俺が振ったほうがいいだろうなーっていうアドリブもメモしたり」
「朝でも良かったんじゃ……
……言ったろ? 寂しかった、って」
本当はちゃんと出迎えも行く気でいたんだぞ、結局気づかなかったけど。ごめんな。
大きな瞳が一瞬泣きそうにゆるむ。一織は、兄の光を集めたような瞳にどうしようもなく弱かった。
「兄さんっ」
「うわ、なんだよ一織〜!」
照れたように顔を背けるのが可愛くて、被さるように抱きしめたまま柔らかな橙色の髪に鼻をうずめる。シャンプーをしたあとの兄のにおいがする。此処に来て随分経って、共用のシャンプーを使っているものだから最近は兄のにおいなど感じたこともなかった。積極的に嗅ぎにいくわけでもない。そもそも、兄のにおいだなんて言ったら流石に気持ち悪がられるに決まっている。
あはは、一織のにおいがする。
三月が、そう笑いながら溢すまで、一織はそう思っていた。思っていたのだった。やはり自分はどうしようもなく兄が好きで、それは秘めるべきなのだろうけど、兄もまた自分をただの弟だとしても好いてくれているとわかるだけで、抱きしめて離したくないような幸せに駆られるのだ。